第三章、1
■第三章
ケビンの世話で、働き口を見つけた。
貯蓄はあと十数年は何もせずに暮らせるだけあったが、ともかく、いずれ枯渇する貯蓄に頼ることには、私の精神が耐えられそうに無かった。働くことは、習慣、あるいは性癖となっているようだった。
仕事先は、店主と顔見知りになった生活用品店だった。顔見知りの店を世話してくれたのも、ケビンの気遣いだっただろう。
彼と何度か話し、彼の身の上は大体分かってきた。
歳は五十。結婚はしていたが、妻は子供を連れて別の男のところに逃げて行った。息子は、順調に成長していれば、私とあまり変わらないくらいの歳だろうという。妻と息子の行き先は分からず、他の星に逃げたと言う話さえあるようだ。だから、星間移住者の私に特に目をかけてくれているのだろうと思う。
自治会の会合を通じて、他にも幾人か、地域の世話好きたちと顔見知りになった。
最初の一ヶ月は、慣れない暮らしへの適応に必死であっという間に過ぎていった。
二ヶ月目は、比較的ゆっくりと過ぎていった。
三ヶ月目は、町でちょっとした騒動が起こったようで、身の回りはあわただしかった。私にはあまり関係の無い話だったが、地域議会の議員のうち三分の一までもがちょっとした汚職騒ぎを起こして、結局は議会解散ということになってしまったらしい。
地域の自治会でも応援していた議員が汚職に関わっていたとかで、連日会合が開かれた。その頃には、私はなぜか会合の常連出席者になっていた。
四ヶ月目が終わる頃には、私はほとんどこの町の住民になっていた。
***
ある日の会合が終わり、私は誘われて、何人かの自治会メンバーと一緒に小さなバーにいた。
席数は二十に満たないバーで、木造の建物に木製の家具で統一され、古い時代を模した樽や木の車輪や何に使うのか分からないハンドルのようなもののイミテーションが店いっぱいに飾られ、いつも照明はかろうじて向かいの人の顔が見える程度に暗くされている店だ。
その日の会合も、次の応援候補をどうするか、という議論に終始し、ようやく残り二人のどちらかというところまで絞り込まれたところだった。
ケビンほどではないがよく世話をしてくれるロベルトが私の横に座った。歳は四十前後、その割には深く刻まれた顔のしわが印象的な男だ。
酒が進み、周りの席の客たちの雑談も重なって騒々しい中、ロベルトが、そういえば、と私に話しかけた。
「ランス、君が住んでいた国では、やっぱりこんなことをやってたのかい? つまり、選挙活動というか。君が退屈じゃなきゃ、と思ったんだが」
私は持っていたグラスに口をつけてから、彼に答えた。
「いいえ、私の国では、選挙は無かったんです」
ロベルトが、ほう、と興味を示し、周りにいた幾人かも私の言葉に耳を傾け始めたのに気がついた。
「王政か一党独裁制か、そんな国だったのかい?」
「いいえ、共和国でした。法律も代表者も民主的な手段で選ばれます」
「それじゃおかしいじゃないか、投票が無いなんて」
ポリティクスによる政治システムは、やはりよほど奇異なものだったのだろうと思う。この星に来て、この選挙騒ぎに触れて、特定の知能機械が選挙を代行するシステムがいかに奇妙なものか、初めて知ることになった。
「投票は行われるのです、ただし、あるコンピュータがすべての有権者の投票行動を予測して、すべて代行で行われるのです」
「そいつは、なんとも……」
ロベルトは語尾を濁した。
「つまらないでしょう」
私は彼が濁しただろう言葉を継いだ。ロベルトはそれを聞いて、ばつが悪そうに苦笑する。
「ま、これからは、この町でしっかりと政治に参加してくれよ」
彼が言うが、実のところ、私の国籍はまだアルカス共和国に残ったままなのだった。
手続きが面倒だということと、本当にこの惑星を終の棲家とするのか、自信が無かったことも、その理由だ。
ということは彼には伝えず、私はあいまいに首肯したのみだった。
「それで、どう思う、今度の候補は。俺はローランド氏だなあ。ヤマモト氏は、言っていることは悪くないんだが、出身が工業会議所だろう? 農民の気持ちは分からんよ」
ロベルトが言うと、さらにその向こうに座っていたケビンが腰を浮かせた。
「出身どうこうよりも、実績だろう。ヤマモトはまとまりの悪かった隣町との会議所合併を成し遂げた。それに比べて、ローランド氏は役所の職員で出世したに過ぎん」
「出世したことだって十分な実績さ」
ロベルトも言い返す。
「いいや、ローランド氏の出世は親の七光りさ。実務能力はわからんよ」
向かいに座っていたパトリックも口を挟む。
「まあまあ、それは今度の会合でやりあいましょう、酒の席で政治の話は酒がまずくなる」
斜め向かいにいる、私が世話になっている商店主、ビルが仲裁を買って出て、不穏な空気さえ流れそうになった場を収めた。
気の良い人たちなのだが、政治信条のことになると少し乱暴になるところがある。
口論になると、相手候補を口汚く罵ることさえある。
人が人を罵る姿というのは、醜いものだ。
しかし、人が人を完全に評価することは出来ない以上、その人が何が出来るのか、何を信じているのか、を比較することは難しい。いずれもあいまいな能力評価の者同士を比較するとなると、やがて、人格の評価になり、汚点の探りあいになり、誹謗と中傷の嵐になる。
その中傷は、時には、相手候補ばかりかその支持者までをも標的とすることがあった。
少なくともアルカス共和国では、政治思想が原因で口論になるということは無かった。機械に支配された政治の、それが唯一の利点だったかもしれない。
正直に言うと、この一ヶ月、自治会会合でこんな口論が交わされているのにうんざりしている。
世話になったケビンやロベルト、そしてビルの手前、会合への参加を断りにくかったところはある。
この選挙が終わったら、少し距離を置こうと思う。
しかし、つまらぬ雑談をしている限りは楽しい人たちなのだから、少なくとも今日は一緒に楽しむとしよう。