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日本語にうるさいおじさん  作者: 立川好哉
11/14

9.濃い味が好きなおじさん

 おじさんは数か月ぶりに島を離れ、シチリア島のカターニアで小舟から降り、港の近くの市場で買い物をしていた。気さくな漁師が彼に鰯を奨め、半ば強引に袋詰めしたのをおじさんのかばんにねじ込んだ。彼が一日で食べきれる量ではないので、彼は保存方法を訊いた。すると『塩漬け』と返ってきた。おじさんは塩を買わねばならなくなったので、市街地まで歩いて量販店に入った。その入り口付近には新発売の商品が並べられており、おじさんは紫色の派手なパッケージのボトルに注目した。それは水やソーダで希釈して飲むジュースであり、『Diluire 5 volte=5倍希釈』と書かれていた。


 おじさんはボトルを持ったまま少しの間だけ硬直し、『倍』と『希』の間にあるはずの一文字を考えた日のことを思い出した。


 おじさんの疑問は、『5倍希釈』が『5倍に希釈』なのか『5倍で希釈』なのか、ということである。たとえば原液が50mlであるならば、前者は原液の量の5倍=250mlが薄めた後の量であり、後者は原液の量の5倍=250mlで薄めた後の量=300mlである。

 前者の原液の割合は50/250=20%であり、後者の原液の割合は50/300≒16.7%であるため、ジュースの濃さが違っている。おじさんは濃い味を好むので、前者を飲んだ後では、後者に満足することができないだろう。ジュースの量は後者のほうが50ml多いので、薄さを気にしないのであれば後者を選ぶほうがお得である。しかし、多さを重視して味を蔑ろにするのは、おじさんの望むことではない。


 そもそも『5倍希釈』が『5倍に希釈』か『5倍で希釈』のどちらかであれば、おじさんが悩むことは一瞬たりともなかっただろう。


 おじさんは自宅に戻って5倍に希釈した味の濃いジュースを楽しんだ。


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