デリントン2
「どうなっている!? 何故奴にはピンが刺さらないんだ!?」
デリントンは苛立っていた。
彼――そして取り巻きたちが双眼鏡片手に見守る中、大量の押しピンを忍ばせた上履きに、ルイン・アルファートは平然と足を通す。
午前中には外履きに、やはり同じように数十個の押しピンを忍ばせたが、反応は一緒。
平然と足を入れ、そして違和感を覚え脱ぐ。
だがピンが足に刺さることは無く、全て小さなコインのような形となって靴から落ちてきただけ。
何故そうなったのか。
「おい、本当にちゃんとピンの立っている物を入れたんだろうな?」
デリントンは押しピン担当の取り巻きBに詰め寄る。
Aは食堂や教室で椅子を引き、ルインを転倒させる役。もちろん未だ成功していない。
Bが押しピン。そしてC、Dと続くが、まだ段階的にはそこまで行ってはいなかった。
「ちゃ、ちゃんと確認しました。ピンは全部立ってましたよっ」
「本当なんだろうなっ」
「は、はいーっ」
デリントンはBの胸倉を掴み語気を荒げる。
男爵家――貴族としては下級ではあるが、男爵家全てがそうとは限らない。
実績もあれば上級貴族との繋がりも強い家柄もある。
そして領地は狭いながらも、恵まれた環境があれば裕福だ。
デリントンの実家がまさにそのパターン。
そして近々彼の父親が、子爵の称号を頂くことも決まっている。
その上デリントンには伯爵家令嬢の許嫁が居た。
取り巻きたちはデリントンになんとか取り入ろうと必死なのだ。
彼らの実家は商家であったり、デリントンの実家の私兵騎士の息子であったり。
デリントンに気に入られることで、のちのちの人生が好転する――と考える親によって、彼には逆らうなと言い聞かせられて来た子供たちだ。
それがまたデリントンを助長させる結果にもなっている。
「ふ、不良品だったんですよ。ピンが脆かったとか」
「あ、ああ、私の父が言ってました。最近は鉄の価格が高騰して、まがい物が増えているとかなんとか」
「ふん。大陸の南で最近戦が始まったと聞く。そのせいで鉄が高騰しているのだろう。武具を製造するのに必要な素材だからな」
「さすがデリントンさま! なるほど、鉄の高騰は戦の証ですが。いやぁ、勉強になるなぁ」
「ほんとほんと」
若干棒読み気味の取り巻きの言葉も、デリントンは気づかずご満悦だ。
みんなが自分を褒めたたえる。
みんなが自分に媚びへつらう。
それが当たり前だと彼は思っていた。
だからピンに問題がある――不良品だという取り巻きの言葉を疑いもせず信じた。
普段人を信じない彼も、ヨイショされた直後にそれをした相手の言葉には、まんまと騙されるのだ。
そしてルインが立ち去った後、彼らは再び嫌がらせをする為に箱へとやって来る。
そこには押しピンが一つだけ落ちていた。
ルインが落としていったのだろう。ギラリと光るピンは真っ直ぐ上を向いていた。
だがデリントンはこれを不良品だと思い込んでいる。
「ふんっ。不良品が!」
デリントンは足を持ち上げ、そして思いっきり踏みつけた。
ルインが錬金魔法で修復し、更にピンの先端を尖らせた押しピンを。
「――ひぐっ!?」
鋭利にとがったピンは容易に上履きの底を突き破り、そして刺さった。
デリントンの足の裏に。
「ぎょええぇえぇぇぇぇぇっ!」
「「デ、デリントンさま!?」」
上履きの底を貫通したピンは短く、肉に刺さったのはほんの極僅かな長さ。
彼にとって不幸中の幸いかもしれないが、それでも痛いものは痛い。
びょんびょんと飛び跳ねるデリントンを、取り巻きたちは慌てて追いかけて行った。
その後、自身で治癒すればいいだけと気づくまでに、十分以上苦しみぬいた。
「くそっ。くそっ! ルインめぇ。絶対にここから追い出してやる!」
自分より弱い地位、権力を持つ優秀な子供が、とことん嫌いなデリントンだった。