元魔王は再会を果たす。
ラフィに案内され、ぼくは聖域へと足を踏み入れた。
「いい、あたいが言うまでじっとしててよ?」
「いや、隠密魔法を使っているから、他人の目には映らぬので気にせず行ってくれたまえ」
「……また魔法……。あんた魔術師に転向しなよ」
「だが断る」
ラフィはため息交じりに笑みを浮かべ、それから前を歩き始めた。
彼女はやはりフィリアの事を知っていた。
まぁ聖女候補は僅か三人。お互いの顔は直ぐに覚えただろう。
「でもあの子、なーんかしんみりしちゃって……話しかけてもずっと上の空なんだよ。ルイン、あんたあの子とどういう……その……どういう関係なんだい?」
ちらりと振り返り、眉尻を避けた彼女が問う。
どうもこうも、
「フィリアはぼくの父上が治めるアルファート領の領民なのだ」
「……えぇ!? あ、あんた貴族さまなの?」
「幸運にも、その家に生まれて来た」
辺境の領主。スローライフにはもってこいの土地だ。
まぁ跡を継ぐのは兄上だが、それとて都合がいい。こちらは自由に動き回れるという事だからな。
「変な貴族も居たもんだね……。ふぅーん。もしかしてあの子、あんたの事を待っていたのかな」
「ぬ。やはり待たせていたか。神殿に来た日、また後でと挨拶をしてそれっきりだったからな」
「そっか……それで、フィリアとはその、領主の息子と、領民って関係なのか」
「友達だ」
「と、友……ふぅーん」
んん? もしやラフィは、ぼくと友達になりたい?
それは大歓迎だ!
友達は多い方が楽しい。
実家では同年代の子供がフィリアしかおらず、次に若い子供でも兄上だった。
大神殿来てたくさんの友達が出来た。
デリントン、取り巻き、学友――そして。
「ラフィ、友達になろう!」
「え!? あ、あたいと友達??」
右手を出し彼女の瞳をじっと見つめる。
ラフィは自身の手を法衣でごしごしと拭くと、ぼくの手を取って握手に応じてくれた。
「これで友達だ」
「あ……う、うん。その、よろしく」
「あぁ。よろしく」
あぁ、嬉しい。これでまた友達が増えた。
転生すると、魔王だった頃に手に入らなかったものが、簡単に手に入るものだ。
やはり素晴らしい!
「こ、こっち――あと、その……手……」
「あぁすまない。嬉しくてつい握りっぱなしだった」
「う、嬉しい!? や、あの……は、早くこっちっ。あたいらは寝る前に、礼拝堂で女神像にお祈りしなきゃならないから。時間なくなるよっ」
おっと、それはまずい。
駆け足で前を行くラフィを追いかけ、そして宿舎とは違ったお洒落な出窓の下へと到着した。
窓から洩れる灯りが、部屋の主の材質を証明している。
「ここがフィリアの部屋。あたいはその隣」
「ではもうひとりの聖女候補の部屋も?」
「ううん。あいつ――マリアロゼはここの三階にある、すっごい豪華な部屋に居るんだ。侯爵令嬢なんだってさ」
侯爵……。それはまた上級貴族様だな。
そんな事を思っている間にラフィが窓ガラスをコツコツと叩き、カーテン越しに出て来た人物へと笑顔を向ける。
「お客。連れて来てやったぞ」
「ラ、ラフィさん。今までどこ行ってたの? 神殿の人、探して――」
慌ててそう話すフィリアが、ぼくに気づいた。
「やあ、こんばんはフィリア」
笑みを浮かべそう言うと、泣き虫なフィリアはあっという間に目に涙を浮かべ両手を差し出してきた。
「あぁ、ルインさま。ルインさま」
その手を掴もうと出窓へと近づくと、なんとフィリアが身を乗り出しぼくの頭を抱きかかえてしまった。
しかも窓から身を乗り出し過ぎて今にも落ちそうだ。
「ちょ、ちょっとフィリア。危ないって、落ちるってっ」
「ルインさまルインさまルインさまっ」
「うん。うん。遅くなってごめんよフィリア。でも落ち着こう。ラフィの言う通り、落ちそうだから」
頭を彼女の胸に抱きかかえられては、上手く押し返すことも出来ず。
ラフィに手伝って貰い、ようやくフィリアを室内へと押し戻すことが出来た。
「フィリア。ちょっと見ない間に、随分とお転婆になったんだね」
「そ、そうですか!?」
「いや、違うと思うけど……」
フィリアの部屋へとお邪魔し、まずはラフィの手の怪我を治癒して貰う。
それからこの数日間の事をお互い報告し合った。
ついでにラフィの話も聞け、ぼくら三人は似たような時期にこの大神殿へとやって来たようだ。
「マリアロゼさまは春から入信しているそうです」
「侯爵令嬢か」
「あたいは二人より半月ぐらい前だよ。急に村へ教団の奴らが来て、『お前は聖女候補だから、神殿へ来い』ってさ」
うんうんとフィリアが頷く。
フィリアもラフィも、神殿には行きたくなかった。
フィリアの場合はぼくが同行することで納得したが、教団員の様子からは、あそこで拒否権は無かったのだろう。
そう考えると行きたくなかっただけのラフィは、無理やり連れて来られたも同然。
神殿を抜け出そうとするのも頷ける。
二人がここで学ぶ内容は、聞く限りではぼくとそう変わらない。
ただ実技の授業はなく、女神へ祈りを捧げる時間がやたら長いようだ。
そしてぼくらは勉強以外にも奉仕活動があり、神殿の掃除、司祭の説教を聞いたり、信者ヘアンケートを取ったりいろいろあるが、彼女らにはそれも無い。
代わりに――
「かたっ苦しい礼儀作法だよ! もうやんなっちゃう」
「歩き方からお辞儀の仕方、ご飯の食べ方までいろいろあるんです。上手くできないと、凄く怖い目で睨まれて――」
「うんうん。あのオバサン、やんなっちゃうよね」
普段は優しく、人の悪口など言わないフィリアも、ラフィの言葉に何度も頷く。
よっぽど嫌なのだろう。
それからしばらく話し込んでいると、部屋の外――廊下を歩く足音が近づいてきた。
「もしや祈りの時間か?」
「「あっ」」
二人は慌てて部屋のドアを見る。
すぐにドアをノックする音が聞こえ、ぼくは二人に目配せをした。
「フィリアさま、祈りのお時間です」
「は、はいっ。直ぐに行きます」
「あ、あたいも一緒に居るよ。二人で一緒に行くから」
「おや、珍しい。では礼拝堂でお待ちしております」
コツコツと二人を呼びに来た声の主の足音が遠ざかっていく。
「ではぼくも帰ろう」
「あっ、ルインさまっ」
立ち上がるぼくの手をフィリアが掴む。
涙ぐむ瞳でじっと見つめていた彼女は、深呼吸をひとつしてから口を開いた。
「また、来てくれますか?」
「もちろんだよフィリア。明日もこの時間に会いに来る」