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WEEP

作者: 星景一


 「泣いているわけじゃないのよ」


 彼女は言った。白いリボンが巻かれた、つばの広い黒帽子を頭に載せて。

 豊かな長い髪は、まとめて左肩に垂らされている。

 首まで覆う白いレースのブラウス、そして胸元が大きく開いた黒いワンピースを羽織い、

 艶のある黒いリボンが飾られた漆黒の絹手袋を嵌めたまま、

 彼女は優雅な手つきで伸ばしている。

 蛇のように絡まりあい床に渦巻いている大量のリボンを。


 「こうしているとね、」


 彼女は言う。高い背もたれがついた、脚の長い椅子に座りながら。

 スカートから伸びた足は綺麗に組まれ、

 黒いブーツが彼女の足の一部であるかのように違和感無く納まっている。

 長いまつげを伏せて、彼女は長いリボンをゆっくりとたぐる。


「色々なことを考えるの。この箱をどう包もうかしら。何色の紙がいいかしら。リボンはどう巻こうかしら。夢を見ているような気持ちになるの」


 彼女は語る。そのワンピースの裾を縁取る白いフリルを微動だにもさせずに。

 ブラウスの袖の隙間からは透き通るような白い肌が覗いている。

 膝の上には、薄汚れた白い箱が、

 もう何年も前からそこにありましたというふうに置かれている。

 その白い箱を腕でやさしく抱きながら、

 彼女はただ緩慢にリボンをすくいあげていく。


「夢を見ているような気持ちになるの。ずっとこうして座っていたいの。ここはどこなのかしら。なぜ私は椅子に座っているのかしら。いつリボンは途切れるのかしら。私は何をしているのかしら。この箱には」


 彼女は小さく笑う。

 紅い唇がゆっくりと動く。


「何が入っているのかしら」


 リボンは次々に折り重なって足元を埋め尽くしていく。

 奇妙に捻じれたリボンを、彼女は一定のリズムでたぐり寄せていく。

 伸ばされたリボンはまた足元へ戻り、床の上でいびつに凝っていく。

 彼女の手の中にある一瞬だけ、リボンは本来の形を取り戻す。


 彼女の帽子から雫が数滴こぼれ落ちる。まるで全身が濡れているかのように。

 黒いワンピースは音も無くその雫を吸収する。

 白い腕を水滴が伝い、黒いスカートの裾からは雫が滲む。

 それでも箱はけして濡れることなく、

 リボンを手繰り寄せる仕草はよどまない。



 帽子から顎にかけてひとしずく、水が流れ落ちた。

 そして彼女は再び言う。


「泣いているわけじゃないのよ」


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