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第一章

AD3169年10月13日


 何かが、すぐに迫っている。

 ヴァーティゴ・アルチェミスツには、そう思えた。


 泣くな。そう声に出そうとしたが、出なかった。

 戦。延々とそれだけをしていた気もするが、正直本望だとも思った。


 自分の人生は、激動だったと人は言うのだろう。実際、自分でも目まぐるしいくらい変わった。

 三十年前の、あの日から。


 少しだけ、眠くなった。だが、どうやらまだ生きれるらしい。体の中の気が洩れてはいるが、まだ死ぬ感触はしていない。

 多分、一度だけ、夢を見ることが出来る。それを終えて目覚めて、また眠った後、恐らく自分の存在は消えるのだろうと、ヴァーティゴは感じていた。


 軽く瞳を閉じる。

 瞳を閉じると、聞こえてくる。

 あの音は、銃声、剣劇、機械歩兵の駆動音。

 戦の、音だった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


AD3141年1月18日


「お前にとって、国とは何だ?」


 トール・カーティスが、ヴァーティゴに問うた。

 華狼(ファロウ)という国が成立して僅か一月。その間に、今まで東ユーラシアを支配していたラスゴーの幹部の悉くは何かしらの罪を受けている。


 トールは、異端児と言っても良かった。古来より『破壊からの再生』をコンセプトに上げた革命家は数多いが、実際にそれを成し遂げた者は少ない。

 だが、この男はそれをやってのけた。それも、一年足らずで、だ。


 名門に生まれながら、二五歳で隠居し、晴耕雨読の日々でも送っているのかと揶揄されていたが、実際にはその時から既に腐敗した国を破壊して別の国を建てることを考えていたという。

 恐るべきなのはその求心力でもあった。四〇年という長い月日を掛けたとは言え、ラスゴーの中にいた『絶対に裏切らない』とも呼ばれた者達を悉く自分の側へ回し、独自ルートでラスゴーの物とは違ったラインのM.W.S.を軍需産業最王手の『孟起(もうき)重工』に作成させ、武器弾薬や食料、補給ルートに至るまで反乱するときには全て完成させられていたのだ。


 最悪の事態を想定して海外の企業にまで手を伸ばしていたという。特に、三一六九年現在では、西ユーラシアを収めるに至った『ベクトーア』とは、その当時からのよしみだそうだ。

 なんでも、資金や多くの鉱物資源を、まだラビュリントスの傘下だった頃のベクトーアから貸し付けて貰ったらしい。

 だからこれ程迅速に反乱が行われ、あっさりと、あれだけ巨大だった国が消えたのだ。


 そんな男も、齢六五。あの当時のヴァーティゴの倍は行っていた。

 自分の齢は三〇だった。ラスゴーが発掘したプロトタイプエイジス『XA-006紅神』のイーグとして、彼は日本戦線に行き、そして、一つの区画を、完全に崩壊させてしまった。

 それによる大量殺人の罪だった。


 死罪。そうなるだろうと思った。実際、戦争だからと、許されることではない。

 戦にもそれに乗っとったルールが存在する。ヴァーティゴは、そのルールから逸脱しすぎたと、ずっと感じていた。


 だというのに、判決文は述べられることもなく、既に三時間。

 トールの、六五とは思えぬほど威圧的な目が自分に向けられ、法廷は完全に静まりかえっていた。


 国とは何だ。何故、そんなことを問うのだ。

 延々と、それを考えた。


 だが、正しい答えなどあるのだろうか。否、あるはずがないのだ。

 民とは、国の基本であり、その国の基本があるからこそ、国が出来る。

 そして、民が国を思ったとき、初めて国は強くなり、豊かになる。

 ヴァーティゴはそう考えていた。


 ふと、トールは顎に生やした立派な髭を触った後、笑った。どうやら自分はいつの間にかそれを声に出していたらしい。


「青臭い、だが、それが気に入った」


 目を丸くした。どこか、トールという男が分からなくなった。

 一瞬、彼に見つめられたとき、心の奥が熱くなったのを、ヴァーティゴは感じていた。


 英雄。そう呼ぶに相応しい男なのだろうと、彼は心底思った。

 こいつに死罪となるなら、惜しくない。そう思えた。


「ヴァーティゴよ、俺が何故、ラスゴーの連中を断罪したか、分かるか?」


 民のことを考えないからだ。腐った物を一掃する。そのために彼は断罪を下しているのだ。

 そして、その腐った物を断罪するために、何人もの裏切らないはずの者達まで、トールに付いたのだ。


「民を、ないがしろにしているからか」

「そうだ。俺がこの国の名を新しくした理由もそれだ。狼は気高い生き物だ。それは、時に華のように美しい。だから俺は『華狼』と名付けたのだ。民がそうある国、それが俺の理想だった。自分の国に、思いに、志に、自分の考えている国の有り様に、暮らしに、文化に、それぞれに誇りを持てる国を、俺は作りたかったのだ」


