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けんたて。  作者: ようすけ
第1章 盾
1/1

剣の重心とチート。

 あれから、俺の持ち物が一気に増えた。

 剣と盾と一張羅の服ぐらいしかなかったのに。

 順調に回復しつつあるサー・コンラートが贈り物をしてくるのだ。


 鍵が掛かる長持(ゲームでよく出てくるような宝箱をイメージして欲しい)を空けると、まず換えの服が5セットほどある。

 袖が大きく膨らんだスモックみたいなシャツと、下半身のラインが出てしまうタイツ(ナニの形まではっきり出てしまう)

 他に、つま先が尖って反り返った革の靴。

 毛皮の裏地がついた袖のないマント。

 しかもどれも色鮮やかで光沢のある生地。たぶん絹とかビロードとかそんなの。

 金持ってるんだなぁ……。


 こういった服は俺の美的センスからすると、ピエロの格好みたいでとても受け付けない。

 しかしこちらでは最先端ファッションらしく、寮生達にうらやましがられた。

 俺が別の地味な服を調達しようとすると、ベルタにとがめられる。


「ちゃんとした格好してれば、見れない顔でもない。これ着とくべき」


 お、おう……。


 郷に入りては、郷に従え。

 仕方なく、俺はこれらの衣装をローテーションで着まわす事にする。

 俺としては質実剛健系が欲しいんだけどな・・・・・。

 しかしそんな要望をサー・コンラートにするのも、はばかられる。

 というか顔を合わせたくない。

 向こうもそれは判ってるのか、いつも贈り物だけ寮に届けられる。


 そして修道院内を歩けば、色んな人から声かけられるようになった。


「よっ!今日も剣術の訓練かい? 精が出るねぇ!」

「ドラゴンを屠ったんだって? これからも頼むぜ!」


 あの件に関しては色々思う所があるので、正直げんなりする。

 人の噂も75日。我慢がまん……。



--------------------------------------------------------



 俺は訓練場に着くと、いつものようにペルに向かい合った。

 新しい剣を二振り持ってきている。

 これもサー・コンラートからの贈り物。

 刀身82cm、重さ1.2kgの両刃の片手剣。

 刀身の中央に溝がついており、長めの十字鍔も有る。

 よくファンタジーで見るような、いわゆる普通の剣だ。

 重さだけ見れば今までの山刀よりは重い。

 しかしグリップのケツに重りが付いていて重心が手元にある為、くるくる振り回すと返って軽い気がする。

 もう一本は、同じような形だけど刃がなまくらで、刀身が分厚い。

 重りもでかくて、全体の重さは一本目の倍ぐらいある。

 最初の剣が実戦用で、こちらは練習用の剣だそうだ。

 実戦用の剣をアイテム表示で見ると【スパイクヒルト】という名前が付いていた。


 俺は練習用の剣でペルを叩き出す。

 ここ数日のチュートリアルが指示する動きは、剣を水平に振るようなスイングだ。

 基本の姿勢で構えると、剣のポジションはグリップが右後ろに、剣先が左前に向くようになる。

 そこから、剣の重心を中心に、剣先とグリップの左右を入れ替えるようにクルリと回しながら前に押し出す。

 撃ち終わりは、ペルの左側の空間に右ストレートを打ち込んだような姿勢。ただし手の甲を真下に向けてる。

 こうすると、丁度敵の顔の高さを水平に斬り付ける事になる。


 これはペルを叩いているとすごく気持ちがいい。

 何しろ剣が速い。重心を中心に回転させるから剣が軽い。最初からトップスピードで滑り出す。

 叩き付けるのに比べて力が乗りにくい気もしたが、だんだんとコツが判ってくる。

 スタンスを大きくとって腰を深く落とした方が威力が出る気もするのだが、そうすると経験度の入りが悪くなる。

 まあ足広げてると金的ガラ空きだし、そういう事なのかな。


 俺はペルを叩く。

 あ、いま経験度入った。盾を持った左拳をあごに付ける? 

