第十一話 闇と光
本日の更新分です。
実はこのシーンを書くためにストーリーを組み上げました。
リスティは鬱蒼とした森の中で、グレイハウンドを狩り続けていた。一頭、二頭、三頭……、何頭倒したかもわからない。身体には重石を乗せたように鈍重で、一歩進むたびに呻き声をあげてしまう。
もう終わった。そう思うと——
「ノルマ追加ね」
無慈悲な言葉が背後から投げかけられる。振り返ると、リスティより数倍大きいヴェレーノがリスティを見下ろすように見ていた。まるで地面に落ちるゴミを見るような視線だ。
再び始める魔獣狩り、何頭倒しても終わらない無間地獄。剣を振り下ろすたびに身体から何かが崩れていくような感覚が続く。
「俺達はついていけそうにないわ。悪いけど抜けさせてもらうな。一人で頑張ってくれ」
目の前には、一緒に村から出てハンターになった幼馴染達がいた。彼らは重荷からの解放感から来る笑みを残し、暗がりに消えていく。
「待って!」
必死に手を伸ばす。が、彼らは振り返ることはなかった。
「貴女のノルマは終わってないわよ。早く一頭でも多く魔獣を狩りなさい。わたし達のためにね」
ヴェレーノが嘲笑する。その声は耳を塞いでも一向に止むことはない。
「やあ、リスティ」
気がつくとリラクが目の前に立っていた。優しくリスティに微笑みかけていた。
「あっ……、リラク」
優しい幼馴染の姿にホッとする。
だが、リスティを裏切るように、リラクの表情は一瞬にして冷たいものになっていく。
「約束も守れないような屑女は嫌いだな。もう俺の前に現れないでくれ」
「あ、ああ……」
リラクもリスティに背を向けて、深い森の闇の中に消えていた。
リスティはその場に崩れ落ちる。周囲は暗闇となり、地面には血の海が広がっていた。まるで自分の流した血のように……。
身体が無性に寒く感じる。両腕で自分を抱き、温めようとしても、身体は冷たくなる一方だった。
「寒いよ……、誰か助けて……」
か細い声で弱々しく懇願する。
しかし、誰一人として助ける者はいなかった。ここに自分が必要ではないと、証明するかのように……。
リスティはゆっくりと目を開けた。ぼんやりとした頭で思考する。
「…………夢?」
小さく呟いても、その言葉に返答する人はいない
そこは小さな個室だった。見覚えのない天井、寝ているベッドも、着ている服も、自分がいつも使っているものではない。
怠い身体に鞭を打って起き上がる。
「ここは……どこ?」
と、疑問を口に出し、寝る前の自分を思い出そうとする。
「あっ……、確かクロウベアと戦って……」
死んだはずだ……。
そう思った。が、鈍重な身体は、それを否定した。
「そういえば……」
意識を失う直前に、誰かの背中を見た。幼き日に見た父親のような温かく大きな背中。
「…………助かったのかな」
ひとつため息をついた。その深いひと息は安心したからついたものなのか、それともこのあとも続く、地獄のことを想像してついたものなのかわからなかった。
ふと扉の外から足音が聞こえた。足音は少しずつ大きくなり、リスティがいる部屋の扉の前で止まる。扉を開けて入ってきたのはキセルを咥えた女だった。リスティよりも身長が高く、スラっと細い。切れ長の目が印象的だった。壮年ではあるが、その容姿は整っている。女の眼から見ても綺麗だと感じた。
女はリスティが起きているのに気がつき、眉をつり上げた。
「おやっ、様子を見に来てみたら……、眠り姫がやっと起きたのかい?」
「あの……、ここは……?」
「ここかい? ここはあたしがやってる宿屋だよ」
やっぱり、誰かに助けられたらしい。おそらくは意識を失う前に見たあの人に……。
女はリスティの近くにあった椅子に座り、足を組む。横柄な態度に見えるが嫌な感じがしない。堂々としており、似合っていた。
女は煙を吐き、ニヤッと笑う。
「あたしの名はマリアナ。あんたの名前は?」
「リスティです」
「そうかい。なぁ、リスティ。リラクから聞いたけど、あんた、死にかけたそうじゃないか?」
「リラクから……」
「そうさ。あんたを森の中で見つけて、助けたそうだよ。あとで礼くらい言っておきな」
「…………はい」
意識を失う前に見た姿はリラクだったようだ。町で再会したときとは全然違う印象を受けて、心の中がざわついた。
「話はリラクから聞いている。ていうか無理やり吐かせた。こんなおもしろ……ゲフンっ。——それにしても、あんた無茶するねぇ……。クロウベアに単身で挑むなんて、しかも変異種だったらしいじゃないの」
「変異種……」
あの異様な耐久性は、そのためだったのか……。
変異種は通常の魔獣より特異な変貌を遂げる。異様な速さがあるもの、強力な力を持つもの、異様な耐久性を持つものなど、その特徴は様々だ。ただ全てに共通するのは、通常種より圧倒的に強いことだ。対峙したクロウベアは耐久性が高い変異種だったのだろう。
「それにしても良く寝たねぇ。まさか丸三日も寝ているなんてね。リラクの話では蓄積している疲労が、回復魔術で治したことをキッカケに一気に来たらしいってことだけど。あんた働きすぎじゃないのかい?」
