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日本語にうるさいおじさん  作者: 立川好哉
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2.『が』か『を』かを気にするおじさん

今回のテーマは非常に難しいと感じました。情けない話ですが、詳しい方から是非ともご指摘をいただきたいですね!!

 おじさんの家に訪問者があった。彼は日本語を研究するシチリア出身の若い男性で、繁華街の路地裏に限られた時間のみ姿を現すという情報屋からおじさんのことを聞いたという。シチリアといえば、檸檬が連想される。彼はカクテルに客の故郷の一部を添えて差し出した。


 「それなら今日は、主語のない文について語ろう」


 若者に限らず人が使いがちな文の一例として、以下を挙げる。


 サッカーがしたいなぁ。


 おじさんが気になったのは、『サッカーが何をしたいのか』ということである。上記の例文における主語は『サッカーが』であり、述語は『したい』である。『する』のは『サッカー』であり、動作主は『サッカー』である。しかし『サッカー』は動作をすることができるだろうか?『サッカー』とは言わずもがなスポーツの一つであり、動作主にはならない。したがって、この文は不適切である。また、同じような意味の文を以下に示す。

 

 サッカーをしたいなぁ。


 『サッカーが』ではなく『サッカーを』になったので『サッカー』は主語ではなくなり、不適切な動作主はいなくなった。しかし、『じゃあ動作主は誰なんだよ』という質問が飛ぶだろう。動作主がいない限り、日常会話では通じるものの、正しい文であると認められることはない。


 おじさんは動作主を登場させ、次なる例文を記した。


 俺はサッカーがしたいなぁ。


 『俺』と『サッカー』に主語につく『は』『が』がくっついている。この文の解説はいささか難しい。まず、この文の主語は『俺は』なのか『サッカーが』なのかを考える。述語『したい』の動作主、すなわち『したい』と思うものは誰か。『俺』である。したがって主語は『俺は』である。次に、『サッカーが』は適切かどうかを考えるために、以下に少し違う文を示す。

 

 俺はサッカーをしたいなぁ。


 この文の主語と述語は上の例文と同じである。最も気になるのは、『サッカー』の直後の『が』と『を』の違いである。上の例文を少し拡大解釈すると、以下のようになる。

 

 俺は(バスケットボールではなく)サッカーがしたいなぁ。


 そう解釈すると、この文が『サッカー』を強調したいことがわかる。下の文は他のスポーツを示されていない状況で使われ、上の文は他のスポーツが示されている状況で使うと分別するとわかりやすいだろう。おじさんはもっと区別できるようにと、英語を使った解説を始めた。


 俺はサッカーをしたいなぁ。 = I wanna play soccer.

 俺はサッカーがしたいなぁ。 = What I wanna play is soccer.


 上の文はそのまま左辺の訳をあてはめてよいだろう。下の文については、『私がしたいのはサッカーです』と訳せる。一見すると同じ意味の文のように思えるが、実は少しだけ意味が違うのである。『サッカーがしたいなぁ』では『誰がしてぇんだよ』と問われるだけで済んだが、その答えとして『俺は』を示してしまうと、『が』なのか『を』なのか問題にブチ当たるのである。どちらも正しいのではないかと言う方向に向かっているが、別の解釈が可能であるとおじさんは言った。

 

 日本語において『が』は主格、『を』は対象格を示す。簡易な例を以下に示す。

 

 Aさんが不正をした。


 これの主語は主格を伴う『Aさんが』であり、述語は『した』である。『を』は対象をとるため、『Aさんがしたのは何か』の答えがこれにあてはまる。したがって『不正』がそうである。この解釈で『サッカー』の文を解釈してみよう。主語は『俺は』、述語は『したい』。『を』を使った文であれば、『俺は何をしたいのか』の答えである『サッカー』が対象となり、正しい文が成立する。『が』を使った文はどうなるだろうか。同じように主語は『俺は』、述語は『したい』。先述の通り『が』は主格を示すので、『したいのは誰か』という質問を受けてしまう。つまり、『俺はサッカーがしたい』という文はその問いに『俺』という答えを提示してしまうため、『サッカー』という答えを導けないのである。


 おじさんの示した結論はこうである。


 「『俺はサッカーがしたい』と言いたいのであれば、『俺がしたいのはサッカーだ』と言えばよい。他に候補を示されていない状況であれば、『俺はサッカーをしたい』と言えばよい」


 おじさんは『俺はサッカーがしたい』を『俺がしたいのはサッカーだ』の簡易的な表現と捉え、これでも日常会話には支障しないと言って青年を納得させた。

 

 「カクテル、おいしかったです。でも僕は酔ってしまったようです。本土まで送ってくれますか」


 おじさんは眠ってしまった若者を小舟に乗せ、久しぶりに海を渡った。


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