元魔王は体育館裏()に呼び出される。
夕食へと向かうある日の事――
「ル、ルインくんっ。あ、あぶ、あぶな――」
「ん?」
呼ばれて振り向き、と同時に頭上から落下してきた植木鉢をキャッチする。
ぼくを呼んだのは、学友の――名前はなんだっけ?
「呼ばれたようだが、君の名はなんだっただろうか?」
「ぼ、僕はポッソ」
「おぉ、そうだそうだ。ポッソだ。それで、ぼくに何かよう?」
色白でぽっちゃり体型のポッソは、ぼくが右手に持つ鉢植えを指差し、
「それが落とされそうだったのね。だから危ないって言おうとしたんだけど……平気だったみたいなのね」
「はっはっは。慣れてしまったからな」
ここ二十日程の間、食堂へと向かうこの渡り廊下で毎日のように、こうして何かが降ってくる。
横の建物の上階にも部屋があるが、ここいらの者たちは物をよく落とすようだ。
「昨夜の夕食の帰りには、鈍器が落ちて来たよ」
「メ、メイス!? いや、でもそれは危険なのね。いくらなんでも、当たり所が悪ければ即死なのねっ」
「そうだな。だが当たらなければ何も問題はない」
「そ、そりゃあそうなのね。でも……」
「注意しようとしてくれてありがとう。そうだっ。夕食を一緒にどう?」
最近はデリントンと食事を一緒にしていない。
よっぽど勉強熱心なのか、部屋にすら戻らなくなってしまっている。
教室で見る彼の顔色は、特に悪いという訳でもないから大丈夫だろうが。やはり心配だ。
そんな訳でここ最近は、学友たちと食事を共にしていた。
「ポッソとはまだ一緒に食べたことがない。君の話もいろいろ聞きたいのだが、いいかな?」
「ぼ、僕の? え、えっと――うん、僕も君と一緒にご飯を食べたいのね」
こうしてポッソと二人肩を並べて食堂へと向かい、彼が神殿に来た理由、好きな食べ物などさまざまな事が聞けた。
興味深かったのは、彼の実家が商家だという事。
他の学友でも商家出身の者が数名いたが、何故商売をする者が聖職者になろうと言うのか不思議でならない。
そのことを思い切ってポッソへと質問してみると――
「聖職者にはならないのね。僕たちみたいなのは、高いお金を払って学ばせて貰うだけなのね」
「ほぉ」
「大神殿で学んだというだけで、取引先やお客さんが信頼してくれるのね」
「なるほど! 商売人は信用が第一だと、行商人も言っていた」
「それにローリエ信者の貴族とも、コネが持てるのね。だからおと様は、無理をしてでも僕を神殿に入れてくれたのね……」
ポッソの実家は一般家庭と比べれば多少は裕福だというが、商売人としては底辺に近く。
大神殿で学ぶためには相当な金が必要だとかで、彼のご両親は借金をしてまで彼の学費を工面した――と。
「泣かせる。なんと子想いのご両親か」
「うん。僕もそう思うのね。神殿で学びたいと言ったのも、僕なのね。だから僕はここを辞める訳にはいかなかったのね」
「辞める? 辞めなければならない何かがあったのか?」
「あ……う、ううん。何も無いのね」
眉尻を下げ、細い目をより一層細めてから、ポッソは八杯目となるおかずのおかわりへと向かった。
食堂からの帰り道、不思議と今度は何も落下してこなかった。
ここのところ毎日だっただけに、落ちてこないならこないで、なんとなく寂しく思う。
だが――
「ルイン。ルイン・アルファート」
「デリントン!?」
まさか彼がぼくの事を待っていてくれていたとは!
久方ぶりなのもあって、ちょっと感動。
「ルイン・アルファート。ちょっといいか」
「いいとも」
デリントンの後ろにはいつもの取り巻きくんらの他、神官用の法衣を身にまとった若い男たちも居る。
も、もしやデリントンは!
未だ治癒の使えないぼくを気遣って、特別授業をしてくれるというのか!?
「ル、ルインくん。ダメなのね。行っちゃダメなのね」
ポッソが怯えたようにぼくの袖を掴む。
その手はガクブルと震え、青ざめた顔で首を横へと振った。
正規の授業ではない。先輩神官から学ぶのは、神殿では禁止されているのだろうか?
もしそうだとしたら、見つかればデリントンたちもお叱りを受けることになるだろう。
そうまでしてぼくを……。
「ふ。大丈夫だポッソ。見つからぬよう、完璧に細工してみせる」
「さ、細工? え? ルインくん、何を言っているのね?」
「さぁ、行こうデリントン!」
「ふんっ。貴様のその妙な態度も、今日までだ」
ん?
んん?
んんん?
今、
凄く、
懐かしいセリフを聞いた気がする。
どこだっただろうか。
今回、各お話のタイトルに通し番号を打っておりません。
なんとなく面倒だったからでs
で、このお話が20話目となります。
1章は37話となっておりますので、半分来たか。
2章で完結にするか、もう少し伸ばすか、まだ決めかねておりますが
完結までどうぞ、よろしくお願いいたします。




