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カボチャ頭のお客様

作者: 2121

「トリックオアトリート!」

 今日はハロウィン、あの世とこの世の境界が曖昧になり、人ならざる者達が街中を自由に出歩く日。この期間は、人間も仮装して分け隔てなく皆で楽しく過ごす。

 お菓子をくれなきゃ、悪戯するぞ!

 その台詞を合言葉に、うちに来たのは一人の少年だった。頭にカボチャを被り、黒いマントを身に纏う。カボチャをくり貫いて描かれた顔は、目は真ん丸で口は歯を出した笑い顔。

「ぇえ……?ちょっと待って、ちょっと待って!」

 しかしここは日本。突然扉をノックされてもそんな用意などしていないのである。最近でこそ仮装する人は増えたけど、家を回るのはまだ普及していない文化のはず。

 だからといって、追い返すのも可哀想だし、下手したら悪戯されるし……と少年を玄関で待たせて、家の中を漁ってみるがチョコレート一つ出てこなかった。砂糖なら有るんだけど……。

 仕方なく一度玄関へ戻る。

「ちょっと今無さそうなんだけど……悪戯って何するの?」

「郵便受けに納豆卵ご飯入れる」

「それは本気で止めて下さい」

 少年は肩にかけたバッグを見せながら、怖いことを言う。その中に納豆と卵が入っていると言うのか少年よ……。

「お菓子も悪戯も止めて欲しいって言うのは聞いてくれないよね」

「トリックオアトリート!」

 大きな声を張り上げて、また合言葉を口にする。どちらかしか選択肢は無いということですか。

 お菓子か、郵便受け攻撃。後々のことを考えればどちらを取るかなんて分かりきった問題だ。

 砂糖なら有る。小麦粉もあったはず。

「時間ある?今から作るけど、それでも良い?」

「良いよ!」

「じゃあ外は寒いし、玄関で待っててもらえる?」

 扉を開けて迎え入れれば、「おじゃまします」と礼儀正しくお辞儀をする。

 そしてカボチャの首を傾げて、くんくんと家の匂いを嗅いだ。

「僕のじゃないカボチャの匂いがする」

「夜ご飯にカボチャを煮てたのよ」

 ハロウィンくらい、ちょっとイベントに乗っかったものを食べようと思って夕方スーパーで買ったのだ。和風の味付けにして、先程まで食べていた。ホクホクしていて、我ながら美味しく出来たと自画自賛。

「カボチャ好き?」

「うん、自分で煮るくらいには好きだよ」

「お姉さん好き!」

「!?」

 突然の告白と、腰に抱き付く動作に、固まる。

 真上から見下ろせば、カボチャ頭のてっぺんには短いヘタが付いている。その堅い頭が、腰に擦り寄せられていた。

「あ、お、うん。君は本当にカボチャが好きなんだねぇ。……カボチャをお菓子と認めてくれるなら、作ったの食べる?」

「いや、それはちょっと無い」

「そうか」

 甘い考えは通らず、心の中で舌打ちを打つ。おかずとお菓子は違うよね。

 ぽんぽん、と撫でるように頭を叩けば、カボチャの顔をこちらに向けて、目を細めてニッコリと笑う。

 ……あれ?さっきこんな表情だったっけ?

 最近の仮装は良く出来ている。

「じゃあ作ってくるから」

 大きく頷いて私から離れると、少年は玄関の段差に座った。足をゆらゆらと揺らしていて、どこか機嫌良さげだ。

 私は台所へ行き、急いでお菓子作りの準備に取りかかる。

 小麦粉、卵、ベーキングパウダー、牛乳、バターを出して、ボールの中に順番に入れていく。ダマが出来ないように泡立て器で混ぜていけば、生地の完成。

 熱したフライパンにトローリと流し込み、二つの丸を作り、弱火でじっくりと焼いていく。中までしっかり火を通すには少々時間がかかるのだ。

 手持ちぶさたになったので、冷蔵庫を開けてリンゴジュースのパックを取り出し、コップに注いだ。

「甘い匂いがするよお姉さん!」

 玄関からそんな声がして、コップを持ってそちらへ向かう。

「あとちょっとで出来るから、納豆卵の用意はしないでね」

「当然!お菓子があるなら、そんなことしないよ!」

 差し出したリンゴジュースを両手で持つと、少年はカボチャをくりぬいた黒い空洞の口へと注ぎ込む。

 んー、どうなっているんだろう?

