壊した薬と療す毒
人々は科学を発展させすぎた。その結果が目の前に広がるこの風景だ。
木々は倒れ、動物は死に絶え、草花は枯れている。
そして、全て『色』を失っている。
地平線いっぱいに広がる灰色の世界。それが行き過ぎた叡智の代償。
都市群から離れたこの街まで灰色は迫ってきている。
もう、他の街に希望はないだろう。
この異変は唐突に起きた。
国のお偉方は科学の力を過信した。科学で全ての望みを叶えられる、と。
彼らは自らの命を無限のものにしようと試みた。
数多の偶然、ほとんど奇跡に出来てしまった「不死薬」。
それが災いの始まりだった。
一見全てを保つ万能の薬に思えたそれは、瞬く間に世界に広がっていった。
だが薬は物の内側から少しずつ蝕んでいった。
異変が起きた時にはもう手遅れだった。
急速に広がる灰色の世界。人類は止めるすべを持っていなかった。
研究者は特効薬を作ろうと必死になり、人々は信じなくなって久しい神へ祈りを捧げた。
だが奇跡は二度も起きなかった。
薬は瞬く間に人類へ襲いかかり、壊していった。
もう残っているのは自然豊かな田舎の街しかなかった。
今、こうしている間にも灰色は迫ってきたいる。
街の中から様々な声が聞こえてくる。
己が運命を嘆く声
愛するものと抱き合いすすり泣く声
狂気に染まったような笑い声。
そんな声が混じり合い、この街を怨嗟の声となって包み込む。
私はベランダから戻ると研究室にわずかな希望と共に顔を出す。
だが皆の顔を見た瞬間に察する、特効薬は出来なかった。
このまま私たちは終わりを迎えるのか、そんな考えが頭の中に浮かんでくる。
何かあるはずだ、まだ何かできるはずだ。諦められない思いが頭の回転を加速させてゆく。
そんな中、一つのアイデアが頭に浮かぶ。
自ら壊す道、だが唯一の未来に希望を託す方法であった。
それは『毒』、過ぎた『薬』に対抗する唯一の手段。
棚から箱を取り出すとその中に最後の希望である種を入れる。
訝しむまわりの目を無視し、研究所の最奥に置かれているガラス瓶を手に取る。
ガラス瓶の中に閉じ込められている『毒』は全てを終わらす。
その『毒』が『薬』を殺せるか分からないし、もし殺せてもどうなるかも分からない。
完全な賭けであるがなんとなく感じる
なんとかなるはずだ、と。
そして、そのまま最後の時を待つ。
やがて外から悲鳴が聞こえ、静かになる。
その後、灰色が部屋の中に入ってくる。
あと、1分もしないうちに飲まれて死ぬだろう。
少しずつ、少しずつだが確実に灰色は近づいてくる。
少し動けば触れる距離になった時、私はガラス瓶の封を切り体に浴びる。
『薬』に呑まれることを嫌った最後の抵抗だった。
痛みを感じる暇すらなく崩れ落ちた私の体。
その腕のなかに抱えられた最後の希望は静かに、だがしっかりと色を残していた。
色をなくした一つの星にはもう何も残ってなかった。
そこから一体何年が経過しただろうか。
数える気も起きないほど長い年月が経った後、地上に一つの草が芽吹く。
灰色しかない周りと違ってそこだけはしっかりと色を持っていた。
そこから微細な生物が生まれ、進化し、周りに広がっていく。
ゆっくりと色は、その範囲を取り戻していった。
そして、また人間が生まれる。
今度はどのように滅ぶのか、それとも繁栄し続けるのか。
それは神のみぞ知るところであった。