エピローグ
AD3185年8月1日
足を運ぶのは、久しぶりだった。
父と、母の墓場。行軍演習での遠征のおかげで、ちっとも来ることが出来なかったが、花はきれいだった。
恐らく、弟が変えたのだろう。
アレクセイ・アルチェミスツは、父母の墓に来ると、何故かいつも、自分の年を思い出す。
四六歳。『泣く子も黙る』と敵陣を恐怖のどん底に陥れたと言われたあの戦に、父が総大将として出陣した時と、同じ年齢になった。
民を守るための炎となること。そして、己の力の御し方を理解すること。
それが、アルチェミスツの家を継いだ、自分に課せられた宿命なのだと、紅神を受け継いだあの時から悟っている。
それに、父も遺言で、そう言っていた。
しかし、紅神に乗る度に、父の存在は大きかったのだと、未だに思う。
父が死んだ後、赤兎は解散された。いや、解散せざるを得なくなった。
後追い自殺者が続出したためである。残っていた人員一五一名のうち、実に六八名が、その日のうちに自決し、更には他の部隊からも、数名の後追い自殺が出た。
事態を重く見た会長が、父の死後僅か二日後に後追い自殺禁止の勅を出したほどだったのだ。
そして、父は国葬扱いとなった。
会長は泣きながら演説を行っていたのは、今でも覚えている。相当打ちひしがれたらしく、しばらく部屋から出てこなかったという話も、後から聞いた。
こんな事情もあったから、自分は世襲で部隊を継ぐことはなかった。元々、父も赤兎を自分に継がせるつもりはなかったらしい。
故に自分の考えた通りの、理想の部隊を作成することに専念できたのは、皮肉と言えた。
今の自分の部隊は、赤兎を更に半分に減らした、機動力をより特化させた部隊として編成し直した。
そして、副隊長が、不思議な縁もあったもので、あの鄒の反乱劇の時に捕虜として連れてこられ、父から力の使い道を教えられた、若い兵士だった。
いや、あの当時は、自分もまた若かったのだと、アレクセイは思う。
「隊長、今日は一日、ゆっくりしてください。隊の方は、俺が調練しておきますので」
そう言って、あの男は強引に自分を墓参りに差し向けたのだ。
いざ付き合ってみると、意外なほど気があった。多少お節介なところもあるが、さして気に病んだことはない。
それでいいだろうと、墓場で父に告げた。
父と母は、同じ墓に入れることにした。
息子であった自分から見ても、父と母は、非常に仲が良かった。だからこそ、あるかは分からないが、この世ではない何処かでも、共に生きていて欲しいと思うのだ。
よく晴れた日だった。そういえば、父が死んだ日も、こんな日だったのを思い出す。
「兄者」
後ろから、懐かしい声がする。
ラフな格好の上に白衣を着た、マティアスだった。
墓に来るのは日課だというのは聞いていた。だから別に、特に着飾って無くても、驚かなかった。
「久しいな、マティアス」
「兄者の方こそ、自分の部隊は精強なようで何よりだな」
マティアスが、タバコを吹かしながら、頭を少し掻いていた。
こういうところは、白文殿に似てきたなと、アレクセイは心底思った。
ただ、腕もよくなったのだろうと、アレクセイは思っている。そうでなければ、『道徳』の称号など、継げるわけがない。
自分は、いつの間にか『伏龍』の称号を授かっていた。地位の上では、マティアスの方が上だが、別にどうでもいいと思っていた。
「白文殿も、死んで五年になるのか」
マティアスが、一つ頷いた。
白文が死んだとき、マティアスは白文の所持していた医術の書を全て譲り受けていた。
その中には、白文が研究していたナノマシンに関する事柄も書かれていたようだ。
ナノマシンによる医術。それが何処まで通用するかは、まだ分からない。ラグナロクの前は使っていた形跡があるらしいので、まずはそこの再現から、ということになっているそうだ。
マティアスはそれに忙しいらしいが、充実しているという。
「ま、俺は俺の医道を通すだけさ」
そういった後、マティアスはタバコの箱を、自分に向けた。
「吸うか?」
「いや、私は煙草は吸わん」
やれやれと、少しうなだれた後、マティアスは携帯灰皿に、自分の煙草を捨てた。
「なら、飲みに行くか、兄者」
「何に乾杯するためだ?」
「親父とお袋。そして、俺たちの志に」
にっと、マティアスが子供みたいに笑う。
アレクセイもまた、呵々と笑った。
男二人で昼間から酒を飲むというのは、いささかどうかと思うのだろうか。
だが、ま、たまにはいいだろう。な、父上、母上。
空を見上げた。
炎とは対局の色の晴天が、何処までも続いている。
(了)