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ポリティクス  作者: 月立淳水
第一章
4/12

第一章、4

 丸一日躊躇した。

 しかしその躊躇こそが私の量子状態によって導かれた幻影かと思えば、わずか一日でそれを振り切れたことは上出来と言えよう。

 躊躇の一日の翌日、私は家を出た。


 地下鉄の駅に向かう。

 地下鉄に乗り、ターミナル駅に向かった。

 ターミナル駅で一旦降り、昼食を摂ってから、センターに向かう路線の入り口ゲートに向かう。


 そこで私は、IDを入り口ゲートに示さず、通ろうとしたところで脇から跳ね上がってきたストップバーをさらに思い切り蹴り飛ばした。

 バーは折れ、けたたましいアラームが鳴る。

 脇の事務所から駅員が飛び出してきた。


「何をしているんです、ちょっと待ちなさい!」


 駅員は怒鳴りながら私の前に立ちふさがった。


「なぜです、私の行こうとしたところを邪魔した棒を蹴折っただけではないですかね」


「そんなことをされては困ります、ちゃんとIDを入り口で示しましたか」


「IDとはこれですかね、馬鹿馬鹿しくてこんなものに料金を払う気になれないだけですよ」


 私はポケットからIDを引っ張り出して彼にひらひらと見せつけた。


「わかりました、話は事務所で聞きますから」


 彼はそういって私の左手首を掴んだ。

 右の拳を握る。

 もう一度躊躇する。


 しかし。

 体を右にひねりながら右腕を低く引き絞り、そして、跳ね上げるように右拳を駅員の左ほほに向かって弾き出した。

 右手の第一関節周辺に強い痛みが走る。


 右腕全体が突然しびれたように重くなる。

 視界が安定すると、うめきながら向かって左に向かって膝を折り、うずくまっている駅員が見える。

 すぐに背後から二本の腕が伸びてきて、私を羽交い絞めにする。


 私はそれから逃れようと体を前に折ろうとする。後ろの相手はそうさせまいと私の両腕を引き絞ろうとする。

 私はとっさにのけぞった。すると後ろの男は一瞬怯み、それを認めた私は右脇の腕を左手でつかみ思い切り引っ張りながら体をひねった。

 後ろの男は私の右側にごろりと転がった。


 すでに二人の人間が応援に駆け寄ろうとしている。

 私は無我夢中で一人の男に掴みかかろうとし、そして、左足が先ほど転がした男にしがみつかれていることに気が付いた。

 それと同時に私の体は左肩を下にしてどさりと地面に落ちた。


 二人の駅員が私の上に乗り、さらに加わった二人が両足をしっかりと固めて、四人がかりで事務所に引きずり込まれたのは、それからほんの一分ののちであった。


***


 私はその後、正式に逮捕された。警察署に車で連れて行かれ、すぐに小さな取調室に通された。

 私が粗末な椅子に座って待っていると、一人の警官が入ってきた。大柄だが顔が柔和な印象の男だった。

 彼は私の向かいの同じ粗末な椅子に座ると、口を開いた。


「なぜあんなことを?」


 なぜ? その理由を君話したところで理解できるものかね? と思った。


「……混乱させるためです。政治を」


 私は真実を、心底からの真実を語った。

 私は政治のために自由意思を奪われ操り人形として血の通わぬ知能機械に日夜私生活を暴かれる身だ。

 であれば、その知能機械、すなわち政治を混乱させ、それに終止符を打たねばならない。


「君の言うことはわからないね。駅で暴れることがどうして政治の混乱につながるのかね」


 この馬鹿な官吏に真実を話しても仕方がないのだが。


「私が秩序を乱すことが、量子論的に政治を混乱させるのです」


「量子……なんだって?」


 言わぬことではない。こんな話を下級官吏に話して理解できるわけがない。


「分からないでしょう。しかし私には分かっている。私の量子状態はこの惑星の全住民の生殺与奪を握っているのです。私が反社会的行動をとることでその量子状態は崩壊しこの惑星の政治は完全な混乱に陥るのです」


 私が言うと、私の言葉を一生懸命メモに取りながら、顔をしかめたり首を傾げたりと警官は忙しい。

 それからしばらく彼は、自分のメモを何度も読み直している風に、何もしゃべらなかった。


「分かりました。家族は?」


 ようやく口を開いた彼の言葉だった。


「いません。両親は事故死。兄弟は無し。結婚もしていません」


 彼は別に印刷して持ってきていた私のIDから引き出した情報を確認しながらうなずいた。


「……そのようだね。身元引受人は」


「いません」


「……後日、カウンセラーを送ります。自宅で落ち着いた生活を送るように。仕事をしているようですが、しばらく休みなさい」


 そう言って、警官は立ち上がった。


「私を起訴しないのですか」


「今回は些細な喧嘩と聞いてるし、君の精神状態はあまり良くないようだ。被害者にはその旨伝えておくから、落ち着いたら謝罪に行きなさい。帰ってよろしい」


 そうして私は再び彼に引きずられるようにして、警察署の外に追い出された。


***


 警察署を出た私は、ふらふらと庁舎街を歩いた。簡易裁判所、その奥に高等裁判所の庁舎。その向かいには、交通行政庁。

 まだ先に進めば地方立法府もあるだろうが、そこまで歩く気もなかった。

 歩道の手すりにくくりつけてある違法な看板の柱を引きはがし、その一端についたプラスチック版を叩き割って、最終的に樹脂製の固い棒を一本得る。


 道路を横断し、交通行政庁の玄関に続くレンガ風の階段を上っていく。

 玄関まで残り数歩と言うところで警備員が異変に気が付き、私の方に歩み寄ってこようとした。

 だが、彼がたどり着くより早く、私は、樹脂棒を玄関のガラスに振り下ろした。


 一度目の攻撃では、ガラス窓に細かいひびが走っただけだった。

 続けて二度目を振り下ろすと、直径五十センチメートルほどの穴が開き、その穴に元あったガラスの破片が玄関内に飛び散った。

 警備員が私の左肩に手をかけたのはその時である。


 私は今度は躊躇せず、右手の樹脂棒で警備員を殴りつけた。

 警備員の左肩を一撃し、ひるんだところでもう一度棒を振り下ろす。しかし、二撃目は、警備員の頑丈なヘルメットに当たり、乾いた音を立てただけであった。

 警備員は腰の護身具とみられるものを外し、三歩下がりながら、大声で、動くな、と叫んだ。


 私はもう一度振りかぶった樹脂棒を、振り下ろすのを止めた。


「動くんじゃない、これがわかるか、神経銃だ、撃たれれば一週間は動けないぞ」


 警備員がそういって構えた灰色の護身具は、なるほど、確かに神経銃とみられるものだ。

 神経刺激スペクトラムパターンを半径二十センチメートルほどのターゲット空間に直接生じさせ、命中すれば即座に昏倒するレベルの神経打撃を受ける。神経は過入力に麻痺し、数日は起き上がることさえ困難になるという。

 さて、おとなしく捕まるか。

 あるいは、神経銃を体験してみるのもよかろう。


 極度の刺激は、私の量子状態解除の助けにもなるかもしれぬ。

 私は一歩踏み出しながら右腕を振り下ろそうとし、即座に記憶が途切れた。



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