吸血美少女、爆誕
目が覚めた。
と、同時に視界に飛び込んでくる、灰色の石の天井。
寝起きとは思えない程軽い体を起こすと、フードがパサリと頭に被さり、寝ていたベッドがギシリと軋んだ。
「…………ここは……?」
「気がついたか、我が同胞よ」
低く嗄れた声が聞こえ、声の発された方を向けば、真っ黒なローブで全身を覆い隠した老人が、木製の椅子に座っていた。
顔がフードに隠されているのに老人と判ったのは、蓄えられた白い髭が隠れきれていなかったからだ。
「吸血鬼ともあろう者が昼間に呑気に日光浴とは呆れ返る。私が見つけ、回収しなければどうなっていた事か。長老の肉体を過信したか、はたまた底抜けのうつけか、自殺志願者か。最後なら私の目の届かぬ場所で行う事だな」
ふぅ、と溜息のように息を吐き、老人は右手に持っている樫の杖をコンと床に打ち鳴らす。
俺は、彼の言葉の中に、あまりに大きな疑問を見出した。
吸血鬼……?
「吸血鬼……って、何のことだ?」
「…………何?」
老人の目が見開いた……ような気がした。要は、それくらい驚いて見えたって事だ。
「吸血鬼は……吸血鬼だろう。私や、貴様の事だ。鏡に映らず、流水を渡れず、日光に弱く、大蒜を大敵とし、切り裂くには銀の武器を要する。血液を操り外敵を蹂躙する最強無欠の人外。その身体……同胞を見紛う事はない。長老に相違ない。にも関わらず、何だ、貴様は」
おっと、どうやら何かやらかした。
老人が警戒している気配が手に取るようにわかる。
何の事を言っているのかさっぱりだが……状況から言って、間違っているのは俺の方なんだろう。
つまり俺は、どうしてこうなったのかは判らないが、吸血鬼らしい。
此処で俺が打てる最善手と言えば……
「……いや、済まない。どうやら俺には記憶って奴がないみたいなんだ。だから、アンタが何を言ってるかわからない」
記憶喪失の振りである。
何もわからないという点で共通しているし、多分悪い手ではない、と思いたい。
「記憶が……? 自らが吸血鬼である事すらも喪失したというのか? そんな事は、私ですら聞いた事はない」
「だったら俺が始めてのそれって事だろう。前例が無いのは0パーセントと同義じゃないからな」
「成る程……しかしそれならば、貴様がその身体でありながら男のような口調で話しているのも納得が行かないでもない、か……」
何とか納得していただいたようで、ほっと胸を撫で下ろす。
しかし、その身体って何の事を……
むにゅん。
何か柔らかな感触が、俺の手に伝わった。
……いや、何かなんてちょっとお茶を濁すような言い方をしたが、俺はそれがなんなのかもう察しが付いていた。
「…………付いてやがる……」
何てこった。
この俺は、凡百な元男子高校生ニートだったこの俺は。
どうやら吸血鬼になった挙句、性別すらクラスチェンジして女の子になっちまったらしい。