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第四章

AD3156年3月24日


 駆けにかけ続けた。

 燃料を使い切るギリギリの所に補給基地があり、そこで燃料と食料を補給しつつ小休止した後、すぐさま出立する。この強行軍を、四日間続けた。

 脱落者は、まだ出ていない。ただ、少しだけ疲労の色が見え隠れしている。だが、今ここで歩みを止める気は、更々無かった。


 あと一日あれば、本拠を突くことが出来る。兵は神速を尊ぶ。その言葉の通りに一気に攻め上がることだ。防衛の体制を整えるより先に、一気に攻める。だからこその、強行行軍だった。

 水を、少しだけ口に含んだ。それと、少量の塩だ。これだけでも、十分に体に水分が行き渡る。

 放っていた斥候が戻ってきたのは、そんな時だった。


「後方より敵軍! 防衛部隊が帰ってきました!」

「数は?」

「はっ! 機兵一四大隊です。一大隊は残しておりました」


 見事に相手が引っかかったと、心の中でヴァーティゴは笑っていた。

 相当愚かな指揮官だ。どうやらこの行動自体が囮だとも気づいていないらしい。

 ちょうどいい頃合いだろうと、ヴァーティゴは思った。


「ダグラス、隊を二つに割る。お前達の隊は、ただちに引き返して、敵の防衛基地を制圧する振りをしろ。ある程度のところまで来たら、そのまま引き返して俺の部隊に合流しろ」

「相手がにっちもさっちもいかなくなる状況を作り出せ、ってわけか。防衛基地に引き返せば俺の部隊、本拠に引き返せば叔父貴の部隊に引っかかる、そういう恐怖を与える、と」

「そういうことだ」

「なら、アレクセイをそっちに回しておく。父親の戦いを見るってのも、本人にとっちゃ悪い経験にはならんだろ」


 ダグラスはそう言うが、ヴァーティゴは息子達に自分の部隊を引き継がせる気は、更々無かった。自分の持つドクトリンと、アレクセイが持つことになるであろうドクトリンが必ず合致する保証が何処にもないからだ。

 赤兎はあくまでも『神速』の部隊である。機動力を生かした一撃必殺をメインと据えた部隊であるため、持久戦や今回以上の部隊を一括して運用することによる機動力低下は正直避けたい。


 これはあくまでも自分のドクトリンであり、戦い方なのだ。もし仮に赤兎をそのまま全てアレクセイが継いだにも関わらず、アレクセイ本人が自分とまったく違う特性を持っていたとすれば、部隊は一気に破滅する。

 そうなるくらいなら、最初から自分の手で作り上げた方がいいのだ。ダグラスの場合は、幸いにして父親と戦い方が合致したからそのまま引き継ぐことが出来たが、自分の場合はそこまで上手くいく保証がない。


