~ベーシックインカム~
「それで、私は何をすれば良いの?」
柚貴が口を開く。
「良い質問だ。まずアンタは、ベーシックインカムという言葉を聞いた事があるか?」
バレンタインが柚貴に尋ねる。
「テレビのニュースで最近やっているのを見たことがある」
「そうか、なら大雑把な説明でも大丈夫だな。まあざっくり言えば富の再配分の新しい機能、社会福祉の1つの理想形だ。そしてそのベーシックインカムが持て囃されいるのは昨今の時代背景が深く関わっている。」
そう言って壁にある大きなスクリーンにリモコンを操作して画面を写した。
そこにはとあるニュース番組の報道が映っていた。
『AIによる仕事の代替が広く浸透しつつある昨今、人々の間では職を失った後にどうすべきなのかについて不安を抱える人々が数多く見受けられます。』
『そこでここ数年で多くの支持を得るようになった新しい社会福祉の形こそ、ベーシックインカムです』
「とまぁこんな具合だ。お嬢様育ちの柚貴にはあまり関心の無かった事だろう。次。」
バレンタインはまたリモコンを操作し、別の画面に切り替えた。
『未だに人の手による業務が根強く残っているのは、政治・行政の分野ですね。
国民の間では「官僚と政治家ももはや必要な存在ではない。AIによって多くの職業が人の手から離れつつある今、いつまで彼らはその地位に居座り続けているのか?」という意見が圧倒的な支持が得ています。
そしてもし立法と行政の業務を全てAIの手に委ねた暁には、その予算をベーシックインカム施行の費用に回すべきだと述べる識者の声も多数寄せられています。ですが政治家・官僚の間ではベーシックインカムに対する否定的な意見が大多数を占めています。』
「ベーシックインカムと立法・行政の関係性。それは何か分かるか?」
柚貴は首を横に振る。
「それはな、既得権だ。ベーシックインカムを推し進めていった先に、何が待ち構えているかというと、既得権益の持ち主である政治家・官僚たちだ。
このベーシックインカムはな、実際に施行する事を考えると、立法と行政をAIの手に委ね、必要のない人員を一気にカットし、そこで浮いた予算をベーシックインカムに回す、という考え方が有効なんだ。
だが政治家と官僚たちは、自分たちの地位と権力を手放したがらない。せっかく得たポジションだからな。それにこの地位を手放すと、甘い蜜を吸えなくなる。だから彼らはベーシックインカム実行にあまり乗り気ではないんだ。」
「そして最近、ベーシックインカムを唱え、推奨し、実行する力のある人間が命の危険に晒されるようになった。暗殺、事故、事故に見せかけた証拠の出ない殺人。
これら全てにこの国の上層部が絡んでいる」
「そこには立法・行政の人間と太いパイプを持つ人間も関係してくる。例えば、お前の死んだ親父さんとかだ」
「彼らは武力でもってベーシックインカムという考え方を否定しようとしている。
そこでアタシ達の人間の出番だ。武力で訴えかけようとしてくる人間を捻り潰す。そしてベーシックインカム施行をスムーズに進める。それがゴールだ」
「ちなみにこれは誰に命令された事でもなく、アタシ個人の目的だ。
この協会も、アタシがつくった。人も集めた。
そしてベーシックインカムが施行されたのち、アタシ達はその制度の下暮らす。そういう幕引きだ。