 また、胸の奥が熱くなった。恐ろしいほど、自分と考えが合致している。


 俺は何故、この男ともっと早く出会えなかったのだろう。そう思った。


 後で知った話だったが、実際には彼の元にも接触する者が来ていたと言うが、ラスゴーの幹部勢が軒並み追い返していたことがわかった。ヴァーティゴは忠実な兵士であった。そして一騎当千の持ち主であり、名家の出身でもある。

 ラスゴーは出来る限り他の人物との接触を避けさせた。変なことを吹き込まれたくなかったからだ。


 どうして俺はそんな単純なことにも気付かなかったのか。そう思うと、呆れて涙も出なかった。


「ラスゴーには、それをないがしろにし、利権を得ようとする腐った者が多くいた。だから俺は処断した。しかし、その中でも、お前を含めた数名は違った。真に民を思い、真に国を愛する者だった。そんな男を死なせるなど、天が許そうと地が許そうと、この俺が許さん」


 ヴァーティゴの手錠が外されるやいなや、判決文が読まれた。


「ヴァーティゴ・アルチェミスツ。民のために働き、自らの罪を償うと感じるなら、俺の元に来い。これが判決だ」


 そう言われて、彼はいつの間にか、涙し、平伏していた。初めて、自分の心が晴れた気がした。

 軍人になることに迷いはなかったが、なんのための力であり、この力を何処に振るえばいいのか、分からなかった。その場所を、初めて見つけた気がした。


 裁判所からは、即日解放された。マスコミはトールの指示か、誰もいなかった。

 裁判所の近くにある軍事基地の兵舎に向かった。元々自分の所属していた基地である。


 ここにいる兵士の中で二〇〇名が、自分の麾下だった。

 部隊名『赤兎(せきと)』。古の武将『呂奉先(りょほうせん)』の用いた馬の名をそのままに引き継いだこの部隊は、全てを赤く染め上げている。耐Gスーツから機体カラーまで、全てだ。故に『赤備え』、『血染めの部隊』とも呼ばれていた。


 機兵(M.W.Sのこと。三一〇〇年代の華狼ではこう呼んでいた)乗りが予備人員含め六〇名、八〇名が整備士、三〇名が輸送班、残りが医療や本土との連絡で使う兵士だった。

 腐敗したラスゴーの中において、自分の麾下の兵士はどの軍勢にも引けを取らなかった。


 もちろん、ラスゴーの中にも優れた兵士は多くいたし、実際自分が見てきた兵士にも、隠れた逸材は多かったが、戦で死んだ者や、はたまた国の権力に飲み込まれた者もいた。

 しかし、それでもなお、この二〇〇名は自分に付いてきた。前に聞いたところ


「国に忠を尽くしたのではない。あなたに忠を尽くしたのです」


と、正面から言われた。

 その忠義心故か、彼らは兵舎前に直立不動で待機していた。

 ヴァーティゴは彼らの前に行く。


「全員、よく聞け。これより、私はラスゴーの臣ではなく、華狼の臣となった。トール、否、会長が私に、罪を償う気があるのならば仕えろと、おっしゃってくれたのだ。私は、これを幸福に感じる。ようやく、私は民のために剣を握ることが出来るのだから。不満のある者は、去っても構わない。暫くは苦しいだろうが、私は諸君らの志を、絶対にむげにはせん」


 しかし、去る者はいなかった。一つ、二つと、歓声が上がり始め、そしてそれは、二百の歓声へと変わった。

 それを感じたとき、ヴァーティゴは心の奥底が烈火の如く燃えたぎったのがわかった。


 (とき)が来た、素直にそう感じた。

 麾下の一人が、ヴァーティゴの愛用している両刃剣を持ってきて、彼に差し出した。

 剣の刃先に、太陽が照らされた。明るい日の光であった。


 それから一月が経った時、ラスゴー最後の王であった『(リュウ)壌塁(ジョウルイ)』は公開処刑された。

 それをヴァーティゴは、兵舎の一角に与えられた家族の住む家にあるテレビ越しに眺めていた。


 涙は出なかったが、何処か、一抹の虚しさを覚えた。あっけなく滅びたものだと、ヴァーティゴは感じた。

 四百年続いた国は、あっさりと、たった一年のうちに滅んだのだ。だが、世の中の流れなどこんな物なのかも知れない。


 妻である(こう)が、何も言わずに酒を持ってきた。

 二人目の子を身ごもっていた。一人目はまだ一歳で、今は寝付いている。

 香が、向かいに座った。


「終わったのですね」


 ただ一言だけ、香は言った。

 ヴァーティゴはそれに頷いた後、酒を開けた。


 それからのことは、よく覚えていない。

 ただ、十年ぶりくらいに、浴びるくらい酒を飲んで、次の日の朝、香に苦笑されながら起こされたことだけは、覚えている。

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