第十六話 ハジメテノヨル
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リラクが扉を蹴破ると、家の中には複数の男達が視界に入った。男達が取り囲むベッドには、ロープで縛られて涙を流し、リラクを見つめるミーニアの姿。
「おやっ、お邪魔しちゃったな。悪いけど返してもらえるかな? 大事な友達なんだ」
笑みを浮かべ、ゆっくりと家の中に入る。皮手袋をはめた拳を強く握りしめた。怒りの沸点はとうに過ぎている。
「おい、お前が何でここにいるんだ? お前にも刺客を送ったはずだぞ」
リーダー格の髭面の男がリラクを睨みつける。
「ああ、宿屋に来たのはあんた達の仲間か? まったく……、窓を壊して、部屋の中まで荒らして、マリアナさんがめちゃくちゃ怒ってたよ」
リラクは、わざとらしくため息をついた。
「そんなことは聞いてねぇッ! 仲間はどうしたんだと聞いているんだッ!」
髭面の男は激怒した。立ち上がり、声を荒げさせる。リラクが男達を揶揄うような言動が勘に触ったらしい。
「全員ぶちのめしたよ。俺がここにいるのがその証拠だ」
——突如、骨ばった男が飛び出した。懐からナイフを取り出し、リラクに迫った。
リラクはそのナイフを余裕のある動作で躱す。お返しに男の顔目掛けて、右の拳を振り抜いた。
「ぶへっ!」
骨ばった男の顔にクリーンヒットした一撃は、メリメリと音を立て、男の顔に埋まり、吹き飛ばした。そのまま壁に突き刺さり、力なく沈む。
「二人目」
リラクが呟き、ニヤリと笑った。
「くそがぁッ!」
他の男達も、側にあった剣を抜き、リラクに襲い掛かる。が、その攻防は一瞬だった。
一人の男は剣を上段に構えて振り抜くも当たらず、懐に入ったリラクの拳を受けて吹き飛び、テーブルを真っ二つにする。
「三人目」
「おらぁ——ぶへっ!」
もう一人の男は、攻撃を仕掛ける前に前蹴りをかまし、腹をくの字にして壁を突き破った。
「四人目」
「はぁ?——ぶひゃっ!」
最後に襲い掛かろうとしていた男は、最初の三人の状況を見て呆然とした。そこにリラクが一瞬で近づき、顎を右の拳で突き上げる。男の頭は天井に刺さり、全身を脱力させてぶら下がった。
「五人目」
「くそがッ!」
髭面の男は剣を抜いた。向かった先はリラクではなく、ミーニアだ。
「きゃっ!?」
悲鳴を上げて戸惑うミーニアを立たせ、抱え込むようにして首筋に剣を当てた。必死な形相でリラクを睨みつける。
「この女の命が惜しかったら大人しくしやがれッ!」
「り、リラクさん……」
怯えた表情でミーニアはリラクを見つめる。頬を涙で濡らし、身体は恐怖で震えていた。
「ほう……」
リラクは余裕の笑みを崩さなかった。が、その眼光は鋭く、髭面の男を射抜く。ゆっくりとした速度で一歩、また一歩と歩き始めた。
「う、動くなッ! こいつがどうなってもいいのかッ!?」
髭面の男は声を裏がしながら叫び声をあげる。ミーニアの首筋に当てる剣に力が入った。
が、リラクの歩みは止まらない。
「やってみろよ」
「なん……だと……」
髭面の男はリラクの言動に耳を疑い、驚愕する。
「俺は回復魔術師だ。一秒でも生きていれば治せるぞ」
リラクの歩は進む。口端を歪ませる。
「ただ覚悟しておけよ? もしミーニアに傷ひとつでも付けたら、簡単には殺さない。まずは手と足の指を一本、一本折っていく。折り終わったら治してもう一度。飽きたら次は指を切り落とす。それが飽きたら腕と足だ。最後は胴体と頭だけで、魔獣の餌にしてやるよ。簡単に死ねるとは思うなよ?」
夜の闇の中で、青い瞳が爛々と光る。
「ヒィッ!?」
髭面の男はその恐怖に悲鳴を上げた。足が後ろに下がり、ミーニアの首筋に当たる剣が離れる。
——銀閃が瞬いた。
リラクは腰に差していた短剣を投擲する。
短剣は髭面の男の眉間に突き刺さった。恐怖に顔を歪ませたまま硬直し、背中から崩れ落ちる。
部屋の中に静寂が戻った。
リラクは大きく息を吐く。ミーニアに近寄り、拘束していたロープを解いた。
「もう大丈夫だ」
「リラクさん…。ふえぇぇぇええ……」
ミーニアが泣きながらリラクに抱き着いた。尻尾を左右に揺らす。
