第十九話 自動回復
まだまだ修行が必要ですね。
ミーニアは地面に手をつき、顔を伏せて涙を流す。その涙はリラクの頬に雫となって落ちる。
「リラクさん……」
声をかけてもリラクは何も反応を示さない。固く目を閉じたままピクリとも動かなかった。
ミーニアにあったのは後悔だ。ヴェレーノを言葉で追い詰めた時、彼女は普段は感じたことがない喜悦を覚えていたのだ。高圧的な態度を取るヴェレーノを自分の言葉で言いくるめることができた。その感情が、言う必要もないことまで言って、ヴェレーノを後には引けない状態まで追い込んだのだ。
その結果がコレだ。
リラクはミーニアを庇い、地面に伏せ、血の花を咲かせている。
ミーニアは呆然としたまま、涙を流すことしかできなかった。
「いい気味だわ」
ミーニアが顔を上げると、目の前でヴェレーノが嘲笑していた。
「わたしに散々無礼なことを言った罰があったのよ」
ミーニアはヴェレーノを怒りを込めて睨みつける。
「ヴェレーノさん! こんなことをして良いと思っているんですかっ!? 人を殺して……。ただで済は済みませんよ!?」
ヴェレーノが邪悪笑みを浮かべた。
「何を言ってるの?」
「えっ?」
「貴女達はここに来なかったのよ? いない人をどうこうしようなんてできないわ」
「何を言って……」
ミーニアはヴェレーノの真意を読み取れなかった。ただ彼女の不気味さだけが際立ち、肌が粟立った。
「貴女達は行方不明になるのよ。二人は町で消息を絶った。発見されたのは近くの森で、二人仲良く死んでいた。二人は駆け落ちした後の末路という感じかしら。良い話だと思わない?」
ヴェレーノが再び杖を構え、ミーニアに向けた。
「——っ!」
「氷の槍」
咄嗟に横へ飛んだ。ミーニアがいた地面には氷の槍が刺さっていた。
「早く逃げなさい。当たってしまうわよ? ——氷の槍」
ヴェレーノが新たに氷の槍を生成し、ミーニアへ向けて放つ。
ミーニアは必死になって避けた。これほど大きな音を立てているのだ。異変に気付いた誰かが助けにくてくれる。そう信じて逃げ続ける。
その様子を見ていたヴェレーノがミーニアの考えを察したかのように、
「逃げても誰も来ないわよ。この時間帯は、所属のハンターは全員この建物にはいない。いるのは入口を守っている警備員だけ。もし仮にいても、この部屋は完全な防音。誰一人気づかないわ」
「そんな……」
足が止まり、絶望するミーニア。
その姿を見て、ヴェレーノはより醜悪に笑った。
「アーハッハッハ! さぁ、次が行くわよ。——氷の槍」
何度もミーニアに襲い掛かる氷の槍の追撃。避けるたびに疲労は溜まり、息が荒くなる。それでも何とかその襲撃から逃げる。
——しかし、
「——ッ!」
ミーニアの太腿に激痛が走り、大きく転んだ。氷の槍がミーニアの太腿を大きく抉ったのだ。ジワリと太腿から血が滲み、地面を血で濡らした。
「当たったわ」
ヴェレーノが笑う。その声はまるで的当てゲームでもしていたかのようだった。
「さぁ、これで終わりね。死になさい」
「くっ……」
止めどなく血を流し続ける太腿を手で抑え、必死に逃げようとするも痛みで動けなかった。
ヴェレーノは嗤い、唱えた。
「——氷の槍」
ヴェレーノの目の前に今までで一番大きな一本の氷の槍が発生する。真っすぐにミーニアへ迫った。
——もう駄目だ!
