第三話「冒険者ゼル」
冒険者の集いの朝は忙しい。
そもそも朝出掛ける冒険者のために開店時間を合わせているのだ。
忙しいのは仕方がない。
レイとメイはしっかり仕事をこなす。
客から注文を受け、料理を運び、食器を回収する。
冒険者の話を聞くために働いているレイだが、基本的に昼に行動する。
その時間帯に来る冒険者の客は長旅からこの村「チタン村」に帰ってきたか、旅の途中で寄った者が多い。
そのため客数が少なく、さらにいい冒険の話が聞けるのである。
そして開店から2時間が立ち、10時となり、店には店員と少しの客となる。
この村で朝出掛ける冒険者は日帰りが多い。
そのため夜もこのくらいの人数か、と考えたメイの顔は暗い。
それと逆に、そんなのどうでもいいという表情のレイは、さらなる客を求めていた。
「あぁー、もう疲れた... 休みたーい」
「後2時間で休みだから頑張ろうよ」
「どうせ客はこれから少なくなるから、レイくん1人でいけるでしょ? いや! いけるはずだ!」
「……後で店主さんになんか言われても知らないからね?」
「足音聞こえたら働いている振りするからだいじょーぶ」
「……」
どっちが年上なのか分からない話をしていると、表の扉が開く。
レイはもうそろそろ行動すべきか、と考えながらいつも通りの挨拶をしようとする。
しかしそれは止められる。
理由は入ってきた客が、
「よお、レイ。元気にしてたか?」
「ゼルさん! 久しぶりです! 今までどこ行ってたんですか?」
「はは! 元気そうだな。ちょっと長旅に出ていてなあ」
レイの知り合い、冒険者ゼルであったからだ。
行動開始である。
「この店、前と変わってねぇなあ」
前来た時の事を思い浮かべながら、今と比べる。
「半年間ずっときれいにしてきましたから」
ゼルが旅に出たのは半年前のことである。
冒険者の集いは店内に何か特別に物を置くということがないので、年中店内の雰囲気は変わらない。
何年も来てないとなれば別だが、半年ほどなら変わっていない、という感想が出てもおかしくない。
レイは店の話を少ししながらカウンター前の席へ誘導する。
「まぁ、とりあえずゆっくりさせてもらうか。オムライス頼むわ」
「はい。分かりました!」
レイは調理場に向かって「オムライス1つー!」と大きな声で頼む。
これでしばらくは話ができる、そう考えたレイは
「それじゃ、冒険の話お願いします!」
そう催促する。
「はいはい、分かったよ」
ゼルの方も愉快に返事をする。
「さて、何から話したもんかねぇ」
料理名の一覧が書かれた紙を見ながら考える。
「……そうだな、レイ」
「はい?」
「この『オムライス』は何で書かれてる?」
「何って言われても、ペンですかね?」
この紙に書いてある文字は、店主が書いたものである。
バランスが良く、とてもきれいな字だ。
他に店内に複数置いたり、破れたり汚れた時用に予備に何十枚とある。
それでもほぼずれが生じていない。
「それがどうかしたんですか?」
「まぁそう答えるか... そうじゃなくて、これはカタカナで書かれているだろ?」
「あぁ、そういうことですか……」
「そうだ。それならこれは漢字だ。そんでもってこっちが平仮名だな」
指を他の料理名のところへ移動させながら説明する。
「この三つの文字、こいつら『ニホン語』って読んでるだろ?」
「そうですね。『ニホン語』は僕らもいつも使ってますし、どこの国でも使われていますからね。それくらいは」
「そうだ。こいつさえ知っていればどこの人間とでも意思疎通ができちまう。そこでこいつが生まれた国に行って来たんだ」
「……『トーキョー国』ですか」
『トーキョー国』。
この世界の中ではかなり大きい国だ。
人々が使っている言葉、そして人間はその国から広がっていったと言われている。
「あそこ、なんか魔法以外のなんらかの技術を研究しているとか、聞いたことがありますね」
「おぉ、よく知ってるな。それについても見に行ってきた」
レイは目を輝かせながら、身を乗り出す。
「本当ですか!? ずっと気になったんです! さっそくそれについて……」
「まぁまぁ、落ち着け」
興奮して間近に近づいてきたレイの顔を、手で押し返しながら落ち着かせる。
「すいません、取り乱しました……」
しまったという顔で、うつむきながら言う。
「本当に元気だなぁ。レイは」
「元気には自信がありますので!」
「そうか、そりゃいい。話しがいがある」
そしてニヤリと笑い、
「ゆっくり話してやるよ、俺の冒険を」