【ガラス細工の贈り物】
『Grand Road SS』
『ガラス細工の贈り物』
「ちょっと用があるんだが、ラーサ」
テントの高さとそう変わらないくらいな金髪緑眼の大男が、少女の住んでいるテントに声を掛ける。高いだけでなく、百何十キロもあるだろう体重が全て筋肉だと、見た目ですぐに分かる体つきをしている。
返事が無い。
「入るぞ」
返事を待たず入り口をくぐる。いつもは入らせてもらえないのだ。それにいつも言われっぱなしなのだ、たまにはこれくらい意趣返しもしてもよかろう。
どうせ頼みごとをしたら途端に言い合いになるのだから、ラーサ相手なら多少の無礼は言い合い応酬の上乗せでしかない。
ある意味、お互い口喧嘩をスポーツとして楽しんでいるのではないか。
気楽な関係と言っていえなくもなかった。
このオアシスに居ついてから半年、デュランは最近そう思えるようになってきていた。少なくとも、他人行儀さや腹の探りあいなど微塵も無いこの関係が、今のデュランは嫌いではない。
それに、最近あいつ大人しくなってきて、ケンカの種も減ってしまっているからな。と、デュランも村で唯一のケンカ相手(一回りどころか子供の年だが)を(ある意味おもんばかって)脳裏に浮かべ、寂しく思い一人ごちる。
お互い、村に居ついて半年だ。けっこう同属意識があるのかもしれない。
「居ないのか?ラーサ」
こじんまりとした、思ったより少女趣味の無い、それでいて割りと品のあるデザインの部屋に入る。ゴミも落ちていないしちゃんと片付いている。
その光景はラーサが、口は悪くてひねくれてても、内面はちゃんとした少女であることを如実に示していた。そして、彼女が本当にナハトを好きなのだということも。
なぜなら、ナハトがそういう上品さを割りと好んでいるらしいからだ。
しかし。
「……隠さなくてもいいのにな」
一番大きな壁の壁紙のつまみ部分を軽く引く。と、その下にはデカデカとナハトの肖像画が壁一面に貼られていた。やたらとキラリと笑顔だった。
「………」
無言で元に戻す。デュランが思っていた以上のデカさだった。
見なかったことにしよう。
「ラーサ、本当に居ないのか?」
見渡すと、片隅の机には箱に入った水晶玉や、色々なものが置かれていた。
さすがに寝室に入る訳にはいかないが、やはり誰も居ないようだ。
困ったな。と、デュランは壁に背を預けた。頼みごとがあったんだが。
どん。軽く預けたつもりが、割と強く音が出てしまった。
「いかんいかん」
なにより、昔は舞踏会にすら出ていた身分だ。いつまでも誰も居ない少女の部屋に居るわけにも……
ガチャン
「……………」
棚から振動で何かが落ちた。
恐る恐る見やると、それは、ガラス細工の置物だった。丁寧に包装してある。
血の気が引いた。
これはさすがに、やってはいけない出来事だった。
内心パニックになりながら、ゴミ用に持ち歩いている袋に入れて掃除をして外にでる。
どちらにせよ、謝るしかない。そう考えていた矢先、デュランが団長をしている自警団の団員に出会った。
「あ、団長! おはようございます。どうなすったんですかい?」
「いや、なに。ちょっとラーサに頼みごとがあったんだが、居ないみたいでな」
「ああ、ラーサちゃんなら、ナハトさんへのプレゼントを用意するっていってましたぜ」
ドクンと心臓が跳ねた。
「……プ、プレゼント?」
「ええ、この地方では年に一回、女性から男性へプレゼントを贈る風習があるらしくて。それが、今日らしいんですがすよ。特に、透明なものほど価値が高いらしいですね。たとえば、ガラス細工とか」
