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十四話 もうひとつの力

本日の更新分です。

そろそろストックが尽きそうです……。

 ミーニアの案内でリラクはギルド長の執務室に入った。部屋の中にいたのは、腹をでっぷりと出し、頭の禿げた中年の男だ。

 髪が後退しきった男は厭らしく媚びた笑い方をしていた。

 リラクはその笑みに顔を顰める。そして思い出す。


「あっ、あの時の……」


 リスティと行った黒猫の安息亭でヴェレーノと一緒にいた男だ。

 ギルド長はリラクの呟きに気づかず、話し始めた。


「初めましてリラク=ヒーリア様。わたしはこのカロウセのハンターギルドのギルド長のワーグナーと申します。いやはや、このような所で貴族の方にお会いできるとは、思ってもいませんでした」


 リラクのことはリラクとワーグナーが顔を合わせる前に、ミーニアが伝えている。


「貴族と言っても名誉職の騎士爵だ。平民と大差ないよ」


 ワーグナーはかぶりを振った。


「そんなことはございません。平民と貴族では大きな差がございますよ」

「そうか? この部屋を見る限り、俺よりも裕福な生活をしているように思えるけど?」


 リラクが執務室内を見渡す。壺や絵画など贅沢品が飾ってあった。高い食事一回で財布が空になるリラクとは雲泥の差だ。


「いえいえ、これらは決して高いものではございません。それに貰い物ですので、わたしのお金で購入したものではございません」

「ふーん」


 疑いのある視線をリラクは送った。が、ワーグナーは気づいていないかのように、嘘っぽい笑みを顔に張り付けている。


「まずは、こちらにお座りください」


 と、リラクにソファに座るように勧めた。

 リラクは頷き、ソファに座った。

 ミーニアはソファの横に立ったままだ。ワーグナーも当然のような顔をしている。

 だが、リラクは気になった。


「ミーニアも座らせてもいいよな?」

「え? ええ、もちろんです」


 ワーグナーは戸惑いを見せながら頷く。


「ありがとう。——ミーニアも座りな」


 リラクは隣に立っているミーニアに座るよう促した。


「し、失礼します」


 ミーニアは戸惑いながらもリラクの隣に座った。

 ワーグナーはソファに座るミーニアを一瞬睨みつけた。が、リラクが睨みを利かせるとすぐに嘘っぽい満面の笑みを顔に張り付ける。


「コホン……、ところでヒーリア様。本日はどのようなご用件で、こちらにお越しになったのでしょうか?」

「ああ、単刀直入に訊こうか。ギルド長はハンター保護法のことは知っているか?」

「はっ?」


 ワーグナーの笑顔が凍り付いた。

 リラクはワーグナーの顔を見て、目を細める。


「ハンター保護法だよ。ハンターギルドのギルド長なんだから知っているよな?」

「え、ええ、もちろんでございますよ。それがどうかなさいましたか?」

「この町のハンターはハンター保護法のことを知らないみたいなんだ。ちょっと前にミーニアにも聞いたんだが、知らないって言うし……。どうして誰も知らないんだ?」


 するとワーグナーはミーニアに視線を向ける。ハンター保護法の話をミーニアにした人間が誰だか理解したのだろう。

 ワーグナーは一呼吸置いて、


「はい、わたくしが情報を止めていました」

「ほう……、どうしてだ?」

「この町を想ってのことです。ヒーリア様ならご存知かと思いますが、ハンター保護法を制定したとき、魔石が高騰しました。魔石は民にとっては生活にはなくてはならない燃料です。灯りはもちろん、火ですら焚くのに苦労します。その魔石が高騰してしまうとならば、生活が苦しくなるのは当然のこと。わたしはこの町をそのような困難に見舞わせないようにするために、断腸の思いでハンター保護法のことを公開しないように決めたのです」


 ワーグナーの言動は、演説でもするかのような堂々たるものだった。

 が、リラクは残念な人を見るように、


「そっか」


 と、軽い口調で同意した。


「はい、このことはこの町の領主である男爵様もご存知の話です。失礼ながら騎士爵のヒーリア様より上の立場である男爵様が、ご納得しているのです。ですからヒーリア様もご納得頂きたい」


