~Laboratory~
まるで植物園のような廊下を渡っていると、柚貴がこう聞いた。
「あの人は?」
「マイグランドファザーってやつだ」
「ここがラボだ」
そう言いながらバレンタインが扉を開ける。
部屋の中を覗くと、柚貴は少し呆気に取られてしまった。
部屋の天井は高く弧を描く形で、全体がガラスで覆われていた。
あちこちに植物が植えられ、背の高いものは天井まで届き、壁と天井の境目が分からなくなっていた。
植物は重なり合い、天井のガラス越しに見える星空を僅かに遮っていた。
壁は金属製の無機質なもので、所々錆びついていたり煤のようなものが付いていたり、かと思えば薄っすらと苔むしていたりしていた。その壁伝いには細かったり太かったりするパイプが縦横に幾重にも走っていた。そしたその隙間を埋めるように、至る所に複雑そうなスイッチやレバー、ボタン群が配置されていた。パイプのその先は壁や床に設置してあるガスタンクや、壁に嵌め込まれたカプセル状の水槽に繋がれていた。
パイプの繋がっている水槽のいくつかの中には、眼球や片腕が浮かんでいた。恐らく義体化用のパーツなのだろう。
部屋の中には人ひとり入れそうな大きさのカプセル状の水槽が立ち並び、水槽からはいくつもの大小含めたパイプが天井や床に伸びている。
水槽はどれも薄ら寒い水色や青緑に輝いていた。
少し奥の方を覗いてみると手術台のようなものが用意されており、大きくな蜘蛛の目のようなランプが付いている照明がベッドを覗き込んでいる。
その横にはパソコンのような筺体が設置されており、背の低い女性がこちらに背を向けてキーボードやマウスを忙しなく動かしていた。
「杏、新入りだ。」
女性は呼ばれると後ろを振り返った。
杏果と呼ばれたその女性は
「よぉバレンタイン。君が噂のニューフェイスだね?私は鈴村杏。宜しく!」
そう言って柚貴の元へと歩み寄り、手を取り握手をした。
「雨ノ森柚貴です」
彼女の自己紹介を聞くと杏は微笑んだ。
「いやーそれにしても可愛い子だな〜、肌触りも良くて白くて素敵。髪の毛もサラサラ…」
そう言いながら杏は柚貴の頬に手を添え、髪にサラリと手櫛を通した。
「被験者に無闇やたらと手を出すんじゃないぞ。怖がるからな」
「はいはい、でも貴方だってこの娘を気に入ったから連れてきたんでしょう?」
「人攫いみたいな言い方をするな。…それよりも早速、この子にも私と同じスーツを新調してくれないか?」
「オーケー。まずこの子の体を検査したり測定したりする必要があるけれど、良いかな?」
「やってくれ、ただし余計な手出しは無用だぞ」
「はーいハイ分かってるわよ。それじゃあついて来て」
柚貴の了承も得ず事が頓々拍子に運ばれていく。
杏は柚貴の手を引っ張り、自動開閉ゲートの向こうに連れ立って行った。
ゲートの内側の通路は先程いた部屋と地続きのような外観だった。
廊下の壁はガラスの施された植物園や庭園の扉を思わせる真鍮のドアが連なっていて、その向こう側にはやはり背の高いものから低いものまで色とりどりの植物が生い茂っている。
杏は相変わらず柚貴の手を握り奥へ引っ張って行く。
「君、いくつ?」
杏果が聞いた。
「17です」
「私は19。…私、学校では飛び級を繰り返して、学校を卒業したら大人達の世界の仲間入りで、だか、こんなに歳の近い子とは久しぶりに会うよ。しかも同じ仲間だなんて。だからさっきは1人で盛り上がっちゃって。ごめんね。」
「ううん、別に大丈夫」
「ありがとう」
杏果はニッと満面の笑顔で答えた。
恐らく杏果は、柚貴が怒っても怒らなくてもそんな笑顔で返しただろう。
どんな反応でも嬉しいように。