第三章、3
集会所での町を二分した争いの翌日、私は自宅でくつろいでいた。
後で確認すると、唇は切れ頬には目立つあざがあり、肩、胸、太もも、くるぶしに打撲傷があった。
病院に行くことも考えたが、あの乱闘を最後まで楽しんだ連中はもっとひどいことになって病院に殺到しているだろう、と考えると、彼らと顔を合わせたくなくて、自宅療養することにした。
ビルにはテキストメッセージで休むと伝えたが、返信は、今日は臨時休業にした、というものだった。
午前中はベッドで寝て過ごし、昼ごろに起き出して昼食をとった。
中古でもらった寝椅子を窓際に引きずり、そこに体を横たえて休ませる。
庭はすっかりきれいになって、植えつけた芝生も根を張り始めている。
緑に覆われた丘が見える。目の前の道路を時々車が通り過ぎていく。
時間がゆっくりと流れている。
穏やかな人生を送れると思っていた。
けれど、そこにある人々のうちに隠された意外な攻撃性。政治をめぐる反目。こんなものがこの世にあるなんて。
道路の向こうから、見慣れた人影が現れた。ケビンだ。
彼はゆっくりと歩いてきて、応急で修繕したままの木戸を押し開けて庭に入ってきた。
私が庭先に座っているのを見つけると、玄関に向かわず、まっすぐ私に歩み寄ってきた。
私の斜め前方に置いてある、ペンキを塗りなおしたばかりの小さなベンチに腰掛けた。
そして、ふう、と大きくため息をついた。見ればその体のあちこちに白い包帯をまとっている。
「昨日は、済まなかったな」
と、ケビンは口を開いた。
「実のところ、あんたは投票権さえ持ってないだろう? 俺は気づいていたよ」
彼の言葉に、私はゆっくりとうなずいた。
「気づいていながら、俺もあんたを誘わずにいられなかったんだ。選挙ってのは、どうにも人をおかしくしちまう」
ケビンは言ってからもう一度ため息をついた。
「俺があんたを誘わなきゃ、こんな目に遭わせずにすんだだろうにな。本当に済まなかった」
「いいえ、私も良い経験が出来ました。選挙とはどんなものか、知らずに一生を終えるよりは」
私が言うと、ケビンは私の方に顔を向けて微笑んだ。
「その言い方だと、もう決めているようだな」
私も、ケビンが何を言おうとしているのか、理解し、うなずいた。
「それがいい。人間誰だって、やっぱり故郷のやり方が一番だ。戻れるうちに戻るのが良いだろう」
私はもう一度うなずいた。
「いろいろと……ありがとうございました。恩を返せぬまま去るのは残念ですが」
「そう言うな。俺も、息子が帰ってきたようで楽しかったよ。それだけで十分だ。もう、ここのことは忘れるんだな。連絡先も聞かない。いいだろう」
「結構です。私も、忘れるよう努力します。……おそらく無理でしょうが」
私が言うと、ケビンはもう一度、日焼けした顔に笑いを浮かべた。
***
いろいろと処理を済ませて、おおよそ一週間後、私はようやく住み慣れたばかりの家を出た。
町を出るとき、何人かが駅まで見送りに来ていた。惜別の言葉に私は笑顔をもって応えた。
来るときと逆の道筋で、宇宙港のある都市に戻り、それから、宇宙港行きのエクスプレスに乗った。
宇宙港では、事前に予約済みのアルカス行きの便がすでにチェックイン中として掲示板に表示されていた。
手続きを済ませ、シャトルに乗り込み、軌道上で星間船に乗り換え、そしてまた、十六日の長い長い旅が始まった。
第二の故郷だと思ったラッセンの町、惑星リュシディケが、ジャンプを重ねるたびにどんどん背後に遠ざかっていく。
こういったことにあまり感慨を感じない性質だと自認していた私だが、このとき、不思議と感傷を感じていた。
寝て起きて食べて排泄し、時々ジャンプのためにベルトを締める、それだけの生活が、十六日間、続いた。
星間船を降りて、アルカス星間移送基地で小さな窓を覗いたとき、そこに、青い惑星アルカスが浮いているのが見えた。あそこに我が家がある。そう思うと、再び、胸から何かが湧き上がってくる感覚があった。
シャトルに乗り、第一市の近郊の宇宙港に降下した。
そして、また、行きと同じ行程を逆向きにたどり、惑星を三分の一周して第七市へ。
ターミナル駅で郊外行きの地下鉄に乗り、小さなベッドタウンへ。
そこに私の家は、変わらずに在り、出てくるときとまるで同じ、冷蔵庫に期限切れ食品有りのランプがついた部屋があった。