吸血鬼と人間って、そんなに違うのかな?
兄との電話を終えてからベッドに転がってしばらく天井を見つめていたけど、落ち着かずにリビングへ向かった。どうやら父はお風呂に入っているらしく、お風呂場から陽気な鼻歌が聞こえてくる。
呑気だなぁ。
リビングでは、母が一人で新聞を読みながら血液パックを咥えていた。
ふらっとやってきた私に気づいた母は、パックを口から離した。
「あら、どうしたの?」
「……お兄ちゃんと電話してた」
「あぁ、もうアパートに着いたのね。何を話してたの?」
さっき兄から聞いた話を思い出して、私は母から目を逸らした。
「ねぇ、お母さん」
「何?」
「吸血鬼と人間って、そんなに違うのかな?」
母が困ったような顔をして首を傾げた。
「イサメが何か言ってたの?」
「……うん」
頷くと、母は微笑んで座っているソファの隣をポンと叩いた。
「座りなさい」
大人しく母の隣に腰を下ろすと、母は私の頭を優しく撫でてくれた。父に撫でられると子ども扱いされているみたいで落ち着かないけど、母が撫でてくれると不思議と落ち着く。
「イサメはなんて言ってたの?」
私は、タツキとマコトさんのこと、兄から電話で聞いた話を母にぽつぽつ話した。母は私の話を黙って聞いていたけど、不意に私の頭から手を離した。
「ルウは、どう思うの?」
「え?」
「吸血鬼と人間。そんなに違うと思う?」
私は改めて考えてみる。
「あまり、気にしたことなかった」
「そう」
「だって、お母さんもお兄ちゃんも、血は飲むけど、同じごはんだって食べるし、寝るし、お風呂もトイレだって行くじゃん。見た目だって変わらないもん」
「そうね」
「違いなんて、わかんないよ」
吸血鬼だからとか人間だからとか、私には縁のない話に思えた。あまりに身近すぎるから、意識したことなんてない。
「ママとパパが初めて会った時のこと、話したことあったかしら?」
唐突な話題に、私は戸惑いながら首を横に振った。
母は小さく笑って、胸の前で手を合わせた。
「あの人ね、通り魔に襲われるところだったのよ」
「はぇ!?」
思わぬ話の出だしに、変な声が出てしまった。
母は何が楽しいのか、笑顔のままで続ける。
「そこに私がたまたま通りかかって、パパを助けたの」
「お、お母さんは大丈夫だったの!?」
「大丈夫よ。通り魔は普通の人間だったし、包丁は持ってたけど」
「えっ……」
「まぁ、銀じゃなければ全然問題ないわ」
さすが、吸血鬼……。
私が何も言えずにいるのも構わずに、母は懐かしそうに微笑んだ。
「助けた後、警察と教会の人に話をしてから、パパがお礼をさせてほしいって言うの。私はお礼なんていいって言ったんだけど、どうしてもって引かなくて連絡先を教えちゃったのよ。それで次の日に連絡があってね」
「お父さんって積極的だね」
「でしょ? その時に食事の約束をして、後日にまた会ったの。それでね、一緒にご飯食べて話をして別れる時に、付き合って欲しいって言われたのよ」
「えぇ!?」
知り合いならまだしも、会ったばかりの人に告白なんて信じられない。そこは普通、もう少し段階を踏むものなんじゃ。
母は嬉しそうに話を続ける。
「私もその時は驚いたわ。教会の人から、私が吸血鬼だって聞いたはずなのに、そんなこと言うなんて思ってもみなかったから」
「お母さん、オッケーしたの?」
「さすがに即答はできなかったわね。でも、お友達からならって答えて、時々会ってご飯行ったり買い物に行ったりするようになったのよ」
私は感心して頷く。両親にそんな馴れ初めがあったなんて知らなかった。
「……お母さんには、人間ってどうだったの?」
「どうって?」
私は首を捻って、別の言い方を考える。
「えっと……お母さんは吸血鬼と人間って違うと思ってた? お母さんのおじいちゃんとおばあちゃんはどっちも吸血鬼でしょ?」
母方の祖父母に会ったことは一度だけしかない。
生まれてすぐにもあったことがあるらしいけど、そんな時のことを私が覚えているはずもなく。
記憶にあるのは、中学に入学する時、新しい制服を着て母と一緒に会いに行った。父は家で留守番をしていたけど、その理由はわかっていたので母と二人で祖父母宅に向かった。
祖父母は、父と母の結婚に反対していたらしい。
会いに行った時、祖母は和やかに迎えてくれたけど、祖父はずっと怒っているような様子で少し怖かったのを覚えている。
「そうねぇ……おじいちゃんもおばあちゃんもあまり人と接してこなかったみたいだから、警戒しちゃってたみたい。私も最初はそうだったかな」
「嫌いだったの?」
「嫌いって言うのとは違うかな。怖いって言う方が正しいかもね」
「吸血鬼が人間を怖がるの?」
少し意外だ。
「生まれつきの吸血鬼は、人間がどんな生き物かわからないのよ。交流がないと余計にね。わからないものって、恐怖の対象になるものだから。それは、人間が吸血鬼に対しても同じように思っていたでしょうね。昔は吸血鬼狩りもあったわけだし。それで、おじいちゃんとおばあちゃんは、人と一緒に生活する中で、私が苦労するかもしれないって思ったんだと思うわ」
「……そうなんだ」
「でも、ママはパパと会って、人間が怖いなんて思わなくなったわ。みんながみんなってわけじゃないけど、優しくていい人がたくさんいるから」
「……そっか」
「タツキちゃんが、マコト君のことを吸血鬼だと知ってどう思うかは自由よ。誰にも責められないし、怖いと思っても仕方のないことだと思う」
「……私は、どうしたらいいかな? 何か、タツキとマコトさんにしてあげられることとか――」
すると、母は私の頭を優しく撫でてくれた。
「あなたはタツキちゃんとマコト君のお友達であればいいのよ。それ以上は、きっと必要ないわ」
「それだけで、いいの?」
言われて考えるけど、本当にそれだけでいいのかな。
友達として、もっとできることがあるんじゃないのかな。
「それ以上は、二人の為にならないんじゃない?」
母のその言葉に、私は少し考えて頷く。
これは二人の問題で、わたしがいくら仲良くしてほしいと思ってもどうにもならない。
それでも、私はタツキが悲しむようなところを見るのは嫌だった。
「どんな結果になっても、あなたは友達として支えになってあげなくちゃ。だから、そんな顔二人の前でしちゃだめよ」
「……うん」
母は微笑んで立ち上がると、冷蔵庫から何かを取り出してきた。
「はい、これ」
「え?」
母が差し出したのは、かわいくラッピングされたチョコレートだった。
「バレンタインデーでしょ」
「え、でも……」
「友チョコがあるなら、親チョコがあってもいいんじゃない?」
母がそう言って笑う。私もつられて笑って、チョコを受け取った。
「じゃあ、ホワイトデーにお返しするね」
「期待してるわ」
母と笑い合って、私はもらったチョコを口に放り込んだ。
とろける甘さに、自然と口元が緩んでいた。