 防御もおろそかにしないのね。この辺は右ストレートと一緒か。


 叩く。

 んー。実際は重心より、もう少し剣先に近い所が旋回の中心かもしれない。意識してみる。


 叩く。

 お、経験度入った。こんな感じか。


 叩く。

 うわっぷ。当たり所悪くて、ペルに当たって跳ね返った刀身が俺の頭を叩く。

 鉄兜かぶってて良かった。

 ちなみにこれもサー・コンラートの贈り物。半球状のキャップに鼻当てが付いてる。

 このスイングを練習し始めた初日に痛い目に合ったので、欠かさず被るようにしている。


 叩く。

 今度は自爆しないように。

 ペルに当たる瞬間、えぐるというかアイスクリームをすくい上げるようにする。

 すると叩いた後の刀身が上手く上に逃げてくれる。

 お、経験度多めに入った。これでいいのか。


 叩く。

 意外と射程距離は短い。ホントに右ストレートとたいして変わらないくらい。

 近くてもスイングできるのはいいけど、もちっと遠くまで届かせられないだろうか。

 ペルから一歩離れてみる。


 叩く。

 うっわ空振りした! 勢いの付いた剣の回転が、手首を可動域以上にねじった。

 痛い……。空振りした時は手首を返して手の甲を上に向けないとマズい。


 そんな風に練習していると、日が暮れる頃にまた一つレベルが上がった。


・【フラットスナップの基本(1)】を習得!

   ・【剣と盾】→LV5に上昇!

   ・サブスキル【ストラップ式(中型)】→LV5に上昇!


 なんか技名が付いてる! 

 身体は疲労してるが、深い満足を感じる。経験値上げって楽しい……。

 思えば俺って子供の頃から、RPGのレベル上げは大好きだった。



 俺は剣をしまうと、途中から来たベルタの様子を伺った。

 彼女は最近、裁縫のクラスで学んでいるようで、ここに来ても縫い物の練習をしている。


 俺が歩み寄っても気付かずに、一心不乱に針を動かしている。

 すごい集中力。

 手元を見れば、傷だらけだ。小さい子なのに。


「ベルタって練習熱心だなぁ。すごいよ」

 俺が言うと、ベルタは顔を上げた。

 不満そうな顔をしている。


「ピエールの方が練習している。私は足りない。だから上手くならない」

 悔しさと、それと微かに嫉妬が混じった声音だった。

 俺はドキっとした。

 俺が飽きずに練習できるのは、チュートリアルと経験度が見えるおかげだ。

 その時々で上達する為の正しい練習をしているかどうか、常に把握できる。

 あとは少しずつ経験値を貯めていくのを楽しめばいい。


 しかし普通の人は、そうじゃない。

 練習方法が正しいか、自分に合ってるかどうかも判らず、ただ信じて練習するしかない。

 何回も反復練習をするなかで、コツを掴む当たりの瞬間を待ち続ける。

 そのコツも微かなもので、見逃したり勘違いしたりしがちだ。

 俺は自分がズルをしているような後ろめたさを感じた。


「……もう暗いからさ。目を悪くするだけだから、今日はもう上がろうぜ」

 経験値が見えなければ、そんな事も判らない。延々と身にならない練習を繰り返す事になる。

 俺はベルタに手を差し出す。

 彼女は渋々といった様子で、俺の手をとる。


 ベルタと手を繋いで帰り道を行きながら、ふと俺は思った。

 ひょっとしたら暗い中でも練習した方が上達するって事もあるかもしれない。

 なんか目をつぶっても銃を分解整備できるよう練習するスナイパーとか漫画でいなかったっけ。

 いやいやベルタはまだ素人だし、目を悪くするリスクを除いてもそんな練習して意味があるとは……。

 俺は迷う。

 これが自分なら、実際にやってみて経験値が入るかどうか見てみればいい。

 しかし他人の経験値は見えない。

 では俺が仮に今ここで裁縫をやってみたとする。

 しかし彼女とは条件が違うのだから、俺にとって良い方法が彼女にとって良い方法とは限らないだろう。

 俺の剣術の練習は、そういった迷いと無縁でいられる。

 その事がどれだけチートなのか、俺は初めて理解した。

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