第三十話 自責と憤怒
前回のあらすじ。
変態なカーターがリスティーに襲いかかる。
カーターがリスティのペンダントを引きちぎると、全てが光の飲まれた。
さぁて、伏線を回収しながらのフルボッコ回です。
リスティーの持つペンダントが強い光を発する数分前。
ミーニアはカロウセの街を走り回っていた。リスティがいなくなってから数時間が経過した。空は赤と紺が混じり、夜になるのもあと少しだ。
ミーニアがリスティから離れていた短い時間で、リスティはいなくなってしまった。すぐ戻ってくると思い、ベンチで待っていても一向に戻ってこない。
胸騒ぎを感じ、探し回ったがどこにもいない。リスティと一緒に廻った店を探し、家に戻っているのかと思い、小鳩亭へ戻ってみたもののいなかった。
息を切らし、足を止める。汗が頬から顎を伝って地面に落ちた。
「はぁ、はぁ……。リスティさん……、どこにいるんですか?」
ミーニアの呟きは行き交う雑踏で掻き消えていく。不安と焦燥だけが砂時計のように積もっていった。
「どうしたんだ、ミーニア? そんなに慌てて」
ミーニアが振り返ると、そこにはリラクが立っていた。表情はいつもの通り、やる気のない眠そうな顔をつくっている。なぜか数名の衛兵達と一緒にいた。そのことに不思議に思いながらも、今一番の心配事をリラクに告げる。
「リラクさん、リスティさんを見ませんでしたか?」
「リスティ? 見てないけど……、どうかしたのか?」
リラクが首を捻る。
ミーニアが必死に声を上げる。
「突然いなくなったんですっ! どこを探してもいないんですよっ!」
ミーニアの必死さがリラクに伝わったらしく、リラクの表情が真剣なものになった。
「わかった。ちょっと待ってくれ」
そう言って、リラクは自分の鞄に手をかける。
——その瞬間、カロウセの街に光の柱が立った。翠色のとても幻想的な光だ。
「なんでしょう、あの光は? 何か催し物とかありましたっけ?」
あのような光の柱は、ミーニアは初めて見た。が、その光が魔術的な物で、かつとても高度なものであると、素人目でも理解できた。だから何かの祭りかと思った。
近くにいた衛兵達や周辺を歩いていた人達も、同様に光の柱を見ている。彼らもミーニアと同じように考えているようだった。ミーニアが言ったことと同じような話が聞こえてくる。
——しかし、
一人だけ違った表情を浮かべていた人間がいた。リラクだ。彼は光の柱を見て、目を見張っていた。その後、唇を強く噛み締める。
——そして、一陣の風が吹いた。
「きゃっ!?」
急に吹いた風にミーニアは髪を抑える。
「なんだったんだろう、今の風? ねぇ、リラクさん? ……ってあれ? ……リラクさんは?」
ミーニアが辺りを見回したがリラクはいなくなっていた。残っていたのは地面に残るレンガを砕いた足型だけだった。
◇
リラクは家々の屋根を飛び、一直線に天へと昇る光の柱へ向かっていた。
あの翠の光の柱が何かをリラクは知っている。リスティに渡したペンダントには様々な機能がついている。そのひとつが防衛機能だ。ペンダントの鎖を強引に引きちぎると、石に内包してある魔力を一気に使い、光の柱を作って周囲に知らせるのだ。
「あそこだな」
リラクは光の柱が昇る一軒の家を見つけた。光の柱の影響により、屋根に大きな穴が開いている。
リラクは家々の屋根を飛び、その勢いのままその屋根の穴に飛び込んだ。
穴は家の床を突き抜け、地下にまで及んでいた。
リラクは地下に降り立ち、その目に飛び込んだのは、ベッドに縛られているリスティーと半裸のカーターだった。
リスティーは、両手足を縄で縛られており、シャツの前が大きくはだけている。その姿を見たリラクは胸の奥から怒りが込み上げる。
「この光の柱は何なんだッ!? 僕とリスティーの邪魔をするなッ!」
カーターは光の柱を殴っていた。翠の石のペンダントのもうひとつの防衛機能だ。光の柱は周囲に危機を知らせるだけでなく、バリアを張り、対象者を守る。
だが、その効果時間は短い。すでに光の柱は集束を始めていた。
「……おい」
リラクは怒りから来る唇の震えをどうにか抑えて、低い声を発した。
