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「おにぃ、起きてぇ。」
心地よい微睡み中、ゆさゆさと揺すられる。
「起きないと遅刻だよぉ。」
このまま永遠に目覚めなくてもいいかもしれない。
しかし、それだと妹に嫌われてしまうかもしれない。
それだけは避けなければいけない。
ならば、リアクションは必須だよな、うん。
「うぅ~ん、あと5分……。」
「あっ、起きたね。じゃあ、私もう行くから。」
そそくさと妹は部屋から出て行ってしまった、解せぬ。
妹なら兄に跨って起こして然るべきだと思うのだがね。
しかし、このまま二度寝してしまえば、朝食を作っている姉に嫌われるかもしれない。
それだけは避けなければいけない。
僕は制服に袖を通し、身支度を終えリビングに降りた。
「おはよう、秋くん。今日もしっかり決まってるね。」
語尾にハートマークが付いてるかと錯覚してしまうほどの癒しヴォイス。
いつかそのヴォイスを嬌声に変える人間がいると思うと神を呪わずにはいられない。
なんか今ならチート能力に目覚めそうだ。
こ、これは失われたはずの最上級魔法ではないか!?
えっ、これは最下級魔法ですけど……。
「うーん、ネクタイがちょっと曲がってるね。」
妄想から一気に現実へ。
姉様のご尊顔がこんなに間近に。
こうやって宗教って生まれるんだね。
奉りたくなってきましたよ。
「うん、これで完璧。」
ふんすと可愛らしい息を漏らす姉。
あ~なんかちょっと深呼吸したくなってきたわぁ。
「ありがとう、冬実ねぇ。」
「お姉ちゃん! ごちそうさま!」
お礼の言葉が妹の言葉に打ち消される。
口にパンを加えた妹様はどこの主人公と出会うのでしょうね。
先回りして僕が主人公になろうかしら、かしら。
「ちょっと、清夏。行儀が悪いわよ。」
「だっでぎょうにゅうがぐじぎだから。(だって今日入学式だから。)」
その言葉に姉もハッとする。
「あぁ、そうだったわ。入学式の準備しないと。」
妹様も姉様も生徒会だからね。
中等部と高等部の違いはあるけども。
ちなみに妹の清夏が中学二年生。
姉の冬実が高校二年生だ。
中高一貫なので同じ日に入学式があるのだ。
あっ、僕は新一年生です。
えっ、興味ない? あっ、そう。
男子の制服は学ランで中高でもほとんど変わらない。
胸ポケットの線が変わって、校章のバッジが変わるぐらい。
しかし、女子の制服は違う。
中等部と高等部のデザインは全然違うし、セーラーとブレザー好きに着てもいい。
その後の改造もある程度容認されているので、個性とセンスが如実に出る。
清夏はセーラーの上にパーカーでニーソックスにツインテール、口にはチュッパチョップスがデフォである。
冬実はブレザーを上品に着こなし、髪はバレッタで留めたゆるふわウェーブ、寒くなるとカーディガンに萌え袖の最強コーデだ。
一体何アピールが飛び出すんだ……。
個性が大渋滞しているのを見て、僕も何かつけようかな? 腕にシルバー巻くとかさ。
「ごめんね、秋くん。先に行くから。食器は流しに置いておいて。」
騒がしかったリビングが静かになった。
「ずずずっ、あっ、茶柱。」
今日は何か良いことがありそうだ。
いや、既に良いことしかなかったか。
僕は食器を流しに置くと、妹と姉の後を追った。