 それに、戦い方を選択するのも将のつとめだ。アレクセイがどういう戦のやり方を選んでいくのか、それを見る上でも、自分の戦を見せつけるというのも悪くないだろう。

 自分の部隊から一名を選び出し、アレクセイと一時的に交代させた後、すぐさま部隊を二分させた。


『父上、この先の隘路ですか、伏兵を行うのは』

「そうだ。第一から第十五小隊はそれぞれ両岸に拠れ。一六から一八小隊、後方に進軍して、追ってくる敵軍をこの隘路に誘い込め」


 威勢のいい復唱が帰ってきた後、各部隊がそれぞれの持ち場につく。

 自分の紅神もまた、しかりだ。


 レーダーが敵の襲来を知らせてきたのは、待機して二時間ほど経ったときだ。

 隘路へと、敵を上手く誘い込もうとしている。

 ヴァーティゴは両岸に待機させていた部隊に合図を出す。全機が、一斉に『四五式機械歩兵用機関砲』を構えた。

 そして、味方機が通り過ぎ、敵が隘路に入ってきた瞬間、叫んだ。


「撃て。味方機には当てるなよ!」


 一斉に両岸より銃撃が起こったと同時に、敵が倒れていく。

 相手は全力でこちらを追ってきているのだ。そう簡単には止まれないだろう。例えブースターで強引に停止しようとしても、停止した直後に何発もの銃弾を浴びせた。

 銃弾が鳴りやんだ後の隘路には大量の機兵の残骸が残っている。

 後は、残った部隊を殲滅するだけだ。追ってきた敵の半数は、今隘路で撃破した。残り半分はこの先の原野で停止している。


「駆けるぞ」


 自分が先頭となり、蜂矢(ほうし)の陣形で一気に駆けた。

 隘路から少し引き返すと、原野が広がっている。何も、障害物はない。


 ますます、俺好みの戦場ではないか。


 紅神の腰に差していたデュランダルで使用するための双剣を抜き去る。気を、刃に伝えた。赤い、炎のような気が、刀身に揺らめいている。

 モニター越しには、原野一面に敵が広がっているように見えるが、ろくに準備が出来ていない。


 そのまま、フットペダルを強く押し込んだ。ブースターが、甲高い咆吼を上げながら、機体を加速させた。体にかかるGが、魂を沸騰させる。

 後方の機体は、遅れずに付いてきている。赤。それが今、原野を埋め尽くそうとしているのだ。


 敵陣に突っ込んだ。五機、六機と敵を切り倒していく。真一文字に敵陣を裂いた直後、双剣をデュランダルにくくりつけ両刃刀形態へと変えた。

 双剣と違い片腕になるが、振り回しているだけでも相当の威嚇効果があるのが両刃刀だ。


 すぐさま隊を反転させて、もう一度突っ込んだ。銃撃が何度か来たが、両刃刀を振り回してはじき返した。

 ひょっとしたら紅神の機動力と強襲性能からすれば、双剣よりも両刃刀の方が向いているのではないかと、ヴァーティゴは思った。


 双剣は確かに、手数による一対一での戦闘には向いているが、陣形を切り崩すには、やはり向いていない。

 二機を、両刃刀を横につきだして、突き刺した。


 だが、それで動きを止められた。

 どうやら隊長機である自分にとどめを刺すことその一点に絞ったらしい。二機を犠牲にして両刃刀の刃を押さえ込もうという魂胆なのだろう。一気に、前から敵機が突っ込んでくる。

 確かにこれなら、紅神のマニピュレーターに付いているナックルクローでも射程は届かないだろうし、オーラシューターを撃っても致命傷を与えるのは難しい。

 だが、両刃刀は、もう片腕が空いているのだ。


『父上、これを!』


 アレクセイのヴァラクが、腰に差していた剣を自分に向けて投げた。

 左手でそれを受け取った直後に、デュランダルを持ち上げ、その隙間から左手に持った剣を前に突き出した。

 剣先が、敵機のコクピットに深々と吸い込まれていく。


 上に掲げていたデュランダルを、横になぎ払って、剣先に付いていた二機を払い落とした後、左手の剣に刺していた敵機を、切り上げた後、横に一閃した。

 三つに分かれた機体が轟音を立てて原野に転げ落ちた直後、急に敵が退いていった。


 包囲網が徐々に緩くなっていくのが、ヴァーティゴにはよく分かった。

 敵が潰走していく。


「逃がすなよ」


 そう言って、また自分が先頭になって、追うだけ追った。

 敵がまとまろうとした直後に、援軍としてきたダグラスの部隊が後方から一気に敵部隊をかち割った。

 それで、勝負は決した。


 敵機兵のコクピットが開き、投降のサインを出した。


「捕虜は丁重に扱え。ただし、複数名は選んで、俺の所に連れてこい。少し聞きたいことがある」


 それだけ言って、こちらも戦闘を中止させた。

 その原野にテントを張り、野営地とすると、すぐさま隊に被害報告をさせたが、たいした被害はなかった。強いて言えば、一部の機体の肩が使い物にならなくなったくらいだ。


 鄒の部隊は、ほぼ壊滅的と言っていい。討ち取った機兵が八大隊にも及んでいた。大勝利ではあるが、それで浮き足立つほど自分の軍勢は甘くはない。陣営に見張りの機体は、常にたてていた。

 ただ、白文は少し苛立っている。医者としてきたのに、何故患者がうちの部隊にはまったくおらんのだ、とブツクサ言っていたのを思い出し、少し笑った。


 捕虜が連れてこられたのは、そんな時だった。目には、怯えの表情が見える。まだ、若い兵士だった。恐らく、年齢はアレクセイとそう変わりないだろう。


「聞きたいことがある。この戦、誰の差し金だ」

「分からない。俺たちは、ただ、戦えとだけ言われたんだ。それで報酬も大量にもらえるからと思って」

「戦えと言われて戦う。軍人としては正しいな。だが、お前達は力を持ったことに対する責任意識が希薄だと、言わざるを得ん。武器は、持てば力になる。力を使うのは、いつだった人なのだ。人は力を持てば、その力に対する責任を持たなければならない、俺が、実際にそうだったからな」