リラクはミーニアを慰めるように、頭をポンポン優しく叩いた。
「ごめんなあ……。演技だとは言え、酷いことを言った」
と、申し訳なさそうな顔をする。
「いいえ、わたしはリラクさんのことを信じていましたから。助けてくれるって。だから全然平気ですよ」
ミーニアは顔を上げ、眼を赤く腫らしながらも、頑張って笑顔を作り、ニッコリと笑った。
「ありがと」
その信頼の言葉にリラクの心も温まり、自然と笑みが出る。
「ところでよくここがわかりましたね。わたしも知らない場所なのに」
「ああ、そのことなら……」
リラクは鞄から小さな羊皮紙を取り出した。
羊皮紙には大きな円が描いてあり、周囲には細かく文字が書いてあった。円の中心では緑色の光が点滅している。
「この緑色の光は……?」
「ミーニアだよ。正確にはそのイヤリングだけどな」
リラクはミーニアが付けている翠色のイヤリングを指さした。リラクが上げたものだ。
「このイヤリングは、昔師匠に貰ったお守りを参考にして作ったものでな。この円の中に入る範囲なら、どこに行っても場所がわかるようになっている。……まぁ、範囲がこの町くらいしかなくて、遠いと役に立たないけどな」
「えええっ!? 凄いじゃないですか!? こんなもの見たことないですよ!?」
ミーニアが目を丸くする。が、ハッとして、眉を寄せた。
「うーん……。でもこのイヤリングをしていると、リラクさんにどこへ行ってもわかるってことですよね……。なんてものを渡したんですか……。女の子としては怒るべきか……。それとも助かったことを喜ぶべきか……」
「まあ、助かったんだからいいじゃん」
リラクはミーニアが悩む姿を見て、ケラケラと笑う。
「えー……」
と、ミーニアは不満を言いつつも、リラクから貰ったイヤリングをいつまでも外そうとはしなかった。
リラクは髭面男の眉間から短剣を回収し、
「さて、衛兵を呼ばないとな……。悪いけど、もう少し我慢してほしい。それが終わったら家まで送るからさ」
「えっと……、送った後はどうするんですか?」
ミーニアがモジモジと恥ずかしそうに聞く。
リラクは当たり前のように、
「えっ? 宿に帰るけど」
「帰っちゃうんですかっ!?」
「いや、帰るだろう、普通。俺に野宿でもしろというのか?」
「ちっ、違いますよ。また襲われたりしたら怖いじゃないですか?」
「大丈夫だろう。そう何度も襲ってこないよ。……きっと、たぶん、何とか」
「全然安心できないですよ!?」
「だったらどうするんだよ? ミーニアの家の前で野宿とかは嫌だぞ?」
ミーニアは顔を真っ赤に染めてぼそぼそ呟く。
「わたしの…………ればいい…………ですか」
「なんだって?」
リラクが聞き返し、ミーニアはやけっぱちのように大きな声で張り上げた。
「わたしの家に泊まればいいじゃないですかっ!」
「……………………えっ?」
暗い部屋の中、小窓から月明かりだけが照らす。机の上には作りかけの熊のぬいぐるみ。その瞳がベッドで寝る二人の男女を映し出していた。
どうしてこうなった!
リラクが心の中で叫び声を上げた。
隣には穏やかな寝息を立てるミーニア。いつもとは異なり、薄い肌着で白い素肌がよく見える。どこか甘いミルクのような匂いが漂ってくる。
緊張して眠れやしない!
獣人美少女を見ずに天井をギンギンとした瞳で凝視する。
生を受けて十八年。女の子と一緒のベッドで寝たことなどない。緊張はピークに達していた。
「んっ、う~ん……」
ミーニアが艶めかしい声をあげる。少女が出す声ではない。女の声だ。
リラクは生唾を飲み込んだ。
ひっ!
リラクの心臓の音が跳ね上がった。
ミーニアがリラクの腕に抱き着いたのだ。リラクの腕に柔らかなふたつの感触が伝わる。心臓は爆発寸前である。
ミーニアが寝る前に、「絶対に襲わないでくださいね」と、言っていた。にも関わらず、安心しきった表情で眠る少女は、「どうぞ襲ってください」と、言っているようだった。
リラクは顔を真っ赤にさせ、早く夜が明けてほしいと心から願った。
意識が遠のいたのは、夜明け前のことだった。
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