第五話 ユニオンハウス
カロウセにはいくつものユニオンハウスが存在する。
ユニオンハウスはユニオンに所属するハンター達が共に生活するための居住施設でもあり、ハンターギルドがユニオンと連絡を取るための拠点でもある。
ユニオンハウスの形態は、大きな家から数階建ての商業施設ようなものまで様々だ。
「大きいな……」
灰色が空を覆いつくし、朝の陽ざしも届かないカロウセの町の一画。リラクは一件のユニオンハウスを見上げていた。ホワイトファングのユニオンハウスだ。5階建ての大きな建造物で、入口には関係者以外の立ち入りを防ぐように、武器を携帯した門番が立っていた。まるで貴族の屋敷のような厳重さである。
リスティとの約束を守るために、ユニオンハウスに訪れた。時間も何も聞いていなかったので、朝早くに入口に来て待つことにしたのだ。リスティが入口から出てきたときに会えるようにと。
ホワイトファングのユニオンハウスの場所は、宿屋の主人であるマリアナに訊いた。さすがは町でもトップクラスのギルドだ。誰でも知っているとのことだ。
「確かにこれだけ大きいなら、知っていて当然かもな」
ホワイトファングのユニオンハウスは、周囲の建物より明らかに目立っていた。二階建ての建造物ばかりの町の中で、五階建ては圧倒的な大きさだ。
リラクはユニオンハウスの入口を眺め、リスティが出るのを待った。
足が痺れるくらいの長い時間が経った。通りを歩く人の数が増えてきても、一向にリスティが出てくることはなかった。
入口から出てきたホワイトファングのメンバーらしき人にリスティのことを聞いても、「わからない」「今日は見ていない」と、誰も知らなかった。
門番にリスティを呼んでほしいとお願いしたが、「ハンターギルドを通せ」と、全く取り合ってもらえなかった。
「弱ったなぁ……おっ」
リラクが困り果てていたとき、入口からホワイトファングのメンバーが視界に入る。金髪の男で剣を佩いていた。これから狩りに出るのだろうか。
リラクは金髪の男に近づいた。
「ちょっといいかな?」
「僕?」
と、金髪の男は自分の手で自らを指さす。
「そうそう、ちょっと聞きたいのだが、リスティをユニオンハウスの中で見なかったかな?」
「リスティさん? その前に君はいったい誰何だい?」
金髪の男は眉をピクリと動かす。
「ああ、すまん。俺はリラクと言う。リスティとは昔馴染みでね。今日は魔獣討伐を手伝う約束をしていたんだが、時間を決めてなくて。仕方ないから、こうやって朝早くから待っているんだ。しっかし全然出てこないんだよ」
リラクの説明に金髪の男は得心したようで、
「そうだったのですか……。疑ってすみません。僕の名前はカーター。リスティさんなら出かけましたよ」
リラクは驚く。
「えっ、出かけた? いつ? 俺はここに朝からずっといたんだが……」
「夜明け前には出ましたよ」
「夜明け前? 門は空いてないんじゃ……?」
町の門は夜間閉門している。その間の町と外との行き来はできない。一般的な常識として知っていた。この町も例外ではないはず。
「はい。でもうちは特別に夜間で門を通れるんですよ。トップユニオンの特権というやつです。いつでも魔獣討伐できるようにと、ハンターギルドを通して、カロウセの領主に許可をとっているんです」
「そうだったのか……。通りで出てこないわけだ……」
さすがはトップユニオンということなのだろう。いつでも魔獣狩りができるのは、自由があっていい。ただ、所属メンバーには夜も狩りするように敷いているように感じるのは気のせいだろうか。
「リスティは、いつもこんなに早く出ているのか?」
カーターは首を振った。
「確かにリスティさんは毎日朝早く出かけますが、ここまで早いのは珍しいです。いつもは夜が明けてから出かけています。でも……」
と、心配そうな表情を浮かべ、
「実は昨日、ヴェレーノさんがリスティさんのノルマを増やす話をしているのを聞いたんです。普通のノルマだって、メンバーより厳しいのに……」
リラクはカーターの言葉に引っかかった。
「ちょっと待ってくれ。リスティーのノルマが普通のメンバーより厳しいというのは、どういうことだ?」
カーターは気の毒そうに、
「以前、リスティさんと一緒に活動していた人たちが夜逃げしちゃってね……。ヴェレーノさんがそのことでカンカンに怒って、リスティさんに責任を押しつけたんだ。ノルマを月の五等級魔石の数を百個から百五十個に増やすって……。それで昨日からは月に二百だと言われていたよ……」
「無茶苦茶だ……」
リラクは驚愕した。名うての一流ハンターが到達するようなレベルのノルマだ。ハンターになって二、三年のリスティができるわけがない。もし達成しようとするなら、寝ずにやるしかなくなる。
カロウセ周辺の魔獣が強くないとは言え、一瞬のミスが命取りになることもある。もしかしたら、そのミスが今日になるかもしれない。
——言い知れぬ、不安が押し寄せる。
リラクはカーターの両肩を掴んだ。
「えっ……?」
と、カーターは目を丸くする。
「なあ、リスティがどこ行ったかわかるか?」
「多分、西の森だと思いますけど……。細かい場所まではさすがに……」
カーターは申し訳なさそうに答えた。
「そうか……」
リラクは鞄を開き、中身を漁る。
「まさか、渡した次の日から使うことになるなんてな……」
と、ポツリと呟いて、鞄の中を探った。巻物状の羊皮紙を取り出して封を開ける。中には魔術文字が、白紙を埋め尽くすように隙間なく書いてあった。
「ス、スクロールっ!?」
カーターが目を丸くし、裏返るような声を出した。
スクロールは魔術を発生させるための魔術媒体だ。高価なものが多いため、一塊のハンターが見ることはあまりない。
リラクは唱える。
「背を追う白鳩」
魔術が発動し、スクロールが光りを放った。魔術文字の羅列の中心——幾何学模様の魔術円から光り輝く白い物体が飛び出す。その形は鳥の姿をしていた。
白い鳥は天高く飛び上がると、リラクを中心に円を描くように旋回し、停止した。何かの目印を探すように周辺を見渡す。何かを見つけたのか一点を見つめると、真っすぐにその方向を目指して飛び始めた。光の線を作り、翼を羽ばたかせて。
カーターが呆然としている間に、リラクは光の鳥を追いかけて走り出す。
何も起きていないことを祈りながら。
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