第七話 回復魔術師の戦い方
戦闘描写は本当に難しい。
日々精進です。
タイトル回収はまだまだ先です……。
曇天の空、一羽の白く輝く鳥が天高く飛ぶ。視線に迷いはなく、ただ一点を見て飛び続けていた。
その鳥を追うように、リラクは森の中を駆ける。凹凸のある地面を蹴り、鬱蒼とした木々を避け、速度を落とすことなく走り続けた。
リスティに渡した青い石のペンダントは、育ての親であるルーティアから子供の頃に貰ったものだ。ペンダントにはルーティアが施した魔術が込められている。
そのひとつが追跡の魔術だ。子供のリラクが迷子になったとき用のもので、実際に迷子になったときには、白い鳥が空からリラクを見つけ出した。
町を出てからというもの、胸騒ぎが収まらない。理解できないような言い知れぬ不安が全身を廻る。気持ちは焦り、駆ける足は段々と早くなった。
光る鳥が下降を始めた。リスティがすぐ近くにいるのだろう。そう思うと、踏み込む足は自然と強くなった。
リラクの目にまず飛び込んできたのは大きな熊だった。リラクより二倍はある体躯、大きく発達した腕は土竜を連想さる。手から伸びる爪は、人を軽々しく引き裂きそうな鋭さがあった。——クロウベアだ。
クロウベアは右腕が大きく持ち上げ、今にも振り下ろそうとしていた。足元には、倒れているリスティの姿。
「——ッ!」
リラクは息を吸うのも忘れ、全身に魔力を巡らせた。渾身の力を込めて足を踏み込み——。地が爆ぜた。爆発的な速度でクロウベアに迫った。
クロウベアはリラクに気がついていない様子だ。ただ獲物であるリスティの息の根を止めようとしていた。口端が歪み、ニヤッと笑う。
リラクは飛び上がり、怒り込めてクロウベアの顔面を蹴った。
「ギィアァァァァッ!」
クロウベアは悲鳴をあげた。リラクの蹴りの衝撃で仰け反り、仰向けに倒れた。地面が唸り、衝撃で木々がどよめいた。
光る鳥はリスティの側で寄り添い、スッと消える。
リラクはクロウベアのことは見もせず、リスティの状態を診断する。全身に無数の切り傷を負っているものの、致命傷はない。が、金属製の胸当てが大きな凹みを作っていた。大量の血を吐いていたことから、クロウベアの一撃を受けたのは想像に難くない。顔色は青く、眉を寄せ、眼を瞑っていた
リラクはリスティの側に近づき、膝をついた。
「かひゅー……かひゅー……」
と、リスティが掠れた息を漏らしていた。
リラクは痛々しそうに思いながら、彼女が生きていることに安堵する。彼女の胸の上に手を当てた。
「今助けてやるからな。——回復」
淡い翠色の光がリスティを包み込む。全身にあった傷は徐々に消え、無くなる頃にはリスティの顔に赤みがさしていた。呼吸も落ち着いている。
「……これでもう大丈夫だな」
リラクは大きく息を吐いた。久しぶりに掻いた汗を拭う。
ほっとしているもの束の間、近くで何かが立ち上がる気配がした。——クロウベアだ。
全身を刀傷で真っ赤に染め、片目も切り裂かれている。明らかに半死半生といった感じで、なぜ立ち上がっているのか、わからないくらいだ。
だが、気づいた。
「ああ、変異種か」
リラクはクロウベアが残している眼を見て納得する。
変異種——同種の魔獣の中で特異的に変質した異形。特徴は様々でわかりにくいが、共通して耐久性が高く、同種より速さ、力、共に強い。
目の前にいるクロウベアの瞳は赤かった。通常は黒だ。少し見ただけでは、わかりづらい。変異種のクロウベアなら、ハンターギルド指定の危険度ランクは二に近い。カロウセの町周辺の場合、森に入るのを禁止して、討伐隊を組むレベルだ。
リラクはリスティを安全な場所に移動し、クロウベアと対峙する。懐から黒革の手袋を取り出し、両手にはめた。
「ガアァァァァァッ——!」
クロウベアは灰色の空に雄たけびを上げた。標的をリスティからリラクに変更し、睨みつける。荒い息を吐き、両腕を前に突き出し、突進の体制を取る。
「おうおう、威勢がいいな。こっちもイライラしているんだ。早くかかってきな。——新しい回復魔術師の戦い方ってのを見せてやるよ。」
リラクは好戦的な笑みを浮かべる。半身になり、右の手のひらを裏返した。クロウベアを手招きして煽る。
「ウウゥゥゥッ——ガァッ!」
クロウベアはリラクの煽りに反応したのか、真っすぐに突進してきた。地面が唸る。
怒涛の勢いで迫るクロウベアの突進は、その巨体もあって大きな脅威だ。当たったら人間などボロ雑巾のように空に舞う。下手したらそのままあの世行きだ。
——しかし……リラクは避けなかった。
空気が破裂した。乾いた大きな音が鳴り、衝撃波となって周囲の木々をビリビリと振動させる。
リラクは、クロウベアの突進を受け止めた。クロウベアは力を込めているようだが、リラクの足が下がることはなかった。
通常、魔力で身体を強化する魔術である『身体強化』は、基本の筋力量に倍化するように強化する。が、膨大な魔力量があっても、万力になるわけではない。魔力が多いほど、魔力操作が繊細になるからだ。
だから一般的な戦士は身体を鍛錬し、『身体強化』を使用している。
リラクも師であるルーティアのしごきにより鍛えてはいる。が、リラクは魔術師だ。一見したら細身の青年で、戦士のように筋骨隆々ではない。
しかし、リラクはただの魔術師ではない。回復魔術師だ。
回復魔術師は治療対象の状態を詳細に知るために、対象者に魔力を流して調べる。筋肉、骨、内臓に至るまで、どこに損傷を負っているかを判別するのだ。そのためには繊細な魔力操作が必要となる。
だからリラクの魔力操作は、他の魔術師や戦士とは一線を画していた。
「こっちは婆に下手な鍛えられ方はしてないんだよっ!」
右手の拳を握り、正面にあるクロウベアの顔を殴り飛ばした。巨体が転がり、土ぼこりが舞った。
通常の回復魔術師はできない。彼ら、彼女らは人の身体を治すことに特化している。正面から魔獣を殴り飛ばす真似はしようとも思わない。
だが、魔術研究をしていたルーティアは、リラクに回復魔術師の才能があるとわかったとき、嬉々として新たな回復魔術師を目指し、リラクを鍛え上げた。
クロウベアが再び起き上がった。戦意は衰えることもなく、前にいるリラクを真っすぐに見ていた。
「しぶといな……。リスティのこともあるし、さっさと終わりにしようか」
リラクは土を蹴り上げ、爆発的な速度でクロウベアの懐に入り込む。狙うは心臓。
回復術師は接触することで、相手の内部構造を理解できる。どこを怪我をしているのかも、瞬時に把握することができる。
打ち上げるように放った右拳の一撃は、クロウベアの背中を抜けるような強い衝撃が振動となって、空気を鳴らした。
「まだだっ!」
懐を抜け出し、魔獣の背中に回り込む。魔獣の後頭部を蹴り、クロウベアを地面にねじ伏せた。
「これで——終わりだっ!」
クロウベアの背中に飛び乗ったリラクは、首の骨を目掛けて、渾身の力を込めて拳を振り下ろした。鈍い骨を砕く音。
獣の咆哮が森から消えた。
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