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僕は、吸血鬼なんだ

 全力疾走したせいか、妙に疲れた。家に帰って来てからすぐにお風呂に入り、今は部屋のベッドの上に転がっている。

 先程のことを思い出すと、もう死んでしまいたいほどの恥ずかしさでいっぱいになるけど、少なくとも伝えたことを後悔はしていなかった。

 あの時のマコトさんの笑顔が気になっていた。考えれば考えるほど、気になってしょうがない。

 なぜ、マコトさんはあんな顔をしたんだろう。

 それに、自分を卑下するようなあの言葉も気になっていた。

 しかし、考えてもわかるはずはなかった。

 今日は早く寝てしまおう。そう思って部屋の電気を消すと、携帯電話が鳴った。液晶の明かりを頼りに携帯電話を探し当てる。見てみると、マコトさんからの着信だった。驚きのあまり、手から携帯電話が落ちてベッドの上に着地した。ベッドの上で鳴り続ける携帯電話を見下ろし、意を決してボタンを押した。


「も、もしもし」

『あ、もしもし。タツキちゃん?』

「は、はい!」

『夜遅くにごめんね、ちょっと話したいことがあるんだ』

「な、なんですか?」


 さっき私が言ったことについてだろうか。そう思って身構える。


『あのさ、突然ごめん。今、外に出て来られる?』

「外ですか?」

『……今、タツキちゃんの家の近くにいるんだけど』

「え!」


 突然のことにベッドの上で正座してしまった。


『ごめんね、もし出て来られるならお願いしたいんだけど』

「は、はい。ちょっと待ってて下さい!」


 電話を切って、慌ててクローゼットからカーディガンを引っ張り出して羽織り、外へ駆けだした。家の前に出て辺りを見ると、少し離れたところにマコトさんが立っていた。

 私に気が付くと、小走りでこちらにやって来た。


「本当にごめんね」

「いえ、だ、大丈夫です!」


 申し訳なさそうに手を合わせるマコトさんに、私は慌てて答えた。


「あの……お話ってなんでしょうか?」

「あ、うん……今日の夕方のことなんだけど」


 やはりその話か、と少し身構える。


「その、ありがとう。僕のこと、そう思ってくれる人がいるなんて思わなかったから、ちょっとびっくりしたけど」

「……」

「嬉しかったよ、本当に」

「……はい」


 私は頷くしかできなかった。

 マコトさんは困ったように笑って、続けた。


「やっぱり、タツキちゃんに返事をしないとって思って。ただその前に、話したいことがあったんだ」

「え、何ですか?」


 そこでマコトさんは少し間を開けた。


「その……僕、タツキちゃんに隠していたことがあるんだ」

「え?」

「ふざけてるつもりはないんだけど、そう感じたらごめんね。僕は……人間じゃないんだよ」


 言われた言葉の意味がわからず、私は首を傾げた。


「……僕は、吸血鬼なんだ」


 唐突に出てきた吸血鬼と言う単語。

 非現実的なその言葉を聞いて、目の前のマコトさんをまじまじと見た。吸血鬼のイメージとマコトさんは、まったくかみ合っていなかった。


「嘘だと思うなら、それでもいいと思ってる」


 マコトさんは俯いたまま話し続けている。


「吸血鬼は血を吸っていないと生きていけない。普段は提供されてる血をもらって生活してるから、誰かを襲ったりすることはない。でも、突然血を吸いたくなったりすることがあるんだ。自分の意思に関係なく、近くの人を襲うかもしれない。いつ何が起こるか僕にもわからない。だから、僕と一緒にいると危ないかもしれないし、やっぱり人とは違うからタツキちゃんには迷惑になるかもしれない。もし、これを聞いてタツキちゃんが僕のことを――」

「私は」


 話し続けるマコトさんの言葉を遮って、私は口を開いた。


「私は……マコトさんが、好きです。人間だから……好きになったんじゃないです」


 嘘のような話だった。

 でも、マコトさんが嘘を言っているようには思えなかった。

 緊張してうまく言葉にできないが、精一杯伝えようと思って言葉を探す。


「吸血鬼とか……えっと、その、突然でよくわからないですけど、でも」


 今日の夕方、マコトさんのあの言葉と表情が思い浮かんだ。


「マコトさんを好きな人は、ここにいます。私は、マコトさんが好きですから。だから、その、大丈夫です」


 何が大丈夫なのかよくわからなかったけど、そこには力を込めた。

 マコトさんは驚いたように私を見ていた。


「……怖がらないの?」

「正直なところ、よくわからないです。でも、マコトさんがその吸血鬼だって言うのなら、吸血鬼は怖い人じゃないんだと思います」


 私は笑って見せた。うまく笑えているだろうか。


「それを聞いても私の気持ちは変わらないです。むしろ、もっとマコトさんのこと知りたいと思いました。でも、マコトさんが、迷惑なら」

「迷惑なんかじゃないよ」


 今度は私の言葉を遮って、マコトさんが言った。


「さっきも言ったけど、嬉しかったよ。ありがとう」

「……」

「僕でよければ、一緒にいてもいいかな?」


 一瞬、その言葉の意味がわからなかったが、わかった途端に顔が一気に熱くなるのがわかった。


「あれ、顔赤いよ、大丈夫?」


 心配そうにマコトさんが覗き込んできたので、慌てて顔を手で覆った。


「な、なんでもないです! 平気です!」

「そ、そう?」


 マコトさんは戸惑ったように答えた。


「……こちらこそ、よろしくお願いします」


 顔が赤いのを隠すように深々と頭を下げた。マコトさんが笑う気配がした。


「うん、よろしく」

「は、はい」


 マコトさんは申し訳なさそうに苦笑して頭を掻いた。


「ごめんね、わざわざ外に来てもらって。どうしても、今日の内に返事をしたかったんだ」

「いえ、私の方こそ突然あんなこと言って……ごめんなさい」

「謝ることないよ。嬉しかったから」


 そう言ってマコトさんは微笑んだ。夕方に見た寂しそうな笑顔ではなかったのに安心した。


「っくしゅん!」


 安心したら気が緩んでくしゃみがでてしまった。死ぬほど恥ずかしい。

 俯いていると、マコトさんが小さく笑ったようだった。


「もう遅いね。明日も学校あるだろうし、僕はそろそろ退散するよ」

「あ、はい」


 その時、何か柔らかいものが降りてきた。


「寒いのにごめんね」


 見ると、マコトさんが私にマフラーを掛けていた。マコトさんが巻いていたものだ。


「え、あ、あの……!」

「それじゃ」


 微笑んで歩き出したマコトさんの背中に、私は言葉を投げた。


「あの、ありがとうございます!」


 するとマコトさんは振り返って微笑んだ。


「おやすみ」


 それだけ言って、マコトさんは帰って行った。

 私はしばらくマコトさんの背中を見送っていたが、外気の冷たさに震えていそいそと部屋に戻った。部屋に戻って改めて今のマコトさんとの話を思い出した。首に巻かれたマフラーはまだ温かい。

 その夜は結局、恥ずかしさでなかなか寝付けなかった。


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