マリアナはカラカラ笑っていた。
「三日……」
目を見張った。心臓が一気に高鳴り、緊張が増し、血の気が失せる。こうしてはしていられないと、ベッドから出ようとする。が、身体がふらつき上手くいかなかった。
「……何してるんだい?」
マリアナが呆れたような視線をリスティに向けて、
「あんたは三日も寝てたんだよ。いきなり動こうなんてできるわけないだろうに」
「でも、三日も何もしてないなんて……。早くしないと、ノルマが達成できなくなっちゃう」
必死な声をあげて訴える。
「ノルマ……、ああ、リラクの言っていたヤツかい? 昔はあたしもハンターをやっていた時期もあったが、そんなもんなかったけどねぇ。時代は変わるもんだなぁ」
マリアナはしみじみ言ったあと、
「……んで? ノルマが達成できないと、どうなるんだい?」
「えっ? それは……、ヴェレーノさんに叱られて……」
思ってもいない言葉に驚きながら言葉を返す。ヴェレーノの名前を出した瞬間、ヴェレーノから投げつけられた罵詈雑言を思い出し、胸が苦しくなった。
マリアナは切れ長の目を細め、
「叱られて? それでどうなるんだい?」
「給料が減らされます」
「ふーん……。でもリラクから聞いたけど、あんたはユニオンを辞めたいんだよね。なら給料減らされても別にいいんじゃない? 辞めたらゼロなわけだし」
「でも、わたしがやらないと他の人に迷惑がかかるし……」
「確かにね。でも、あんたの所のユニオンって、結構人数多いでしょ? 一人ずつに分けたら大した数ではないし、あんたが抜けてもあまり困らんでしょ。確かにあたしがハンターを辞めるときも結構揉めたけどね。でも結果わたしがいなくても、普通に世の中は回っている。そういうもんよ」
マリアナはケラケラ笑った。
「そうですか……」
リスティは曖昧な返事をした。少しでも迷惑をかけてしまうという罪悪感が押し寄せ、納得ができなかった。
その心情をマリアナは表情から読み取ったのか、呆れ顔で大きなため息をついた。
「あんたはお人好しだねぇ……。周りのことより、まずは自分のことでしょうに」
マリアナはキセルを咥え、手を頭の後ろで組んだ。椅子の背もたれに寄りかかり、天井を見上げる。
「人間って不思議だよなぁ。何かの地位とか立場を手に入れると、そこにしがみつきたくなる。そのロープが茨で自分を傷つけてしまうのに、そのことを理解しない。すぐそばに綺麗なロープがあったとしても気づかないで、盲目的にその茨にしがみつく」
マリアナは身体を起こし、真摯な瞳でリスティを見つめ、
「あんたはもう茨にしがみつくことなんてないんだよ。もう休みな……。もう頑張らなくていいんだよ」
「…………」
『頑張らなくていい』という言葉など、今まで誰にも言われなかった。ただその言葉が心に染みる。心が温かくなる。
マリアナは立ち上がり、リスティの頭を撫でた。ゴシゴシと髪をぐちゃぐちゃにする。リスティは嫌がる素振りもせず、ただ受け入れた。
マリアナはニカッと笑い、
「あとはリラクに任せておきな」
「リラクにですか?」
「ああ、あいつはこういうときに役に立つんだよ。あんたにできることは休むだけだよ。わかったね」
その言葉を最後にマリアナは部屋から出て行った。
リスティは再び横になった。こんなにゆったりとした気分になったのはいつぶりだろうか。
マリアナはリラクに任せろと言った。
リスティにとって、リラクは村で遊んだときのままだった。どこか頼りなさそうな地味目の少年。一人でいることが多く、いつもぼーっとしていた。
だが、リスティが死の境にいたときに見た背中は、誰よりも大きく頼もしかった。
「リラク……」
青年の名前を呼ぶと、不思議と心の中が温かくなった。
自然と眠気が出て、ベッドに横になり、再び眼を閉じる。
不眠の少女は久しく味わったことのない安らぎを感じていた。
◇
リスティのいる部屋から出たマリアナは、リラクに視線を送る。
「話は聞いていたよな」
「ああ」
扉の横の壁に寄りかかっていたリラクは視線を返す。リスティとマリアナの話はここからでも良く聞こえていた。
「なら、あたしが言いたいことはわかっているよな」
「ああ」
「もし失敗したらルーティア様に報告するから覚悟しておきな。いつも手を抜いているんだ。少しはちゃんと働きなよ」
「わかってるさ。さすがに今回は真面目にやるよ。友達をほったらかすほど最低な人間じゃないよ俺は」
リラクは壁から背を離した。
「んじゃ、行ってくる。リスティのことは任せたよ」
「あいよ。ほらっ、行ってきな」
マリアナが手をひらひら振って、リラクを追い払う。
リラクは一瞥して、その場を去った。
宿を出て空を見上げる。空には赤い太陽が地平線に沈みかけていた。その光がカロウセの家屋にあたり、まるで燃えているようだった。
これから始まる出来事を予期しているかのように。
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