天才と変態は紙一重
入り口から逃げるように飛び出し、両手で顔を覆って何処かに走り行く女性を見過ごして、ようやく次が俺の番というところまで来た。
此処まで来るともう後には引けないが、さっきの逃げていく女の人を思い出すと、緊張でにわかに心拍が早まるようだ。
一体どんなへんた……変人が待ち受けているのだろうか。
ドアが開き、前に入っていった男性が晴れやかな表情で出てきた。
俺は覚悟を決め、ナーミアと共に建物の中に入る。
ドアが、一人でに閉まった。
窓もない部屋は、電気が点いているかのように明るく照らされている。
床は全面板張りで、家具は一つを除き何も置いておらず生活感がない。
部屋の奥に、卓袱台がたった一つぽつりと置いてあり、その上に、そのエルフはいた。
伸ばしっぱなしでボサボサの灰色の髪。清潔感など微塵も感じさせず、所々に脂が光る。目は垂れて死んだ魚のようで、全体的に覇気というものを感じさせない。そんなおっさんが、胡座をかき、自分の腋を掻きながら俺を待ち構えていた……全裸で。
そう、全裸で。
……なんて?
「よく来たなぁ、女よ。女の身でありながら俺のちんを見て何とも思わぬその図太さ、早速だが評価に値する! 先程、俺の姿を見るや悲鳴をあげて逃げ去った失礼な女がいたがそいつとはえらい違いだ」
「や、まぁ、うん。ソウデスネ」
変質者とマンツーマンで部屋にいる状況とか、女なら誰でも裸足で逃げ出すと思うんだが……俺はまぁ、ともかくとして、だ。
「さ、もう少し近くに寄るがいい。どうしても嫌なら無理強いはせんが……俺が困る!」
困るだけかよ。
やべえ。
どうしよう。
ツッコミどころしかねぇ……!
「……一つ、お聞きしてよろしいですか?」
「許可しよう。何だ!!」
「なして服をお着にならないのです?」
「邪魔だッ!」
「あっ……はい」
「それに、服というやつは着たら脱がねばならんだろう。汚れたら洗い、古くなれば買い替えて金を浪費する。不毛だ! 非効率だッ!! 前時代的だッッ!!! 今のトレンドは全裸ッ!! まぁ、以前全裸を正装にするよう領主に訴えをかけたら半日ほど拘留されたが?」
「でしょうね」
半日で済むだけだいぶ有情だろう。
まだ見ぬ領主の評価が人知れず上がった瞬間だった。
「原点回帰というやつだ。皆にもわかる日が来ると私は信じている!」
「寒くないんです?」
今は秋だ。
「寒い……」
寒いのかよ。
俺にこの人をどうしろというのか。
取り敢えず近づけばいいのか。変態の間合いに。なんかすげえ嫌だ。
「……何時もああなの?」
横にいるナーミアに聞くと、ナーミアは気まずそうに目を背けた。
「…………いつもはもう少しだけ、大人しいんですが……」
絶対表の行列がいつもより少し短いらしかったのはこのせいだろうと俺は確信した。
もうなんかいっそ一回帰って日を改めた方がいいんじゃなかろうか。
「む? そこにいるのは確か……あぁ、グライヘンの宿の所のせがれではないか?」
「あ、はい! お久しぶりです、ファニーマン先生」
「うむ。貴様こそ元気そうでなによりである。とすると、そこな女は貴様の所の客か」
「はい、フィリアさんです。今日街に入られた旅人さんで」
「ふむ。しかしその透き通るような銀髪、ルビィよりも紅き瞳。その容姿といい、人間とは思えぬほど整っておるな。神の創りたもうた至高の芸術的、といったところか」
え、俺そんなに綺麗なの?
