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第五章

AD3169年10月13日


 目を開くと、自分は病院のベッドにいた。

 夢が、終わったのだ。

 あの時筋骨隆々としていた腕は既に衰え、そして、頭髪は、完全に白髪になっている。


 五九歳にして、老衰。そう、白文とマティアスは判断した。

 初期のデュランダルでガンモードをフルスペックで放ったことによる、気の大量消耗が一気に老化を進めていたらしい。

 ただ単に、耐えられていたのはレヴィナスのおかげなのだと、白文から聞いた。


「父上!」


 アレクセイが、憔悴しきった表情で自分を見つめている。


「アレクセイ、香が繕ってくれた、あの陣羽織は、あるか」


 あの赤の陣羽織を織ってくれたのは、香だった。だが、その香は、もういない。三年前に、流行病で死んだのだ。ダグラスも、これから大きくなるかと思っていた矢先に、同じ病で死んでしまった。

 紅神をアレクセイに譲り、隠遁の生活を送っても、自分の心は戦にいた。いや、戦に身を置くようにした。


 香がいなくなったことによる空隙を、作らないようにするためだった。

 だが、もうそんなことも必要ないのだ。

 今見た夢が、自分にとって心でも繰り広げた最後の戦だ。


 アレクセイが、無言で陣羽織を羽織らせてくれた。

 それを着ると、何故か気力が溢れてきた。


「アレクセイ、マティアス、外に、出るぞ」


 強引に体を起こすと、アレクセイが、肩を貸してくれた。


 ああそうか。俺の体は、そこまで弱っていたのか。


「屋上へ、連れて行け。あそこならば、町並みが一望できる」


 マティアスが車いすを持ってこようとしたが、止めた。最後くらい、自分の足で歩きたいのだ。

 一歩踏み出す度に、気が、体から漏れていくのを感じる。疲れが、どっと出てきている。

 だが、最後に言わなければならないことがある。それを伝えるには、町並みを見せる必要がある。


 それまで、俺は死ぬわけにはいかないのだ。それだけを、ヴァーティゴは自分に言い聞かせ続ける。

 エレベーターに乗ると、一息付けた。だが、そこまでで既に息が上がっている。


「父上、大丈夫ですか」

「なんてことはない。まだ、大丈夫だ」


 自分に言い聞かせているのか、アレクセイとマティアスに言い聞かせているのか、よく分からなくなっている。

 気づけば、屋上に着いていた。


 日は、まだ昇り始めたばかりだ。周囲は暗く、だが、ビルの一部からは明かりが消え始めている。しかし、よく晴れそうな日だった。


「父上、何故ここに?」

「親父、何も無理しなくても」

「アレクセイ、マティアス。お前達二人に言っておかなければならないことがある」


 もはや、アレクセイの肩を借りなければ、一人で立つことも出来なかった。


「俺は、知っての通り紅神のイーグだった。あれは、まさしく炎だ。火は、人に危害を加えもするし、人を護ることも出来る。お前達二人で、人を護る炎になってほしい」

「親父。だが、俺は医者だぞ。白文先生から地位を継いだとはいえ、俺は、そこまで人を護れるか、分からん」

「マティアス。お前は、俺よりも遙かに人を護ったはずだ。医術で、人の心に直に触れ、そして多くの人間を救ったはずだ。それもまた、護ると言うことだ。お前は、十分に働いているよ。今後は、白文の元で医術をより深めろ。お前には、それが出来るはずだ」


 親父と、何度もマティアスが言って、泣いていた。がさつな所はあるが、人のぬくもりを知っている。そんな人間にしてくれたのも、香だった。


「アレクセイ。お前は、紅神の三代目所有者として、その力の有り様を考えろ。そして、この町並みを見ろ」


 目が、霞んできている。

 そろそろ、限界らしい。だが、言わなければならない。


「紅神は、この国、いや、世界全土にいる全ての民を護ることすら出来る。あの機体は、エイジスの名の通り、民を護る炎となることが出来る。いいか、けっして力を、誤った方向に向けるな。俺のようには、なるな」


 朝日が、急に眩しくなってきた。

 ビル群は霞んでいるのに、日だけが、何故かはっきりと見える。


 ああ、限界なんだな。


「いいか。力に、責任を持てる、人間となれ」


 言い切った。


 直後に、香の声が聞こえた。

 木漏れ日が、家の緑を美しく染めている。


 ああ、あの世に、来たのかな。


「終わったのですか。全て」


 香が、笑った。


「ああ、終わったよ、香」


 それだけ言えば、十分だった。

 自分もまた、笑い返していた。

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