心臓が。心臓が痛い。
「そ、そうなのか……ほほう」
「あー! でかウド! 朝っぱらからなにゴミ拾いしてんの?! えらいじゃないでかウドのくせに!」
噂の少女が来た。
「ラーサ……」
「ラーサ嬢ちゃん、団長が何か頼みごとをしたいそうですぜ」
「おい!」
「あーごめん。いまちょっと忙しいの。探し物があってさあ。どーこ行っちゃったのかなあ、あれ……」
汗がでてきた。
「あ、あれって、なんだ?」
「へ? ああ、アンタには関係のないものよ」
ラーサも微妙に焦っている。
「ラーサ嬢ちゃん、どうせ長へのプレゼントでがしょ?へへへ、隠さなくても」
「な!! な、なにを言っているのかしらあああ?そそそそんなことはありませんですことよぉぉぉ!」
「良いですねえ、青春ですねえ」
「ニコニコしないで気持ち悪いし! も、もう! 行くわよあたし! ちょっと探し物しないといけないから。もしかしたら村の外にもいくかもだけど。用があるならそれからにしてよね!」
ラーサが風のように去っていった。
「……なあ」
「なんでがしょ?」
「ガラスって、この辺りにあるか?」
「………何に使うかは聞かないほうがいいんでがしょか?」
「そうだ」
「……町に買い物っていっても、注文してから取り寄せになりますし……サバンナとは逆の方向のあの地平線に見えるでかい砂山。その奥には、ガラスでてきたくぼ地があるって話ですが」
「感謝する」
大男も風のように走っていった。
「……詳しくは知らないほうが、良いこともある、でがしょうなあ」
団員はひとりごち、ポリポリ頭を掻きながら歩いていった。
一人の大男が砂漠を走っていた。
砂色の金髪に、砂に煤けたローブをなびかせて走っていた。
オアシスを出て二時間、走り通しで走りきり、地平線にそそり立つ砂山にたどり着く。
休む間もなく男は崩れくる砂山に挑み、転げ落ち、何度も挑み、転げ落ち、砂まみれになりながら何時間もかけて登りきった。
そして、くぼ地の底のガラスの泉を重機さながらに掘りまくる。
ドガガガと音がしそうに掘りまくり、奥の方から透明な欠片を取り出して、満面の笑顔で空に掲げた。
我に返り、男は来た道を戻る。
来た時と同じくらいに素早く走る。
汗だくでオアシスに戻ると自分のテントに急いで入り、籠もりきった。
テントからは、何かを彫るガシュガシュゴシュゴシュという音だけがいつまでも外に響いた。
夕飯を呼びに誰かが来ても、後で行くとだけ何度も答えた。
もう日もとっぷり暮れて、夕飯の時間もとっくに終わり、夜中という時刻に変わる頃。
くだんのテントから、汗と涙と砂とガラスの粉にまみれた男が、フラフラになりながら這い出るように現れた。
「……い、急いでラーサに渡さねば」
日が変わってしまう。
大男は最後の力で走った。
さすがのこの大男でも、一日で砂漠を何時間も全力疾走で往復し、硬いくぼ地を掘り返し、壊れやすいガラスで細工を施した置物を似せて作ることは、限界に近い仕事だった。
めまいで倒れそうだ。だが、まだ倒れるわけには行かない。
「ラーサに、謝らねば」
それだけを言い聞かせ、走る。
そこへ、ナハトと共にいるラーサがいた。ラーサが顔を伏せ俯いている。
間に合え!
「ラーサ! お、お前、何か探していると言ってたな!?」
「へ?」
二人が振り向き、汚れまみれの大男に目を丸くした。
「デ、ディー? 何その格好、どうしたのさ?」
「でかウドったら! ナハト様の前でなんてカッコウしてんのバカ!」
振り返った少女は、どうやら、何かを渡して受け取ってもらえ、喜んでいるように見える。
……あれ?
