第三十七話 見通せない未来
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ハンターギルドの受付に座るミーニアは大きなため息をついた。
それは数日前にあった朝の出来事である。リラクが『この街を出る』と発言したことが発端だった。
ミーニアにとって、いつまでもリラク達はここにいるものだと思っていた。いつまでもこの幸せな続くと……。
だが、リラク達はハンターで、特にリラクは各地を転々としていた。彼と会ったのも数か月前のことである。半年も経っていないのだ。
なのに、ミーニアにはずっと一緒にいたと感じさせる心地よさがあった。
当然、リラクの言葉にミーニアは質問した。「どうして?」と。
だが、リラクの返答は簡潔だった。
「他の街も行ってみたい」
その一言で、ミーニアには何も言い返すことはできなかった。ミーニアとリラクの関係は友人関係を除けば、この街の受付嬢と風来のハンターだ。だからリラクをこの街に止める理由はなかった。
「はあ~……」
あの時のことを思い出し、ため息をつく。毎日がこの繰り返しだった。仕事に手がつくはずもなく、呆然と中空を見つめていた。
リラクの言葉を受けたリスティはというと、「わかった。ついていく」だけだった。リラクは驚いていたようだが当然の反応である。彼女もハンターで、現在はユニオンに所属もしていないフリーの身だ。さらには、リラクとパーティーを組み、仕事もこなしている。一緒に行くのはわかりきっていることだった。
「わたしはどうしようか……」
と言ったものの、ミーニアには選択肢はなかった。彼女はハンターギルドの職員で、ただの街娘。ハンターをする技術もないし、外の街に引っ越した経験もない。普通ならここに残り、リラク達を見送るのが普通だろう。
ただ、その思考を感情が否定した。心がざわついて、その決断ができない。
もちろん、リラク達が再びこの街に戻ってくることもあるだろう。だが、広いこの世界で、もう一度彼らに会うことができるだろうか。
しかし、今まで何度も出会いと別れを経験してきた受付嬢のミーニアはそのことを否定した。ハンターは危険な仕事でいつか死ぬという可能性を常に秘めている。リラクは強い人だから、そう簡単には死なないだろうが。
「——っ!?」
嫌な記憶がミーニアの脳裏を過った。血だまりに沈むリラクの姿だ。あの時、ミーニアはリラクが本当に死ぬと思った。あの時の絶望感はとても苦しいものだった。
確かにあの時は助かった。が、もしかしたらあの姿は未来のリラクかもしれない。そう思ってしまうと、心がざわついて仕方がなかった。
「……やっぱりついていこうかな」
小さく呟いた。が、ハンターギルドを辞めた先の自分を想像できず、踏ん切りがつかない。
「はあ~……」
ため息は止まらない。
◇
「あ、あの……換金を……」
困った顔の青年が目の前の獣少女に何度目かのお願いしていた。
だが、反応がない。心ここにあらずといった感じで、ぼんやりとした表情をしていた。先程からブツブツと何かを呟いているようだが、青年には聞き取ることはできなかった。
「おい、そこの坊主よ」
青年の後ろから男の声がした。振り向くと同業の男が立っていた。男はニヤリと笑い、青年の肩を組む。
「この嬢ちゃんはちょっと取り組み中でな。今は大好きな男のことで頭がいっぱいなんだよ」
「えっ? 大好きな男ですか?」
「おう、そうよ」
青年は目の前の少女を改めて見た。少女はとても可愛らしい犬の獣人だった。栗色の髪に、大きな瞳。あどけない容姿は庇護欲をそそる。周囲の受付嬢の中でも群を抜いていた。この少女が告白したら、どの男でも首を縦に振るだろう。
その少女にこのような顔をさせる男とは、余程の美男子なのだろうか……。
と、青年が思考していると、男は顔を青年の顔に近づけた。
「だからよ。他の場所に並んでくれないか?」
「えっ? 仕事ですよね?」
