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無銘

 音の先に何があるのだろう、という純粋な好奇心に後押しされて俺は路地裏に入った。

 次第に、硬いものを殴る様な音が聞こえてくる。吸血鬼は五感も鋭いらしく、そんな微妙な音をすら鮮明に拾ってみせた。


「喧嘩……かな」


 まあ、この街の治安のこともよくわからない。そういうのを見てみてもいいだろう。襲われても負けることはない……と思う。まさかそんな、薄い本みたいなことにはならない筈だ。吸血鬼強いし。


 音に誘われながら何度か曲がって奥まった場所にたどり着く。

 ひょっこりと頭を出して様子を伺うと、傷だらけで涙を流した一人の男の子が地面に倒れ伏し、その周りを威圧する様に立っている何人かの男達が、それを見下ろしていた。

 リーダー格とみえる男が、右手に持った小袋をちゃりちゃりと弄び鳴らしている。

 倒れ伏した男の子はどうやらエルフらしく、耳が尖っている。彼を痛めつけたらしい男達は人間らしかった。


「おい、此れで全部ってこたねぇだろ。クソガキ、テメエさっき薬師(くすし)の店に入ろうとしてたじゃねえか。まさかこんな額で薬なんて高級品に手を出そうって訳じゃねぇだろ? だったらもっと持ってねえとおかしいよなぁ?」

「や、やめて下さい……! 本当にそれで全部なんです! もうお金なんてどこにも……!」


 やっぱりカツアゲの方だったか。

 俺はどうしようかなと一瞬思案して、しかし特に考えもなく、


「こんにちは、何やってるんですか?」


 と声をかけた。


 殺伐とした路地裏に、自分で言うのも何だけど高く綺麗な、清涼剤のような声が響く。

 男達が不快げに振り向き、俺の姿を見るや、下卑た笑いを浮かべた。流石に目線の高さがほぼ同じだと、フードは顔を隠してくれない。鏡に写らないので自分の顔はわからないのだけど、反応を見るにもしかして可愛いのだろうか。御者の言葉は世辞だろうと受け流していたのだけど。


「よぉ、お嬢ちゃん……何って、見てわかんねーか? 喧嘩だよ、喧嘩。ちっとこっちの方が人数が多くてなぁ、圧勝? しちまったけど。なぁ、何か文句でもあるのかよ」

「別にしらばっくれなくてもさ。良いんだぜ? 俺は聞いてたからさ。カツアゲ……だろ? 全くだせえことしやがって。開き直るって事は後ろめたい事なんざねぇと思ってんだろ? だったらおかしいなぁ、何でアンタら、こんな人目のつかないところに居るんだ?」

「……何が言いてえんだ、テメエ」

「いやいや、たださっき派手な音がしただろ? だから俺は喧嘩かと思ってうっかり憲兵なんぞ呼んでおいた訳なんだが……まさかそれで困るってこたぁ、ないよな?」


 何人かの男の顔が真っ青になり、慌てて駆け出しだした。

 リーダー格の男が俺の目をじっと睨みつけ、情報の真偽を確かめにかかる。

 勿論嘘だ。

 だが、此処で俺が憲兵を本当に呼んだかなんてどうでもいい。

 その情報が億に一でも本当である可能性がある場合……割に合わない(・・・・・・)と思わせることが重要なのだ。

 少年は大したお金を持っていないらしい。隠している保証もない。

 リーダー格の男は賢く頭が回ると見える。此処で打つ一手は……


「……ちっ! さっさと引くぞ、テメエら!!」


 当然、逃げの一手だ。


「そいつは置いていって貰う……けどな」


 すれ違い様に、少年から奪ったであろう小袋を奪い取る。

 吸血鬼は五感が鋭い。動体視力も人間の比ではない。

 集中すれば、走る為に全力で振っている手すら止まって見える。止まって見えるのなら奪って見せるのも容易だ。


「……覚えてろよ!!」

「小物のど定番台詞じゃねえか。忘れるまでは覚えててやるよ」


 右手で男から奪いとった小袋を軽く弄んでから、ひょいっと少年に投げ渡す。


「あっ…………」

「大事なものなんだろ? しっかり持っておきなよ」


 興味本位で見るだけのつもりが、わざわざ助けてしまったが……まぁ、別にいいか。特にやることがある訳でもないし。


「あのっ、お名前お聞きしても良いですか!?」

「え?」


 急にかけられた声に、俺は驚き……そして困った。

 俺、そういえば名前無いじゃん、と。

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