鏡が見れないから自分の容姿とか確認できないしな……知らんかった。
道理でフード外したら視線を感じる訳だ。
「さて、では御用向きを聞こうではないか。その前に近くに寄って欲しいのだが、本当に」
おっと、素で忘れていた。
割と懇願の色を前面に出した声を聞いて、俺はファニーマンに近づいた。
ナーミアのいい人発言が無ければ絶対に近づこうとは思えなかったが。
「うむ、苦しゅうない。では御用向きを聞こう。不肖このファニーマン、魔法の腕ならば右に出るものは居ないと自負している故な。何でも言うがいい」
「じゃあ、話にあった魔法をお手軽に使えるってやつをお願いしたいんですが」
「ほう、了解した。では少しだけ事前に説明を挟ませて貰うとしよう。ナーミアの説明では少しばかり、不十分なのでな」
「……あれ、何で俺がナーミアに説明を受けたって知ってるんです?」
「おっと、口が滑った。気にするな」
気にするわ。
使い魔的なアレで外を見張ってたとかだろうか。それなら説明がつきそうだけど。
俺の気など全く考えず、さて、と前置きしてファニーマンが語り始めた。
「魔法とは想像力である。つまりイメージだ。そしてそれが全てだ。身体の許す限りオドをマナと結合させ、思う! こうなったらいいなぁ、ああなったらいいなぁ、と。さすればそれは現実のものとなるであろう。それが魔法だ!!」
「雑ッッ!!!」
そんなんでいいのか魔法!
宇宙の法則が乱れる程の力にしては、雑にも程があるだろう……
「勿論、起こそうと思った事象に対してオドが足りていなければ魔法は発動せんが、気にすべきはそこだけだな」
「詠唱とか……いらないんですか」
「何だそれは!!」
「アッハイ。なんかすいませんでした……」
俺のイメージする魔法といえば、元々定まった魔法があり、付属する詠唱を唱えることでその事象を引き出す、みたいな割と不自由なものだったんだが……どうやらそんなことはないらしい。
「しかし、だ。こんなに簡単であるのに大勢の人間はこの魔法という力が行使できない! それは何故か、わかるな?」
おっと、これはさっき聞いたな。
確か……
「肝になるマナとオドの結合に感覚がいるんですよね」
「そうだ。そこが唯一にして難解な関門なのだ。しかし、私は同時に、それさえ克服すれば遮るものは後はなにもないのだと思った……そこで、だ」
ファニーマンは自分の頭を指差した。
「私は、自らの頭に持つその感覚を他人に投射し、容易く魔法を行使できるようにする事を思いついたのだ!」
おお……発想は天才のそれだ。
馬鹿と天才は紙一重、天才と変態は音が一緒とは言うが、まさか本当だとは。
何が天才って、記憶の投射なんて発想を、この機械もロクにない純度100%ファンタジー世界で思いつけたことが、だ。
「……というわけで、だ。早速貴様の脳に私のこの感覚を投射し、魔法を使えるようにしたいと思う。使えるようになりたいであろう、魔法?」
「……なんか、写したら変態になってたとか露出狂になってたとかありませんよね?」
「貴様人を何だと思っているのだ?」
変態以外の何者でも無いと思ってます。
流石に口に出すほど馬鹿ではないので、黙って目を逸らした。
「では、私の手を頭に置くが良い。安心しろ、手だけはきちんと洗っておる」
今、手だけはって言ったかこいつ。
まぁ、服の主義主張を聞く限り、身体を洗ったらまた汚れる、非効率だとか言いそうだとは思ったけども。
ファニーマンの手首を掴み、ぺたりと俺の頭の上に乗せる。
「……出来た。完璧だ。これで貴様は魔法が存分に振るえるぞ、震えるがいい!」
……何かが変わったという感じはしないが、これで……もういいのか。
「さて、では客も大勢待たせている。でていってもらわねばならぬ所だが……ナーミア、外に出て次の客に少し待たせると言ってくるがいい。この女にはまだ要件があるのでな」
幾らか真剣に目を吊り上げ、ファニーマンが言った。
? ……何なんだ?