巨木
ナーミアと一緒に食事処を出て、通りに面した薬師の店に向かい、傷薬と熱下げをいくらか買うと、小袋に入っていた金はすっかり無くなったようだった。
店を出ると、ナーミアがあの大きな木を指差して、言った。
「やっぱり、この街の見所といえばあの大きな木です。名前はガイルスラジアといって、世界が産まれた時に同時に神様がお植えになられた大変由緒ある木で、世界で一番、大きくて高い物なんです。あれを見るために遠くから来るお客さんもたくさんいるくらいです!」
「へぇ……やっぱ観光名所みたいなもんなんだな」
まぁ、そりゃそうか。
薬師の店は通りの真ん中辺りにあって、つまり俺の今現在立っている場所は根本から案外遠いところなんだけれど、それでも枝や葉のある部分をみあげようとすると、首が攣りかけるほどだ。
街を天井のように覆う葉っぱの所為で、この街では日陰を探すことが余りにも用意だ。夏は快適そうだな、と思う。逆に冬は大変そうだ。落ち葉とか。
あれ程大きな木は地球には無かったけれど、もしあったとしたら世界遺産認定不可避の経済効果ドッバドバのザックザクだろうし、あの大きな木を神々しい、美しいと思える感性は何処にいっても変わらないらしい。
「実はそれだけじゃなくて、あの木はこの街を中心に広がる領の領主様の住居にもなっているんです。他にも、誰でも利用でしきる大きな図書館も入っていますし、実は僕の両親が代々営んでいる宿屋も、あの木の中に入っているんですよ」
「中身をくり抜いて……ってことか? それ、木が枯れたりしちゃわないのか? 倒れたりとか」
「ガイルスラジアは神木なので、そういったことにはならないんです。ほら、もう冬も近いのに、葉は緑で落ち葉もないでしょ? それに、雷が落ちたりしても中の人は気づかないんです。神様が守ってくださってるんですよ」
はぁー、とかへぇー、とか気の抜けた返事を返しながら、俺は結構面白くその話を聞いていた。
気になったのは神木という部分だ。神様云々の話は話半分に聞いていたのだけど、そんな物理法則を無視する現象を起こすほどだとは思わなかった。神様ってやつは本当にいるかもしれない。或いは、魔法があるのか。
折角ファンタジー世界に転生したのに、そういった情報にはとんと疎い俺は、図書館を存在を喜びもしたのだが……
「……読めねえんだよなぁ、文字」
そう、俺は文字がさっぱり読めない。話すことすらできないよりはマシというべきかもしれないが、こればかりは本当に困らされる。
折角の情報の塊も、読めなきゃただの紙束だ。
もう少し親切でもいいのに、と転生そのものに文句をいってやりたい程だ。
「読めないんですか?」
「あぁ、さっぱりだ。食事処もメニュー読めなかったんで、オススメにした結果財布に大打撃食らったしな」
まさかあんなちっぽけなスープ一杯で路銀の半分近く持っていかれるとは夢にも思わなかった。路銀が少ないのか、スープが高いのか、物と金の価値が未だに計れていない俺には分からなかったが。
「あはは……その、よかったら僕が読みましょうか?」
「そこまでしてもらうのは流石になぁ……ま、案内に文字を読める必要はねえだろ。頼りにしてるよ」
にこりと笑いかけて、ナーミアの髪を撫でてやる。
サラサラだ。こいつ本当に女の子じゃないんだろうか。
「は、はい! 頑張らせていだだき、です!」
あわあわと狼狽えるナーミアに、少し笑いがこみ上げた。
言葉がおかしい、と言ってやるのはやめてやろう。恥ずかしいだろうし、可哀想だ。
「そ、その……フィリアさんは何処からいらっしゃったんですか? 女の人なのに、男の人のような言葉遣いをされますし……」
「え? あ……いや、俺は記憶ってやつがとんと無くてさ。だから何処からって言われてもわかんねえんだけど」
慌てて取り繕うと、ナーミアは驚き、そして憐れんだような視線を向けて来た。
記憶喪失ってのが大嘘なだけに、胸が痛い。なにも悲しませようとした訳じゃないんだ。
「……戻るといいですね! 記憶……」
「あ、あぁ。そうだな……さて、じゃあ宿に案内してもらっていいかな。どうせ泊まるアテも無かったんだ。一石二鳥だろ」
それを聴くと、ナーミアは顔を明るくして俺の手を引いた。
湿っぽいのは好きじゃない。本当に。
俺がしたいのはただ、楽しいだけの旅って奴なんだから。




