第九話 ハンター保護法
ミーニアさんが頑張ります。
リラクが帰るのを見送ったあと、ミーニアは席を立った。
「ごめん、ちょっと席を外すね」
「……うん?」
近くにいる受付嬢に伝える。聞いた受付嬢が頷きながら、不思議そうにミーニアを眺めていた。
ミーニアは部屋を抜け出し、廊下を進む。その足取りに迷いはない。
ギルドハウス内を歩き、とある扉の前で足を止める。標識にはギルド長執務室と書いてある。ミーニアは躊躇わずに、扉をノックした。
「失礼します」
「……どうぞ」
と言う声を聞き、ミーニアは扉を開けた。
部屋の中に入ると、目の前に執務机に座る男がいた。禿げた頭。でっぷりしたお腹が机越しからでもわかるくらいに、大きく突き出していた。
男は書類に目を通しながら、
「何か問題でもあったのかね?」
「いいえ」
「ではどうしたのかね?」
ミーニアは首肯し、真剣な表情で訊いた。
「ワーグナーさん、ひとつお聞きしたいことがあります」
「何かね?」
ワーグナーは書類から目を離し、顔を上げた。
「ワーグナーさんは、わたしたちに隠し事をしていませんか?」
「ん?」
ワーグナーはミーニアの意図が読めず、首を捻った。
考える素振りをして、
「……何を言いたいのかさっぱりわからないのだが」
「では質問を変えます。ハンター保護法と言うのは何でしょうか?」
「——ッ!」
ワーグナーの目が見開いた。その表情から明らかに知っているということを物語っていた。
ミーニアはワーグナーの反応を見て、確信を持った。
「知っているんですね?」
ワーグナーは表情を元に戻し、努めて冷静な面持ちで、
「どうしてハンター保護法のことを知っている?」
「他の町から来たハンターの方から聞きました。それで、ハンター保護法とは一体何なのでしょうか?」
ワーグナーはため息をつき、
「知ってしまったなら仕方ない、教えてあげよう。——最近、若いハンターが減少していることは知っているな?」
「ええ」
ミーニアは首肯する。ハンターの管理記録から、若いハンターの人数が減っていることには気がついていた。登録者数は減っていない。が、引退する人間が多いのだ。原因はわからなかったが。
「ならば話は早い。王都でユニオンの幹部が所属するハンターを奴隷のように働かせて、過労死させる事故が発生した。その他にも、ユニオンの幹部が所属ハンターに対して、性的行為を強要し、暴行する事件も起きた。事件は解決したが、一時ハンターの間で暴動が起きたのだ。そのため事態を重く見た国王は、ハンター保護法を作り、事件のような行為を行おうとしたユニオンを、ブラックユニオンと認定し、ギルド長の権限で解散できるようにしたのだ。幹部は二度とユニオンを結成することができないようするおまけつきでな。」
「そうだったのですか……知りませんでした。でも何でハンター保護法について、ワーグナーさんは隠していたのですか?」
ミーニアが訊くと、ワーグナーは呆れていた。
「このあと、王都で何が起きたのかわからないのかね?」
「…………いえ」
ミーニアには思いつかず、答えを返せなかった。
その様子を見たワーグナーは深く息を吐いた。
「魔石の高騰だよ。ハンター保護法によって、ユニオンの幹部は大きなノルマを所属ハンターに課せなくなったのだ。そのため、魔石の採取量は減少。魔石の供給の減った王都は、魔石の値段が上がり、王都に住む者の財政を圧迫したのだ。今も続いているそうだぞ。もしわたしがハンター保護法の情報をカロウセに流したらどうなるかわかるだろう? 王都と同じことが起こるのだ。わたしが隠していた理由がわかったかね?」
「…………」
ミーニアは奥歯を噛み締めた。
