~選定~
雨ノ森柚貴は幅の広い大きな大理石の階段を昇っていた。
上を見上げると背の高い色鮮やかなステンドガラスが壁一面に広がっている。その真下、大理石の階段の踊り場に当たる場所には、角張ってよく磨かれた大きな机がある。
その机の向こうには、白い髭をたくわえ、深く刻まれた皺と力強い目を持った老人が座っていた。
老人のすぐ手元には裁判官の振るうような木槌が置いてある。
「連れてきた」
私に背を向け立つ女性がそう言った。
白銀の短髪。小麦色の焼けた肌。
燃えるような赤い瞳。
彼女の名はバレンタイン。…としか教えてくれなかった。
本名かどうかは分からない。
「…お前のスカウトか」
老人が喋った。
低く唸るような、それでいてよく響く声。そんな印象だ。
「コイツにはイチからわざわざ戦闘訓練を施す必要はない。既に仕込まれている」
バレンタインが言った。何故か上機嫌だ。
「こいつの父親はな、拾った孤児を自分の武器の1つとして育て上げようとしていたんだ」
彼女の言う通りだ。
私は幼い頃から銃の扱いやその他様々な戦闘訓練を積まされてきた。
私の育った家はその地域一帯で有数の資産家であり、少なからず権力を持っている家柄だった。
それ故、〈血縁〉とされる私にも危害が及ぶ可能性がある。
そんな理由で、ある時から護身術として体術を習わされていた。
それはスポーツ的なものとは違い、あくまで実戦的なものだった。
習い事は段々と過激な方向へとエスカレートしていった。
それでも私は疑わなかった。なぜなら小さい頃からずっと習わされていたからだ。
それが私の日常だった。
だから、ある日突然銃を手渡された時も冷静だった。
「ああそう来るだろなぁ」と心の中で呟き素直に従っていた。
私は何も疑わなかった。何も考えなかった。
だって疑い始めたら、「今あるこの生活が崩れ去ってしまうかもしれない」と思っていたからだ。
私がここに、居ても良い条件。
良い子にする事。〈親〉の言うことに歯向かわない事。
それが《拾われた孤児》である私がその家で生活を送る為の第一条件だった。
バレンタインはCD-ROMを老人に手渡した。
老人はそれを受け取り、机の下のドライブを開きCD-ROMを読み込んだ。
老人の机の上には電子3Dパネルがいくつか浮かび上がっており、その内の一つに映像が映り始めた。
そしてその映像には、銃を手にして戦う柚貴の姿があった。
飛んでくる銃弾を壁で遮り、隙を見て標的を撃つその姿が。
柚貴はそれをあまり見ないように目を逸らしていた。
「丁度戦力を増やしたかったところだ。好都合だろう?」
バレンタインが言った。
「…お前が自分の目で判断して連れてきた子なのだろう。好きにしなさい」
老人はそう言って机の上を人差し指で軽く叩くと、机の上に浮かんでいた3Dディスプレイが消えた。
「ん。」
「今まで通り、必要なものは報告さえすれば全て用意しておく。以上だ」
「さっそくこの子をラボに連れて行きたい。スーツを新調してやらなきゃ」
「好きにしなさい」
老人はそう告げ、バレンタインは柚貴を伴いその場所を後にした。