第三十一話 売人への魔の手
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リラクがリスティを助け出した後、騒ぎを聞きつけた衛兵達により、カーターは捕まった。
リラクは後から来たミーニアにリスティを預け、衛兵の詰め所へ向かった。男であるリラクが側にいてはリスティも気が休まらないだろう。
リラクとしても彼女の側にいるは憚れた。やはりカーターの凶行を止められる機会があったにも関わらず、止めなかったという負い目があったからだ。
リラクが詰め所に到着し、事務所内に入ると、最初に出迎えたのは副隊長のカイルだった。彼は柔和な笑みを浮かべ、受付席に座っていた。
「先程は大変なご活躍でしたね。さすがはホワイトファングを潰した男です」
リラクは苦笑いし、
「潰したって……。ところで、カーターの取り調べはしなくていいのか?」
「隊長が取り調べをしている最中です。僕も少し見ましたが、ペラペラと話していたので、すぐに終わるでしょう。よほど怖い思いをしたようですね」
「そうかい」
カイルは意味深な視線を送り、リラクは軽く受け流す
カーターの怪我はリラクの魔術で治したが、身体に刻み込んだ痛みと恐怖は決して消えることはない。
その時、カイルの背後にあるドアが開いた。出てきたのはゴードンだ。彼は、リラクを見るなり若干引き気味な表情を浮かべた。
「カーターの取り調べ終わったぞ……。ところでお前さん……、いったい何をしたんだよ? あの怖がりようは異常だぞ……」
「別に大したことはしてないよ」
リラクは嘯く。
ゴードンは訝しげにリラクを見て、
「そうかあ? まあいい。カーターが全部吐いた。五人の女達を襲ったのは自分だとよ。犯行に使った快楽草は、この町の売人から買ったとさ」
「そうか……、売人の居場所はわかったのか?」
ゴードンが頷き、
「ああ。あの野郎、また売人からブツを買うつもりだったみたいでよ、金貸しから大金を借りたようだぜ。何でも『最愛の人を僕の物にするためだ』ってよ。あいつ本当に気持ち悪いぞ……。思い出しただけで鳥肌が立ってきた……」
と、腕をさすった。
リラクはを目を細め、
「んで、取引日はいつだ?」
ゴードンはニヤリと笑った。
「今夜だ」
◇
夜のカロウセは妙に静かだった。最近の事件により、人通りは極めて少ない。その裏通りで一人の男の足音だけが異様に響いた。
その男は目深に被ったフードで表情を見ることはできない。が、口元からはイヤらしい笑みを浮かべていることだけはわかった。
もう一人の男もフードを被っており、その顔を見ることはできない。
近づいてきた男が足を止め、もう一人の男と対峙する。
待っていた男は低い声で尋ねた。
「約束の物は持ってきたか?」
もう一人の男は頷き、
「もちろんですぜ。ほら、この通りに……」
と、瓶に詰めた快楽草の粉を見せる。男は快楽草の売人だった。最近は目の前にいる男が快楽草を大量に買ってくれるため、売人の懐は温かい。一体、あの大量の快楽草を何に使っているのか不思議ではあったが、売人には関係のない話だ。
「確かに快楽草だな……」
待っていた男はニヤリと笑った。
「ところでお前さん、最近やけにこの草をご所望するが、いったい何に使ってるんです?」
「ああ、ちょっとな……」
待っていた男は言葉を濁す。
売人はその返事に違和感を覚えた。いつもなら気持ち悪い言葉を並べ、売人を辟易させているはず。それにいつもと背の高さが違う気がするのだ。声も若干異なる。男は胡乱気な目を、取引相手に向ける。
「お前……、本当にカーターか?」
取引相手の返事は右の拳だった。売人は後方に飛び、その攻撃を避ける。売人は元ホワイトファングの幹部だった。元トップユニオンのハンターである彼の身のこなしは伊達ではない。
売人はすかさず腰に差した剣を抜き、構える。
「貴様は何者だッ!?」
「ただの回復魔術師さ」
売人の問いに、対面する自称回復魔術師は事も無げに返事する。
「回復魔術師だあ? ふざけるなッ!」
売人の知っている回復魔術師とは、医者のように怪我人を治す人間のことだ。断じて、あのような高速の突きをする者ではない。
「本当のことなんだけどなあ……」
自称回復魔術師は、どことなく不満そうである。その余裕のある仕草は剣を持った相手を前にして行う態度ではない。そのことが、売人は警戒をさらに強めさせた。
売人の元ハンターとしての勘が言っている。『奴は危険だ! 逃げろ!』、と。だが、売人は逃げることはしなかった。ここで逃げてしまったら、もう商売ができなくなる。売人の頭の中にあったのは、今後手に入る金のことだけだった。
売人は勘を無視し、剣に力を込めて、自称回復魔術師に向かって走り出した。逃げるよりも目の前の敵を排除することが最良の選択だと判断したのだ。
その時、正面にいる自称回復魔術師が呟いた。
「……なら、魔術師らしい戦い方をしてやるよ」
自称回復魔術師は売人の剣を軽くよけ、売人の肩に触った。
売人の身体に悪寒が走る。まるで、体内に異物が入った感覚だった。その異物が体内を駆け巡る。
そして、売人は地に転がった。
身体に力が入らない。力が入らないだけではない。地面の冷たさも感じない。何もかもすべての感覚が無いのだ。いや、首から上の感覚だけ残っている。目は動くし、地面の臭いも、自分の心臓の鼓動もわかる。顔にだけ、地面の冷たい感覚が伝わった。その奇妙な体験に売人は戸惑い、瞠目した。
「な、何をしたッ!?」
自称回復魔術師は口端を上げるだけで何も言わなかった。彼は持っていた短剣で売人の手首を切る。血がドクドクと止めどなく流れていった。
だが、売人に痛みはない。ただ、視覚的な情報から死が近づいて行っていることだけがわかった。
自称回復魔術師は満面の笑みを浮かべ、
「さて……、お前に生き延びる機会を上げよう。わかっていると思うが、お前はこのままだと死ぬぞ? 俺の質問に答えたたら、ちゃんと治してやるよ」
「な、何だ!?」
「お前の所属するアジトの場所を教えろ」
売人に拒否する理由はなかった。
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