同業の男の提案に青年は驚く。仕事をほったらかして、男のことを考えるのは問題ではないだろうか。
「細けぇことはどうでもいいんだよ。別にここで換金しなくてもいいだろう?」
「そうですが……。他に空いている窓口はないような……」
青年は周囲を見渡した。どこの受付もハンターが並び、換金を行っている。しばらく時間が掛かりそうに思えた。
「どこを見ているんだよ、坊主。空いているだろう? しかも隣に」
同業の男は顎でその場所を指した。
確かに空いている。が、青年は見ないようにしていた。見てはいけないものがいたからだ。
「ほらっ、ジタバタするな。こっちに並べ」
「えっ? いやっ」
同業の男の力は強く、青年では抗いようがない。強引な形で、青年は並びたくない窓口に立つことになった。
「んじゃ、よろしくな」
「承知した」
同業の男は、窓口にいる生き物に声をかけて、その場を立ち去った。
「俺も嫁に会いたくなったわ」
と、捨て台詞を残して。
その生き物は野太い声を発した。一言一言に圧がある。
「さぁ、若人よ。換金する品物を出すがいい」
「…………」
青年は言葉を失った。
青年の視線の先には、分厚い胸板があった。その生き物は二本の金髪の三つ編みをしている。体格は青年の三倍は優にあり、その眼光は人を視線だけで殺せると感じるほどに鋭い。サイズの合わない受付嬢の制服からは、隆起する筋肉がピクピクと脈動している。
その巨躯から青年は顔を背けながらも、観念して鞄から魔石を取り出した。
異形の受付嬢は、その魔石を見分し始める。
「ふむ……、五等級魔石が五個か……。中々優秀なハンターのようだな、若人よ。そのまま精進するのだぞ。代金だ、受け取るがいい」
「あっ、はい……」
青年は得体のしれない恐怖に慄きながら、両手で換金したお金を受け取る。異形の受付嬢の手は、青年の両手よりも巨大だった。
青年の頭の中では警鐘を鳴らし続けている。
「で、では、失礼します!」
青年は異形の受付嬢にお辞儀をし、素早い動きで駆けて行った。
◇
「む、中々の身のこなし。将来は有望だな」
ダラスは感心して、青年を見送った。彼はこのカロウセに臨時で赴任してきたギルド長である。元々は王都で仕事をしていた。が、カロウセの元ギルド長の汚職により、この街に来た。彼の仕事は、この街のハンターギルドの状況把握と正常化である。
そのためには、この街のことを知らなくてはならない。ならばと思いついたのが、受付嬢の仕事であった。ハンターギルドの顔となるこの仕事なら、この街のハンターの実態もわかるのでちょうどいいと思ったのだ。
だが問題となるのは、受付嬢はその名の通り女性の仕事であることだ。そこで、ダラスは女装した。この格好なら男とバレることはないだろう。鏡で確認したが、中々の美人である。厚い胸板がとても素晴らしい。
実際、ハンターからダラスを男と呼ぶものはいなかった。たまに「化け物!」と謎の叫びをあげるものもいたが、幻覚でも見ていたのだろう。仕事のし過ぎだ。やはり、ブラックユニオンの影は未だに残っているのだろう。
受付嬢の仕事も中々楽しいものだ。若いハンターを見ると、自分の若い頃を思い出し、血肉が湧きあがる。試しにやってみて正解だった。もう少し続けてみようと思う。
ただ今日は管理職としての仕事をしなくてはならない。
「さて、ミーニアよ」
ダラスはミーニアの名を呼ぶ。が、反応はない。改めて名前を呼ぶ。今度は気合を込めて。
「ミーニアよ。返事をするのだッ!」
「はいぃっ!?」
全身の毛を逆立てて、ミーニアは返事をした。目を大きく開け、驚いた表情を浮かべる。
「話がある。ついてきなさい」
ダラスは椅子から立ち上がり、歩き出した。
「あっ……、はい……」
ミーニアは落ち込んだ顔で、あとをついていった。
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