不穏……?
文字の読めるナーミアに手伝って貰いながら冒険者登録を済ませ、冒険者の証しであるというバッヂを服に付ける。
ナーミアに見送って貰いながら門へと赴き、門番の仕事をしているらしい兵士にバッヂを見せると、あっさりと門の外に出して貰えた。
外には他の街に繋がっていると思われる道と、その周りには草が生い茂っている。辺りを見渡すと恐らくナーミアが言っていたと思われる森が確かにあり、木々が紅葉しているから景色は紅く染め上げられていた。
道から離れて、森に入る。日はまだ低いとは言えないが、森は鬱蒼として薄暗く、風に揺られて葉が擦れる音以外には鳥のさえずり一つも聞こえないような静謐さだった。
草や枝を掻き分けて進む。日光は何とか葉で遮られており、肌には刺さらない。今から何かと戦わないとならないというのに、これ以上の弱体化は望ましくない。ただでさえ、朝に比べて格段に身体が重く感じるのだ。しかも一度弱体化してしまえば、回復手段は人の血を吸うこと以外にない。つくづく不便な身体だ。ただの人の身体の方が、どれだけ便利だったか。
何も持たないのは危険だと言われて持たされた冒険者の宿の貸し出し用片手剣が腰にかけられているが、これは流石に扱える気がしないので、実際に武器と言えるのは、吸血鬼故の高い身体能力と、老人に鍛えて貰った血の能力くらいか。
果たして通用するかはやってみないと判らないが、やれるだけはやってみて、通用しなかったら逃げる。死んでは意味がないし。
暫く進んでみたが、足跡一つ見つからず、悪戯に時間を浪費するだけだったので、一つ血の力を使ってみることにした。
親指の腹を牙でぷつりと噛みちぎる。
傷口から浮き上がるは血の球。その血に意思を加える。
意思を孕んだ血は勢いよく流れ始め、形を持つ。
ギザギザの翼を羽ばたかせ、鋭い牙を見せつけ宙を舞う血の眷属──要は、蝙蝠だ。血で創ったため全身は紅く、本来の夜のような黒色には程遠いが。
「ブラッド・バット。辺りを索敵してくれ」
我ながらどうかと思う安直なネーミングだが、ブラッド・バットは頷くように縦に体を振り、何処かへと飛んでいく。
ブラッド・バットは俺を中心に渦巻きを描くように旋回しながら索敵をする。周りに何かいれば見逃す事なくすぐにわかるという寸法だ。
索敵を飛ばした以上、無闇矢鱈に動いてもあまり意味がないのでその辺りの木の幹に寄りかかって座り込む。
日が段々と傾き始める。紅葉した葉に、斜に刺す赤い夕日の色が、視界をより一層紅く輝かせていた。
半分眠ったように待っていると、突如。
第六感。或いは直感的な、感覚の外の感覚に何かが触れる。
ブラッド・バットが生き物を見つけたのだ。
「正面……結構遠いかな」
行って、戦って、帰ってきて……それで、多分夜ご飯に間に合わない事はないだろうと目算する。
待たせるのは御免だし、お腹が空くのも勘弁被るから、ちゃんと間に合わせないと。
詳細まではわからないが、どうやら周りに他の生き物はいないようだし、向かってみるしかない。
俺は腰を上げ、正面に向かって歩きだした。
この時、俺は気づいていなかった。
周りに動物が──小鳥の、虫のたった一匹すらいない理由も。
ブラッド・バットが接敵と同時に反応を途絶えさせた、その事実さえも。