 ワーグナーは自信に満ちた顔をした。当然同意してもらえるだろうというような口振りだ。

 リラクは半眼でワーグナーを見て、


「ふーん……。んで、その話は誰から聞いたんだ?」

「はいっ? 何を仰っているんですか……? 当然、わたしが考えたことですよ」


 ワーグナーの額に汗が浮かぶ。

 リラクはワーグナーの話が誰からかの入れ知恵であると確信していた。


「本当か? だったらその情報は間違っているぞ。実際には一部の商人が魔石の価格を上げたんだよ。ハンター保護法を逆手に取ってな。『魔石の採取する数が減って、希少性があがった』とか言って。でもすぐにバレて元に戻ったぞ。元々、魔石は国の倉庫に大量に余ってるんだ。魔石が足りないなんて起きるわけないだろ」


 魔石はハンターギルドを通して国が買い取っている。商人は必要な分だけ魔石を国から買い取り、国民に販売しているのだ。が、その流通を完全に理解している国民は少ない。そのことを逆手に取った事件だった。

 だが、知っている人間が見たらおかしいとすぐわかるので、発覚するのは早かった。大きな問題にもならなかった。


「な、なんです……と……」


 ワーグナーは驚愕し、大きく目を見開いた。

 ミーニアも驚いているようで、リラクを見つめた。

 リラクはワーグナーを呆れた顔で見て、


「知らないのはお前だけだよ。たぶん、お前に話した奴は知っていたと思うよ?」


 ワーグナーは狼狽して、


「な、何を言ってるんですか……? 男爵様も納得した話ですぞ。男爵様に伺ってみてください」

「ああ、その男爵様にはもう聞いたよ」


 リラクは一枚の手紙を鞄から取り出し、ワーグナーに渡した。今朝、梟から受け取った手紙だ。リラクが男爵に向けて、ハンター保護法についてのお伺いを立てた返答の手紙だ。手紙には、『わたしは知らない。ハンターギルドのギルド長が勝手にやったことだ』というような文面が綴ってある。

 ワーグナーは手紙を読み、手を震わせていた。


「ギルド長、お前は見限られたんだ。さっさとハンター保護法を公開しなよ」

「そ、そんな……」


 ワーグナーは肩を落とし、力なくソファにもたれかかった。


「まだ終わりじゃないぞ」

「まだですかっ!?」


 ワーグナーから悲鳴が上がる。

 リラクは笑い、


「いやいや、ここまでは前座だよ。本題はここからだ」


 ワーグナーが息を飲み、リラクの言葉を待つ。


「ホワイトファングをブラックユニオン認定して、解散させろ」

「ままま、待ってくださいっ! どうしてホワイトファング何でしょうか!? あそこはトップユニオンですよ!」


 ワーグナーが慌てたように早口で話す。

 その慌てように、リラクが首を捻る。


「トップかどうかは関係ないだろう。あのユニオンはハンターに魔石百個のノルマを課しているそうじゃないか。多い奴は百五十個だ。しかもハンターからユニオン脱退の申し出を拒否する始末。ブラックユニオン認定できる材料は揃っているぞ」


 ワーグナーが叫んだ。


「ですがあのユニオンが解散になったら大問題になりますよっ!?」


 リラクの反応は冷ややかだった。


「何か問題があるのか? たかだかユニオンが一個無くなるだけだぞ。別にハンターが減るわけでもないし、問題ないだろう?」

「た、確かにその通りですが……」

「何か言えない理由でもあるのか?」


 ワーグナーを睨みつける。


「滅相もございません」


 ワーグナーは両手を振って、否定した。額から汗が滝のように流れ、地面に滴り落ちる。


「なら、よろしくな」

「わかりました……。ただ書類を準備するのに一日下さい。明朝、解散の手続きをしますので……」

「わかった。なら明日またここに来るから、その時まで準備しておいてくれ」

「はい……」


 呆然とした顔で、ワーグナーは了承し、頭を垂れる。

 リラクは立ち上がり、ミーニアを促し扉へ向かう。が、ふと思い出し、もう一度ワーグナーの方を振り向いた。


「あっ、そうそう。ミーニアは俺の友達だからな。そこん所を覚えておいてくれると嬉しいな」


 と、ワーグナーに笑いかける。言外に『酷い扱いをしたら許さないよ』という意味であった。

 リラクとミーニアはギルド長執務の扉を開けて出て行った。

 扉が閉まり、一人残ったワーグナーは奥歯に力を込めてギリギリと噛み締めた。が、次第に口端が歪み、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべる。

 その表情は醜悪極まりないものだった。

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