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★は三人称です。
時は数時間前に遡る。
「はぁ。」
溜息とは違う息を漏らす冬美。
生徒会として入学式の準備をしている冬美は今朝のことを思い出す度に息を漏らす。
「どうしたんだい? 恋煩いかい?」
そんな冬美に声を掛けるイケメン。
生徒会長の龍崎薫である。
「そうなんです、会長。」
「私というものがありながら、嫉妬してしまうね。それでどこのどいつだい? 相手によっては地獄を見せる必要がある。」
薫は家の都合で男のフリをしており、その隠蓑のために冬美に気があるという設定にしている。
尚、薫の性別を知っているのは校長だけである。
「秋くんに地獄を見せるということであれば、私の全力を持って潰しますよ。」
「ひぇっ。」
普段温厚な冬美から想像できない圧力につい悲鳴を上げてしまう薫。
その様子を見ていた生徒会のメンバーも思わず息を飲んだ。
「ふ、副会長! やめてください! 会長が死んじゃいますぅ!」
書記の木葉楓が叫ぶ。
「申し訳ありません、会長。」
圧倒的なプレッシャーが霧散する。
冬美も薫に手を掛けるつもりはない。
あくまで威圧だけである。
「しかし、秋君だったかな。君の弟にも会ってみたいね。私の弟になるかもしれないし。」
「秋くんは私の弟ですよ。」
再度空気が震える。
会長も設定を守るために必死なのだ。
「冬美がそれほど言うなら生徒会入りも考えないといけないね。」
「会長!!」
冬美の大声に驚く薫。
先ほどから心臓が早鐘を打ちっぱなしである。
「実に魅力的な提案です!」
「あぁ、褒められているか。焦ってしまったよ。」
他の生徒会メンバーも気が気でない。
特に書記の楓はいつでもフォローできる場所に陣取っている。
入学式の準備は大丈夫かと不安になるが、前日にほとんど終わっているので、軽く打ち合わせをする程度だ。
「でも、秋くんはバイトが忙しいから無理だと思います。非常に残念です。」
「そうなのかい? 勤労少年なのか、秋君は。」
冬美は自他共に認める天才トレーダーである。
それこそ一生遊んで暮らせるだけの貯蓄はある。
株情報誌では自身のコーナーを持っており、その発言のほとんどが的中するので全国のトレーダーから確かな信頼を得ている。
また、株に全く興味のない読者も彼女の写真を目当てに買う人間も多い。
「『家にお金を入れるのは当然だ。姉さんのヒモになるとダメ人間一直線だからね。これが僕なりの最終防衛ラインなんだ。』と頑にお金を押し付けてくるんです。」
「いや、確かに言わんとすることはわかるよ。君は秋君には駄々甘だからね。」
「『食費と光熱費くらいは出させてよ。』と言うんですよ。あぁ、扶養したいです。」
「君達はまだ扶養される側だと思うんだが。」
話を聞く限りではかなり好青年なイメージだ。
ソースが冬美なので、情報に偏りがあるが。
「それで秋君の気が済むなら、受け取るべきだと思うよ。」
「でも、その、あれなんですよね。額が少し多い気がするんです。」
「学生のバイトなら時給千円で毎日四時間働くとすると月で約十万円。流石に毎日は無理だから半分の五万円。諸経費引いて月に二、三万円というところかな。」
薫は他人の家計に突っ込むのは野暮だとは思いながらも、統計としての額を算出する。
あくまで目安だが、当たらずとも遠からずであろう。
「ですよね。でも秋くんはその十倍振り込んでくるんです。」
「じゅ、十倍? それってほとんど初任給くらいあるじゃないか。」
しかも、手取りの計算でだ。
稼げたとしても全額を払っている。
確かに冬美が疑問に思うのも納得だ。
「もしかしたら危ないバイトをしている可能性もある。これは少し調べてみる必要があるね。これも未来の弟君のためだ。」
設定を忘れない薫。
そんな薫が微塵も相手にされていないことに生徒会メンバーは既に疑問に思っていない。
そして冬美から見せてもらった写真の人物をたまたま見かけ、手玉に取られてしまうのだった。