元魔王は成長する。
「ルイン?」
「あーい」
ルイン。そう名付けられた私は、今日で丁度一歳を迎える。
人の成長というのは早い。
この一年で私が出来るようになったことも沢山ある。
寝返り――念願だった『寝る』ことに対して、とても大事な動作だ!
匍匐前進――別名『ハイハイ』とも言う。きっと索敵時に必須な技能だろう。
つかまり立ち――自らの力で歩くための第一歩。
そして天使の微笑み。指しゃぶり。喃語。
今はよちよち歩きの練習中だ。
「まぁルイン。ひとりでお外へ出てはダメよ。転んだら大変だもの」
「おうちの中でも、ころびましゅ」
実際に先ほど転んだ。だが再生魔法で治したので問題ない。
「うっ。相変わらず一歳児とは思えない、流暢な喋りね。ルインちゃんが賢くて、お母さんとても嬉しい」
「じゃあお外に――」
「ダメっ。それとこれとは別問題よ。お外で転んだら、大怪我するかもしれないもの」
「でもおうちでも大怪我しゅるかもしえましぇん」
実際に先日、階段から落ちて複雑骨折なんてことになった。
だが再生魔法で治したので問題ない。
再生魔法は神に仕える神官どもが使う、治癒魔法とは少し違う。
内なる魔力を活性化させ、体内細胞や骨、血液に至るまでを再生させる魔術だ。
魔王であった時、私はあらゆる分野の魔術を身に着けていたが、神聖魔法――つまり神に仕えることで使える奇跡の力とやらに関してのみ、使用することが出来なかった。
神に仕えていないからだ。
まぁ再生魔法があれば、神聖魔法など不要なのだが。
「と、とにかくぅ~。ルインちゃんはひとりでお外へ出てはいけません!」
そう言う母上に向かって、私は頬をぱんぱんにさせ、唇を尖らせ反抗する。
「ぶー」
――っと。
すると母上は顔を赤くし、私を抱きしめる。
「いやぁ~んっ。ルインちゃんったら、もう可愛いっ」
「じゃあお外――」
「だーめっ」
「ぶー」
「きゃ~、可愛いっ」
「じゃあ――」
「だーめっ」
埒が明かない。
しかし私は外を見たい。
屋敷の窓から眺める大地は、緑豊かでとても美しい。
ここアルファート領は、大森林に面した辺境にある。
そしてアルファート領は私の父、アルファート男爵が統治していた。
そう。私は男爵家に生まれた!
尚二男であるため、家督を継ぐことはなさそうだ。
しかし人の身とは素晴らしい!
ベッドで眠れるし、食事だって出来る。
転生することで手に入れた味覚により、私は毎日の食事が楽しかった。
まぁ最初は母上の母乳ばかりで楽しめなかったが。
それでもここ最近は離乳食などというものも始まり、ようやく固形物も食べれるようになった。
早く両親や兄上が食す物と同じものが食べたい。
葉物野菜と根菜、それぞれひとつずつ浮かぶスープ。一日に一切れの極薄肉も美味そうだ。
おっと、涎が出るな。じゅるり。
はぁ……こんな贅沢な暮らしがあるだろうか。
ある程度大きくなれば田畑の手伝いも出来るという。
土いじり……スローライフを送る上の、憧れの仕事であろう!
楽しみだ。早くやりたい!
その為にも、しっかり歩けるようにならねば。
「じゃあおかあしゃま。一緒にお外に行ってくだしゃい」
「一緒に?」
「あい!」
ここで必殺・天使の微笑み発動。
「いやぁ~ん、可愛い。行く行くぅ~」
ふ。チョロいもんだな母上。
私がこけぬようにと、母上は寄り添いながら歩いてくれる。
母とはいいものだ。転生出来て本当に良かった。
「ふぅ~。最近は寒くなって来たわねぇ」
「しゃむい?」
「そうよぉ。今は秋。秋が終われば冬。雪が降って、一面が真っ白になるのよ」
そう言えば去年、窓の外が白い物で覆われた時期があった。
確かにあの時期は寒かった。またそれがやってくるのか。ガクブル。
「あら、寒かったかしら。もう中に入りましょうか」
「やっ。わたしはもっとお外みる」
「私……。ルインちゃん。男の子なんだから、私ではなく『ぼく』って言うのよ」
「ぼ、く?」
首を傾げて「ぼく」と言うと、母上はキャピーンとなって私を抱きしめる。
「ルインちゃん、可愛い~っ。ね、ね、もう一度言って。ぼくって言って?」
「ぼく!」
右手をシャキーンっと突き上げて言うと、母上はとても嬉しそうにしていた。
そうか。母上は「私」ではなく、「ぼく」の方がお気に召すらしい。
産んでくれた礼は必要だ。
私は母上の為、ぼくって言う事にします!
「ぼくー!」
「はぁん、可愛いっ」
きゅっと抱きしめた母上は、だがしかしその瞳に涙を浮かべていた。
「どうしたのお母しゃん?」
「ん。なんでもないの。なんでも……」
そう言って再び母上は私――ぼくを抱きしめた。
「ごめんね。うちが貧乏貴族だから、貴方に満足いく食事を食べさせてあげられなくって」
「ごはん、おいしいでしゅ」
「ありがとう。ごめんね、ごめんね」
貧乏貴族というのがどういう意味なのかは分からないが、わた――ぼくは今の生活にとても満足している。
だけど母上はもっと食事をして欲しいようだ。
ようだが、毎日みんなで食事を分け合って、残さず食べている。
つまりそもそも余分な食料が無い。
これは早く大きくなって、家を助けてやらねば。