「あん? ——へぶしッ!」
カーターがリラクの声に反応して振り向くと同時に、その顔をリラクは右手の拳を固めて殴った。
カーターは吹き飛び、石壁に激突する。その激突におり、カーターの背後にある石壁を砕いた。
さすがは元トップユニオンのホワイトファングのハンターである。意識を失わずに腫れ上がった頬を左手で押さえ、地面に腰をつけていた。驚愕した表情でリラクを見つめる。が、殴った相手がリラクと気づくと、すぐに憎しみを込めた目で睨みつけ、立ち上がった。
「リラク……、また貴様かああああああッ!?」
カーターが怒鳴り声をあげる。その表情は酷く歪み、醜悪の一言だった。
「それが本当のお前か……」
「ああ、そうだよッ! 優しい男を演じていたのは、すべてリスティーのためだッ! 僕はリスティーを初めて見た時から好きだった。だからリスティー好かれるように、がんばった……。だがッ! リスティーは全然こちらを見向きもされなかったッ!」
「だから、こんなことをしでかしたってことか?」
「ああ、そうさッ! この薬があれば、女は誰でも僕の言う通りになる。あとは僕の色に染めてしまえば、僕の物だッ!」
リラクは奥歯を強く噛み締めた。
「俺は今……後悔している。あの時、お前を見逃していなければ、こんなことにはならなかった……」
「あの時……。やっぱりお前は気づいていたのかッ!」
カーターは、リラクが言っている『あの時』が、いつであるかを瞬時に理解し、激高する。
「ああ、そうさ。お前から快楽草の臭いがしてすぐにわかった。使用者だと。ただ臭いが薄かったから、女にモテるためにやったのかと思って、『浄化』でお前の持っていた快楽草の効果をすべて消して見逃した。お前には仮があったからな……。もしお前の話がなかったら、リスティーは死んでいた。だが間違っていた。こんなことになるなら、お前をあの時衛兵に突き出しておけば良かった……」
リラクは拳を強く握りしめた。力の入った拳からは血が滴る。手のひらに爪が食い込み、切ったのだ。
心の中では自分を責め続けていた。
カーターの怒号が部屋に響き渡る。大きく唾を飛ばし叫んだ。
「お前が使った魔術のおかげで、持っていた快楽草がすべて無くなったッ! そのおかげでまた買わなくちゃいけなくなったんだぞッ! 稼いだ金もすべて底をついたッ! すべてお前のせいだッ!」
カーターはリラクに向かって駆け出し、殴りかかった。
「うるせぇよ……」
リラクは呟き、カーターの右の拳を軽く左によけ、その強く握りしめた右手の拳で、顔面を殴り飛ばした。
「ぶふっ!?」
一撃目より強い強烈なリラクの攻撃は、カーターを吹き飛ばした。金属製の扉を破壊して部屋から飛び出し、隣の部屋の壁に激突する。——が、リラクの攻撃は終わらない。
「ヒッ!?」
カーターが小さな悲鳴を上げる。
一瞬でカーターの距離を詰めたリラクは、再び殴った。一回、二回、三回と、何度も殴り続ける。顔、胸、腹、腕——ありとあらゆる場所を殴った。
カーターの表情は憎むものから、段々と恐怖に色づいていく。「やめてくれ」という声を発しても、リラクはやめることはなかった。無言でただ殴り続ける。リラクが手を下した時には、カーターだったものは顔の原型をとどめておらず、肉塊のようになっていた。
「カヒュー……、カヒュー……」
肉塊から辛うじて掠れた呼吸音がする。まだ生きているようだ。
リラクは踵を返し、リスティの部屋に戻る。
すでに光の柱は消失し、リスティはリラクを熱っぽい視線で眺めていた。まだ快楽草の効果が続いているのだろう。
リラクはすぐに解毒の魔術をリスティに施し、腰に差している短剣で、リスティを縛る縄を切り裂いた。
するとリスティーは、自分の着ている服の状態など気にせずに、リラクに抱き着いた。リラクの胸に蹲り、声も出さず、押し殺すように涙を流した。
「ごめん……、本当にごめん……」
リラクはリスティを強く抱きしめ、謝ることしかできなかった。
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