 十五年前の日本の光景が、今でも自分の網膜に焼き付いて離れない。

 俺自身もまた、ある意味力なのだろう。紅神の持つ力であり、権力である。

 己の力量以上の外部からの力は、ただ身を滅ぼすだけだ。


「ヴァーティゴ殿。俺には、戦をけしかけた人間が本当に上層部の中にいたのかとか、そういうことは分かりません。ただ、一つ、気がかりなことが」

「なんだ、言ってみろ」

「最近兵士の間で噂になってたんですが、上層部に今まで見たことがない顔の奴が出入りしていたようなのです」

「妙な顔?」

「はい。銀髪の男だったそうですが、瞳の色が変なんです。ある奴は赤って答えたり、ある奴は茶って答えたり、合致しないんですよ」

「冗談か? だとしてもあまり面白くはないぞ」

「いや。どうやらそのことは本当らしい」


 白文が、テントの中に入ってきた。相変わらず、眉間に皺が寄ったままである。


「怪我した捕虜の治療してたが、そういう話を聞いたな。何処の誰かは知らんし、俺たちが追求できることでもないだろ」


 実際その通りだ。あくまでも、興味の対象、といっていい。

 しかし、目の色が文字通りに変わる人間などこの世にいるのか。

 いや、いるわけがない。ただ、それが人間ではない、という可能性だけは残る。


 アイオーン。九百年近く前に全滅したはずだ。ラグナロクという巨大な代償こそあったが、公式的にはあれから全くアイオーンは出現していない。

 何をバカなことを考えているのだろうと、心の中で苦笑した後、兵士を解き放ち、捕虜として扱うことにした。


「父上。よろしいのですか?」


 捕虜と入れ替わりに入ってきたアレクセイが、少し不満な表情をしていた。


「あの兵はあれ以上知らないだろうしな。追求は出来まいよ」

「はぁ。まぁ、父上がそうおっしゃるのなら」

「で、どうだった、初陣は」

「凄まじい物を見た、という気もします」

「怖さとかは、なかったか」

「それは、怖いですよ。ただ、その恐怖を他の兵士にも伝えてはいけない。ダグラス殿から、常に言われていたことですから、出来る限り恐怖は胸の内に秘めました」

「それでいい。しかし、あの時何故、俺に剣を渡した?」

「あのまま敵が突っ込んできた場合、紅神は回避できたかもしれませぬが、それで余計に突撃を止められる可能性がある。ならばあそこで父上なら一突きにするだろうという、私の判断の下です」

「で、片方紅神の手が空いているからよこした、そう言うわけだな」

「はい」


 ふむと、ヴァーティゴはうなっていた。想像以上に完成されている。


「ただ父上、この戦闘で気になったことがあります。紅神のデュランダルなのですが、どうも取り回しがよくない気がいたします」

「聞こうか。何故そう思う」

「今回の戦闘では、ガンモードは一切使用しておりません。そんな時にもかかわらず、現在のデュランダルは専用の銃器もセットで運用しなければなりません。端的に言うなら、こういった状態での銃器は、ただの重しにしかなりません。それに、両刃刀と双剣、二つのパターンで戦えますけど、合理的ではないように思えます」


 正直驚いた。自分の懸念していたことだったが、それもこの息子は見抜いていた。

 銃器、双剣、両刃刀という三形態への変形機能。それはデュランダルの柔軟性に富むという長所でもあり、弱点でもあった。

 銃器は場合によってはデッドウェイトにしかならない。それに、改めて今日感じたのは、双剣である意味合いがもはや見いだせないと言うことだった。


 両刃刀の方が、威嚇効果もある。それを考えたとき、やはり辿り着くのは、全てを一体とした新型デュランダルの開発だ。


 国に戻ったら、設計図を書くとしよう。


 ヴァーティゴはそう思ってから、置いてあった水を飲み干した。


 鄒が完全降伏したのは、それから二ヶ月経ってのことだった。

 その報を聞いた直後に、会長から勅命が下った。


霊宝(れいほう)』の称号を受け取れ。


 これだけの戦果を上げたのに称号を受け取らなければハードルが上がる一方になる上に、他の部下に示しが付かないから受け取れと言う、手紙まで同封されていた。

 称号など重いだけだというのにと、苦笑したのを覚えている。


 白髪が増え始め、筋肉が少し衰え始めたのは、それから少ししてのことだった。

 死が、着実に、それも早く、近づいてきたのだと、ヴァーティゴは日に日に強く感じたのを思い出した。


 そして、夢が、覚めていく。

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