ハンター保護法の話を聞いたとき、最初に思い浮かべたのはリスティのことだった。彼女は確かにトップの魔獣討伐数を誇っているが、多大なノルマを課せられていることは噂で聞いたことがあった。友達が町でトップのハンターということは嬉しかったが、会うたびに無理をしていると感じる彼女を助けたいと思った。もしハンター保護法の情報を公開できたなら、リスティを休ませられる。
そう思ったが、目論見は外れてしまった。もしハンター保護法をカロウセの町に公開してしまえば、王都と同じように魔石の価格が高騰して大混乱になる。
ワーグナーはミーニアが拳を強く握りしめているのを見て、同情するように、
「君がハンターを心配するのはわかる。しかし、町を混乱させるわけにはいかないのだよ。それに王都のような事件は何ひとつ起きていない。君の杞憂だ。ほらっ、話は終わった。職務に戻りなさい」
ワーグナーはミーニアに部屋を出るように促した。
ミーニアもワーグナーに背を向けて、扉へ向かって歩き出す。が、すぐに足を止める。
違和感を覚えた。何かが変だ。
「どうしたのかね?」
ワーグナーも不思議に思い、声をかけた。
ふとミーニアは部屋にある調度品に目を向けた。壁や台の上には華美な絵画や壺が並んでいる。再びワーグナーの方へ振り向き、訊いた。
「ワーグナーさん、ここにあるものって以前はありませんでしたよね?」
ミーニアの眼に力が戻った。
ワーグナーはミーニアの問いに胡乱な表情で、
「何を藪から棒に……」
「ここにあるものって、確か増え始めたのは半年くらい前でしたよね?」
「……そうだったな」
「ハンター保護法を公開したのも半年前という話でしたよね? 偶然ですか?」
ワーグナーは驚愕し、目を泳がせた。
「なっ!? ぐ、偶然に決まっているだろう」
ミーニアは捲し立てるように、
「ここにあるものは、ワーグナーさんが以前貰い物だと言ってましたよね? もしかして相手はホワイトファングでしょうか? 噂になってますよ。ホワイトファングの幹部の人と、お酒を飲み歩いているって。おかしいと思ったんですよ。今聞いた話はとても納得の行くお話でした。ですが、ワーグナーさんらしくないんですよ。そんなに町の経済について考えたりしませんもの。どちらかというといつも自分のことばっかりじゃないですか。もしかして誰かの入れ知恵ですか? おそらくは、ホワイトファングのヴェレーノさん——」
「——うるさいわああああ!」
ワーグナーが壁に響くような大声を発し、勢いよく立ち上がると、机を両手で強く叩きつけた。大きな音が部屋中に響く。顔を完全に真っ赤にし、頭には太い血管が浮いている。ミーニアに詰め寄った。
「黙れ受付嬢風情が! 戯言を言いよって! もしそうだとして何になるというのだ! 俺がギルド長だ! ここの主だ! 受付嬢ごときが俺の決めたことに口出しするんじゃない! 俺の命令に黙って従っていればいいんだ! わかったな!? 早く出ていけ!」
ミーニアを部屋の外へ押し出し、廊下へ突き飛ばすと、部屋の扉を力強く閉めた。扉を閉める大きな音が鳴った。
ミーニアは壁に背中を打ちつけ、尻餅をついた。
「いったあああ……」
非力なミーニアでは、ワーグナーに抗うことはできなかった。
「あっ……、血が出てる……」
突き飛ばされたときに、手の平を擦り剝いてしまったらしい。
傷を舐める。少し痛みが和らいだ気がした。
立ち上がり、廊下を歩く。しばらしくして、ふと足を止めた。
壁を思いっきり拳で叩く。瞳に涙を浮かべ、悔しがった。何もできない自分が酷く惨めに感じた。
しかし、その眼は死んでいない。
奥歯を噛み締め、一歩、また一歩と、再び歩き出した。
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人間って自分の理論が破綻すると逆上して感情的になりますよね。
海月は臆病者なので、そういう相手は苦手です……。
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