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第三章

AD3156年3月20日


 北の風は冷たい。この季節でも、まだ北の方は寒さが残っている。

 その昔、ここには匈奴から国を護るために作られた『万里の長城』とかいう、長い城のような物があったらしい。

 今や、ラグナロクの影響でそこかしこに残骸が残るだけだ。


 この地に立つと、人はしぶとい生き物だと、何故かヴァーティゴには思えてきた。

 陣をこの地に構えていると、人間の歴史はいつも戦ってばかりだなと思えてくる。


「叔父貴、なんか随分とでかいこと言ったみたいだな」


 ダグラス・ニードレストが、呵々と笑って肩を叩いた。

 二八と、まだ若い。だが、その将才はなかなかの物だと、ヴァーティゴは見込んでいた。

 父親であるグランドが病死して三年になるが、その部隊を見事にまとめ上げ、気づけば称号候補の一人になっている。

 自分よりも、こういった男の方が、称号には相応しいのではないかと、時々思うのだ。


 それに、自分は会長に対して言ったのだ。

 敵一五大隊に対し、自分の旗下である『赤兎』二大隊を含めた、四大隊でこの反乱を完全に鎮圧する、と。

 そしてそれくらいやってのけない限り、力を持つ意味など無い。


「ダグラス。俺たちの持つ力とは、何のためにある」

「力、か。考えてもみれば、当たり前のようにして育ったけど、俺ら、力あるんだよな、叔父貴」

「ああ。その力で、民を護る。だが、それは自分達の国の民でしかない。相手もまた、本を正せば民だ」


 軍人は、本を正せば民だ。だが、同時に力を持った民でもある。

 その力が正しいことに使われたときはいい。

 では、間違った方向に力を使った民は、どうすればいい。


「叔父貴、そんな物簡単だよ。力を持とうが何しようが、間違った力の使い方をした奴は、正してやればいい。どうやって正すかは、人それぞれだけどさ」

「やれやれ。また、俺はいつの間にか喋っていたらしいな」


 トールに見つめられていたあの時も、そういえば同じようなことをしていた。

 あの頃が、何故か妙に懐かしい。


「まさか叔父貴、敵に情けを掛けようってんじゃないだろうな?」

「まさか。俺は、民を護る。護るために、俺は力を持つことを再び許されたのだ。だから、俺は、力を曲解する者に、容赦することは出来ん」


 鄒の軍勢は、そう思えるのだ。

 力を持ったが故に、己の矮小さを感じていない。降伏せず、話し合いにも応じず、あろうことか在留していた外交官を根絶やしにするような輩には、容赦はしない。

 グッと、拳を握った。


 きびすを返して、テントに入る。ダグラスは、後ろから無言で付いてきていた。

 テントの中には既に各隊の中隊長が軒を連ねている。基本的にダグラスの指揮下に入っている人間だが、ほとんどがダグラスより年上だ。


 だが、完全にダグラスに従っている感もある。見事に掌握しきっていると、正直感心した。

 地図を広げる。


「敵は延々一キロに渡る防衛線を築いた。そこを拠点にするつもりだ。しかも、CIWSとかの装備まで割としっかりと揃えている」

「それに、敵はそこからじっくりと来るはずだ。長期戦の構えだ。だからこそ、出来る限り早めに勝負は決めておきたいな」

「しかし、かといってこの規模の防衛要塞貼られると、こっちも相当覚悟して臨まなきゃ攻略できない。どうするんです、ヴァーティゴ大佐」


 一斉に、自分に目が向けられた。

 自分の手持ちは全部で四大隊。相手は約四倍の兵力を持つ。

 だが、兵力など機略を持ってすれば覆る。今まで、多くの戦がそうであったように、全ては機略で決まるのだ。


「あそこは攻めん。本拠を一気に突く」

「ほ、本拠をですか?!」


 全員の顔に、驚きの表情が浮かんでいる。


「考えてみろ。あんなに大量の兵力が一箇所に固まっている。本拠の兵力がどれ程だと思う? あれだけ集中させれば、本拠地はがらんどうだ。そこを突く」

「しかし、あなた方の機体ならともかく、我々の今の機体だとそこまでの行軍は出来ませんぞ?」

「その策も、既に練ってある」


 輸送隊が来たと報告が入ったのは、その直後だった。