ミーニアは強く目を瞑った。
——が、その凶刃はいつまで経っても来ることはなかった。
「なぜ……。なぜだ……?」
驚愕するヴェレーノの声がした。
瞼を開ける。目の前で氷の槍が止まっていた。その槍を掴む手があった。見上げてみると……。
「あっ……ああ……」
自然と涙が溢れでた。
ミーニアを襲う氷の槍を止め、そこに立っていたのは、死んだはずのリラクだったのだ。
リラクは持っている氷の槍を握り潰した。パリンッと音を立て砕け散る。
「ミーニア……遅くなってごめんな。もう大丈夫だ。……おっ、怪我をしているな。——回復。もう痛くないだろ」
ミーニアの太腿の怪我が治る。傷跡もない綺麗な肌に戻った。
ヴェレーノは狼狽しながら、
「ど、どうして生きている!? お前は確かにあそこで死んだはずだっ!」
と、指を差した。そこには大きな血だまりがあるだけだった。
リラクは軽く笑った。
「あの程度じゃ死なないよ」
「なぜだっ!?」
「——自動回復」
「オートヒール?」
「俺の身体は常に回復魔術が掛かっている。傷ついてもすぐに治る。その効果は魔力が無くなるまで半永久的だ。身体に風穴開いた程度では死なない。せめて頭を吹っ飛ばすくらいはしないとな。まあ、今回は重症だったから、回復に時間が掛かったけど」
リラクの冗談めいた説明に、ヴェレーノが怒り出した。
「何だそのふざけた魔術は!? そんな魔術聞いたことがない!」
「当たり前だろう? 俺が開発したんだから」
「かいはつ……だ……と……」
ヴェレーノは言葉を失った。
魔術の開発は魔術師にとって最高の栄誉である。宮廷の魔術師達は日夜新しい魔術を開発するために研究を行っている。その魔術開発をリラクの年で達成していることは通常あり得ないことだった。
「まっ、大したことはないよ。この魔術は継続中に永遠と魔力を使うから、魔力容量が少ないと使えない」
「ちっ……、ふざけた魔術を使いやがって……。まあいい。今度は塵も残らず片付けるだけだ。——氷の槍!」
ヴェレーノが氷の槍を生成し、リラク達へ飛ばす。
「ちょいとごめんよ」
「えっ……、きゃっ!」
リラクはミーニアを横抱きにし、後方に大きく飛び、避ける。
リラクの腕に抱かれたミーニアは頬を赤く染め、リラクの顔を見上げる。
「お姫様抱っこ……」
と、誰にも聞こえないくらいに小さな声で呟く。
だがリラクはミーニアの言葉を聞き逃さなかった。
「なあ、そのお姫様抱っこって何なの?」
「えっ!?」
突然のリラクの問いに、ミーニアは顔を真っ赤にして慌てる。少し前まで死にかけていたことなどお構いなしに。
「まあいいや。後で教えてほしいな。前も町の中で騒がれてさぁ。意味が分からなかったんだよ」
リラクは訊くのを止めた。さすがに今のような危機的状況化でする会話ではないはずだ。
が、ミーニアはそうではなかった。リラクの腕の中で暴れだす。
「えっ!? どういうことですかっ!? 誰にやってあげたんですかっ!? 教えてくださいっ!」
「おいおい暴れるなよ。しかもここでするような話じゃないだろう。後で教えあげるからさ。それで勘弁してほしいな」
リラク困った顔をし、ミーニアを地面に降ろした。
「きっとですよっ! 約束ですよっ!」
「わかったよ……。お姫様抱っこって本当に何なんだよ……」
二人が会話をする中、ヴェレーノが叫ぶ。
「氷の槍ッ!」
「おっと」
リラクは襲い掛かる複数の氷の槍を、全て拳で叩き落した。
「なにっ……」
「まぁ、何度も同じ魔術を受けたんだ。見切ることくらいできるさ」
「ならば……、これならどうだ! 氷の槍!」
先程までより二倍となった氷の槍がヴェレーノの前に出現する。
「変わらないよ。ミーニア、ちょっと行ってくるな。まぁ、すぐ終わる」
リラクはヴェレーノに向かって駆けだした。高速で飛ぶ氷の槍を躱し、叩き落とし、一直線にヴェレーノへ接近する。
「これで——、終わりだッ!」
「——ッ!」
リラクは強烈な右の拳が、ヴェレーノの腹部に突き刺さった。
「グフッ」
ヴェレーノは肺にある空気を全て掃き出し、くの字になって吹き飛ぶ。その勢いは収まらず、窓ガラスを突き破った。
「ああああああああッ!」
ヴェレーノの地獄に落ちていくような絶叫が空中に響いた。最上階から地面へヴェレーノが落ちて行く。
重い物が地面に落ちる鈍い音がした。割れた窓の外からはざわめきが聞こえる。
この高さからの落下だ。恐らく即死だろう。死者の蘇生は存在しない。
「リラクさん……」
心配そうな顔をしたミーニアが、リラクを見つめている。ヴェレーノを殺したことで衛兵に捕まることを危惧しているのだろう。
リラクは微笑み、優しくミーニアの頭を撫でた。
「大丈夫さ。正当防衛だし、問題はないよ。なあに、ミーニアが心配することはなにもないよ」
「……はい」
ミーニアが頬を赤く染めてニッコリと笑い、その手をくすぐったそうに受け入れた。自分の尻尾をリラクにそっと寄せて。
お読み頂きありがとうございます。
後半は、リラクが無双する話でした。
と言っても、リラクはちゃんと攻撃を受けたら死ぬということです。
自動回復も重症なら時間が掛かるので、その間に攻撃を受けたら死にます。
無敵ではないことを明記しておきます。
次もお読み頂けたら幸いです。