 ゴクゴクとのどは動くので、ちゃんと口には入っているらしいけど、うまく入っているのだろうか。

「サービスが良いんだねお姉さん!」

「いえいえ、こちらこそお菓子を用意せずお待たせしてすいません」

 台所に戻り、火にかけたフライパンの様子を見る。丸い生地は、ふつふつと泡が立っていて、フライ返しで裏を確認しつつひっくり返せば、こんがりときつね色に焼かれた面が表れた。

 うん、良い感じ。

 甘い匂いのせいで、さっき夜ご飯を食べたところなのになんだかお腹が空いてくる。

 裏面もじっくり焼けば、簡単ホットケーキの完成だ。

「メイプルシロップしかないんだけど、いいー?」

「良いよー!」

「かけとくねー」

 持って帰れるように、サンドイッチ用の四角い紙箱を用意して、その中にホットケーキを二段にして入れた。そこにトロンとした蜜色のシロップを掛ければ完成。

 フルーツ缶や生クリームがあればもっとデコレーションのしようがあったけれど、何もないので断念した。シンプルな生地の美味しさを楽しんでもらうことにしよう。

「わあ!ありがとう!急だったのに、本当にありがとうございます!」

 くり貫かれて闇しか見えない真ん丸な目は、それでもどこか輝やいているように見えて、こちらも嬉しくなる。

「こんなので良ければ」

「全然おっけー!来年も絶対来るね!」

「……絶対来るの?」

「絶対来る!」

「ほんとに?」

「絶対絶対来る!」

 まさかの絶対来る宣言。

 今度は何か用意しておかなければ……。

「カボチャタルトとか好き?」

 カボチャが好きそうなので、そんな提案をしてみるものの。

「それはちょっと食べられない」

 真顔でそう返されれば、なぜだか申し訳なくなって謝りたくなる気分になる。

「カボチャ好きじゃないの……?」

「カボチャが好きなお姉さんが好き」

 戸惑いつつ聞けば、予想外のカウンターに私は再び固まった。

 なんなんだこの子。

 ストレート過ぎて反応しきれない。

「食べたいものを、作ってあげよう」

 代替案は、君任せ。

 元々料理作りもお菓子作りも好きなので、難しいリクエストが来ても作ることは出来るだろう。こんなに喜んでくれるのなら、作りがいもあるというものだ。

 うーんうーん、とカボチャ頭を捻りに捻って悩んだ結果、リンゴジュースの入っていたコップが目についたようで。

「アップルパイ!」

「おっけー分かった。シナモン大丈夫?」

「よゆー!」

 アップルパイ、と記憶するように私は頭の中で繰り返した。

 少年はホットケーキをしっかりと手に持って、ピョンと飛ぶように段を降りる。私もスリッパを履いて玄関へ出て、扉を開けた。

「ありがとう。お姉さんで満足したから今年はもう家に帰るよ。また来年ね!」

「うん、またね」

 バサリとマントを翻し、少年は黒に包まれる。シュルと布の擦れる音がすれば、そのまま跡形もなく消え去ってしまった。

「さ、最近の仮装は本当にスゴいわね……」

 キョロキョロと辺りを窺うが少年らしき人影はどこにもなくて、夜の闇が広がるばかり。消えた?そんな、まさか。

 ……本物だったかもしれない?

 得体の知れない、カボチャ頭の少年。背筋に寒気が走り、腕に鳥肌が立った。言葉の端々にも気になるところはあったし、人間では無いものだったのかもしれない。あの頭ももしかして仮装じゃなかったのかもしれない。また 来年も来ると言っていたけれど、どうすれば……?

 しかしすぐに考えを改める。

「それでも悪い子では無さそうだった」

 思い返しても、礼儀正しいし、しっかりしてるし、むしろそこら辺の子どもよりも可愛いげがある。悪戯は陰湿だけど子どもの域を出ないし、言ったことは守ってくれるようだ 。

 何より自分を好きと言ってくれる子を、嫌いになれるわけが無い。

 まぁいっか、一年に一回くらい不思議なことが起きても。

 家に戻って、ふと目に入った空のコップ。

 どんなアップルパイにしようかな、なんて。私は早くも来年のことに思いを馳せた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 嫌な悪戯だなぁΣ(゜д゜ll) 私もいつもお菓子用意してないけど、家々回る子供いるんだよね、怖い! 来年も楽しみですな!
2014/11/01 17:52 退会済み
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