 即座に立ち上がり、外に出る。

 輸送機が、大挙として押し寄せていた。数にして一〇機分。中には、最新鋭の機械歩兵 が入っている。


 五六式歩行機動兵器『ヴァラク』。孟起重工製最新鋭機械歩兵にして、今回の作戦の切り札だ。

 それと同時に、輸送機から、白文が相変わらず不機嫌そうな面構えで降りてきていた。輸送機の中でタバコを吹かせなかったことが、奴をここまでいらついたのだろう。


 医者なのだが、何故か自分に武芸を師事しに来ていた。なんでも、医療に携わるからこそ、人間が斬られたときにどういう風に斬られるのか、知っておきたいというのが理由らしい。

 そして気づけば、自分の部隊の輸送班兼医療班総合責任者である。医療機材とかを大量に運び込むには、輸送隊と同時に運ぶのが好都合だと考えたからだそうだ。

 そういえば、こいつも降ってから一五年になるのだなと、今になって思い出した。


「予定されていたヴァラク二大隊分持ってきたぞ、ヴァーティゴ」


 自分の部隊以外の機体も、全てヴァラクにする。

 ヴァラクは全地形適応型の機体だ。だからこそ、この機体ならば山間でも一気に速度を速めながら進軍できる。それに、このときのために要所要所に補給基地を秘密裏に作っていた。


 自分の旗下である赤兎は、既に全機ヴァラクになっているが、今回は随伴する全ての部隊をこの機体にする。

 兵は神速を尊ぶ。だからこそ、この機体がもっとも相応しいのだ。更にこの機体に紅神にも随伴できるように大型プロペラント付きのブーストユニットを取り付けさせた。


「強引と言えば強引な手法だな、これも」

「そう言うな、白文。今回の戦は一気に決めておきたいのだ」

「見せしめか?」

「あぁ。抵抗するならこちらも容赦しない。そうやって反乱を仕掛けようとする連中に釘を刺す」

「今の会長は、役に立たないと?」

「まさか。今の会長は正直、民政の点においては先代を上回っていると、俺は思っている。だが、確かに先代のような異常なカリスマはない」

「だから、攻めてくるか。自分勝手な物だな、俺ら人間って生き物は」


 白文が、タバコを吹かし始めた。それで少しだけ、眉間の皺が消えたが、それでも不機嫌そうな面だった。

 もっとも、つきあってこの十五年間、この男の機嫌の良い面構えなど、見たことがない。マティアスからも、よくそんなことが電話で入ってきていたのを思いだし、少し笑った。


「父上、機体の準備、全て終わっております。ご命令があれば、直ちに」


 アレクセイがそう知らせてきたのは、ヴァラクが来た翌日の早朝だった。

 日は、まだ昇る気配すらない。周囲は暗闇のただ中だ。


 岩肌に座っていると、精神が集中できた。地の力を借りる。宗教めいた形ではあるが、自然と一体になることで集中力を高めたというイーグは結構多い。ヴァーティゴも、そんな一人だった。

 エイジスは精神力が物を言う。それ故に、稼動時間では機兵に及ばない。だからこそ、今回の戦のために、バッテリーのみでの稼動を可能とする増加プロペラントを付けてある。

 その準備までも、全て終わっていた。


「意外に早く準備できたな」

「ダグラス殿と共にいますからね。故障したらどうするとか、そういう応急処置や、緊急のメンテナンスとかはすぐ出来るように調練うけてますので」

「ダグラスも、粋なことをする」

「では父上、行きましょうか」


 アレクセイが先に踵を返して去っていく。

 背中が大きくなったと、父親としては喜ばしく思えた。


 自分もまた、紅神のコクピットに入った。

 IDSSに触れ、己の気を、紅神のマインドジェネレーターに伝えると同時に、猛々しく機体が唸りを上げた。

 モニターが点灯する。自分は、機体そのものになったのだと、いつもこの瞬間に感じるのだ。


 周囲を見渡すと、全機体から覇気が上っている。

 それでいい。そう思った直後、デュランダルの刀身を、進行方向に向けて掲げていた。


「続け」


 駆けた。自分の機体も含めて、一二四機。

 外から見れば、圧巻なのだろうかと、何故かこんな時に思った。

 月明かりだけが、変わらず夜を煌々と照らしている。

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