「い、いや、ラーサのなくし物をな、というか、すまん! 俺が、あの置物を壊してしまってな!」
真剣に謝った。ところが、ラーサは怪訝な顔で首をかしげる。
「オキモノ? ……ああ、もしかして、棚にあったやつ? あれは元々こわれてたのよ。無かったけどあんたが捨ててくれてたの? あれねえ、せっかく取り寄せたのに、ハイタツニンが壊しちゃってさあ、まあったくもう! いまから取り寄せても間に合わないから、代わりのものを用意してたの。古い水晶玉のかけらをね、ちょちょいと熱でとかしてこねて、あめ細工みたいにしてさ。これでも売りものを作ったこともあるのよ。ナハト様も、買ったものよりうれしいって言ってくれてさ! うふふふふ」
ニコニコしている。……そうだったのか。勘違いか。そういうことならまあ良かったのだが……。脱力しそうになってきた。
「……なら、あの時探していたものは……」
「? ああ、水晶のかけらをとかす道具よ。太陽のねつをはんしゃさせる丸い板なの。あたしの民族のヒツジュヒンでさ」
「……」
どっと疲れた。倒れて良いかな?
「ところでディー、ディーは何か用があるの?」
ナハトがどこか嬉しそうに聞いてきた。
「いや、俺は、別に」
手を後ろに回してそれを隠す。隠せたよな?
「聞いたよ。ガラスのある場所を探してたって?」
ナハトがニコニコのたまった。
おのれあいつめ。
口が軽い団員を頭の中でぐにゃりと何度もこね回す。
「な! なんですってえェェ……」
冷やりと何かが通り過ぎた。冷気がどこかから染み出している。
砂漠の夜だからな。きっとそうだ。
「……アンタまさか、自分はキョウミ無いみたいなこと言っといて……まさかやっぱり……」
やっぱりって何だ。
綺麗なポニーテールの猫が毛を逆立てて唸っていた。
「い、いや、それはだな、そういうことではなく」
全身に汗がまた湧いた。もう汗など出尽くしたと思っていたのに。
「じゃあどういうことなのか教えて欲しいわねえ?」
山猫が口を開けて牙を見せ、
「そういうことなら嬉しいな、オレ」
鈍感少年が裏の無い台詞で何気なく追い詰める。
「ちょ」
後ろに回した手の中のものだけは見せるわけにはいかなかった。
「あー団長! 手に持っている物がそれっすかあ、とってきたガラスのやつ。すごい細工ですねえ! さすがだなあ」
いつの間にやら後ろを通りがかっていた団員が、止めを刺した。
「……お前、後でお仕置きな」
「なんでですかい!??」
どっと疲れて座り込む。
もうどうとなれと手渡した。
ナハトの少年らしい笑顔が見れたから、よしとしようか。
そう呟いて、間近に迫るラーサの攻撃に身構えた。
きしゃー!!
少女の雄叫びが村の中にこだまして、くぐもった男の悲鳴をかき消した。
酷い目に遭った。
次の日、デュランは昼近くまで寝込んでいた。
限界まで疲れた矢先に精神的ショックを食らい、少女のとはいえまともに攻撃を食らったのだ。さすがに今朝は起き上がれない。
毛布を頭までかぶって眠る。
テントの外で、「やっぱり団長、そうだったんだ……」などという幾つかの声を聞いた気がしたが、気のせいだ。たぶん。
そうであってくれ。
不貞寝で二度寝して目が覚めたら、昼だった。
たまには良いさ、と伸びをして起き上がる。と、入り口のすぐ中に、小さなガラスの置物が置かれていた。
「いつもありがと、感謝」
置かれたメモにそう書かれていた。
苦笑する。
どうやら少年にとっては、普通に感謝を表現する日でしかなかったらしかった。
ラーサも大変だな。
そう呟いて、実は自分も色々大変だなどとは欠片も気付かずに。
大男は、午後の仕事と共に昨日の頼みごとをもう一度する為に、テントをくぐり歩き出した。
了.