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人間と吸血鬼って難しいらしいです。

 グダグダしていたら日もすっかり暮れてしまった。結局一人でここまで来たけど、緊張のし過ぎで具合が悪くなってきた。いっそ帰りたい。

 私はアパートの前に立って深呼吸する。

 ただお菓子を渡すだけなのになぜこうも緊張しているのだろう。

 きっと昨日ルウにいろいろ言われて気にし過ぎているだけだ。きっとそうだ。

 ゆっくり階段を上がってドアの前に立った。心臓が痛いほど鳴っている。インターホンに手をかけたが、指に力が入らない。

 少し押せばいいだけなのにその力が入らない。

 手が震えだした。早く押してしまえと念じてもその手は動いてくれない。

 どれくらいそうしていたのか、不意に部屋のドアの鍵が開く音がした。


「あ」


 見ると、マコトさんが不思議そうに顔を覗かせていた。


「タツキちゃん? どうしたの?」

「え、えっと、どうして……」

「ずっと人の気配がしてたから、何だろうって思って」

「あ、す、すみません」


 まさか気づかれているとは思わなかった。

 慌てて謝ると、マコトさんは気にした様子もなく笑ってくれた。


「いいよいいよ。何か用事だった? ルウちゃんならイサメと実家に帰ったはずだけど」

「あ、えっと、その……これ!」


 うまく口が回らなかったので、押しつけるようにお菓子の包みを差し出した。


「あの……バレンタインでお菓子作って……その、家まで送ってもらってるお礼にと思って」

「あぁ、そっか。今日はバレンタインなんだね、すっかり忘れてたよ」


 そう言ってマコトさんは躊躇いもなく包みを受け取ってくれた。


「わざわざありがとう。大事に食べるね」

「あ、はい……」

「ホワイトデーにお返しするよ」

「い、いえ……別にお返しなんて……」


 緊張のあまりそこで会話を止めてしまった。黙っているのも気を遣わせてしまうかもと思い、何か言おうと口を開いた。


「あ、あの」

「何?」

「他にも……もらったりって」

「え?」

「あ、いえ……ただ、マコトさんは今、お付き合いしてる人っているのかなって」


 言ってしまってから後悔した。

 本人にこんなこと聞くなんてどうかしている。なぜ今こんなことを聞いてしまったんだろう。

 だけど、マコトさんは笑顔のまま答えた。


「いないよ」

「ほ、本当ですか?」

「うん」


 ホッとしたのも束の間、マコトさんが続けた。


「僕のことそういう風に思ってくれる人なんていないだろうしね」


 冗談のようにどこか投げやりに言って笑うマコトさんに、私はかける言葉を見つけられずにいた。


「そんな……マコトさんはいい人だし、人に好かれると思います」

「ありがとう、お世辞でも嬉しいな」


 マコトさんはとても寂しそうな笑顔でそう言った。

 その笑顔が、胸に突き刺さったように感じた。


「私は―――――」

「え?」


 思わず口をついて出た言葉にハッとなった。マコトさんにはよく聞こえなかったようで、首を傾げている。

 聞こえていなかったのなら、誤魔化してしまえば済む。

 でも、先程のマコトさんの寂しそうな笑顔を思い出すと、どうしても伝えたいと思った。伝えなければならないと思ったのだ。

 息を吸って、覚悟を決めて、もう一度その言葉を口にした。


「私は、マコトさんのこと好きです!」


 言ってしまった。

 数秒の沈黙の後、急に恥ずかしさが襲ってきた。一気に顔が熱くなって、心臓の鼓動が加速する。

 マコトさんは何も言わない。

 私は俯いているので、マコトさんの顔を見ることができなかった。

 見る勇気は、湧いてこなかった。


「じゃ、じゃあ、その、夜遅くに、あ、あ、ありがとうございました!」

「あ、タツキちゃん!」


 マコトさんの止める声に構わず踵を返した。

 そのまま振り返らずに、家までの暗い道を全力で走る。ぽつりぽつりと建っている街灯の明かりを頼りに、家までの道を走って走って走り抜けた。

 家に辿り着いた頃には息も上がり、膝は笑っていた。

 痛いほどの心臓の鼓動を聞きながら、部屋に駆け込んでベッドに飛び込む。母が何か言っている声が聞こえたが、返事をする余裕はなかった。

 枕を抱いて悶えるようにゴロゴロとベッドの上で暴れた後、大の字になって天井を見上げた。深く息を吸って、吐き出す。


 後悔はなかった。





 久しぶりに家族そろっての食事を終え、俺は帰路についた。

 泊って行けと父は五月蠅かったが、明日はバイトもあるからと言ってなんとか家を出た。この年になって一緒に風呂に入ろう、とごねられてはその気にもならない。いい加減子離れしろよ、あのくそ親父……。

 ルウが送っていくと言ったものの、もう遅いからと置いて来た。大体、そうなるとルウの帰り道のほうが心配だ。

 手に紙袋を下げて暗い夜道を歩く。日中のように日陰を探しながら歩く必要がないので気が楽だ。

 紙袋は帰り際にバレンタインだからとルウからもらった。毎年マメな奴だ。

 おまけに、母からももらってしまった。今年はチョコに血を混ぜたりしてないだろうな。たまに常識が抜けている人だから、嫌な予感しかしない。

 アパートに戻って中に入ると、マコトの部屋に明かりがついていたのでドアをノックして開けた。


「ただいま」

「あ、おかえり。どうだった、久しぶりの一家団欒は?」


 机に座っていたマコトがそう言って振り向いた。


「親父が相変わらずうざかった」


 そう言うと、マコトは笑った。


「いいお父さんだね」

「うざいだけだって」


 俺はそう答えてベッドに腰掛けた。見ると、マコトの机の上に小さな包みが置いてあるのに気づいた。


「それ、タツキか?」

「あ、うん。夕方に持って来てくれたんだ」


 ルウに話を聞いていたので、なんとなくつっこんで聞くのが躊躇われた。

 しかし、タツキがマコトをね……確か二人が初めて会ったのは一年ぐらい前に俺が紹介した時のはずだ。たまたま会って、成り行きで紹介しただけなのだが。


「イサメももらったんだね、ルウちゃん?」

「それと母さんからも。あ、マコトの分ももらってきた、母さんから。ルウは明日持ってくるって言ってたぞ」


 預かった分の紙袋を渡すと、マコトは申し訳なさそうに笑った。


「なんだか、わざわざ悪いね」

「中身知らないけど、血混ざってたら言えよ。母さんに止めろって言っとくから」

「ありがとう。今度お礼しなきゃだね」

「そんな気回すことねぇよ、好きでやってんだから」


 言うと、マコトの表情が曇った。


「どうした?」

「え? いや、なんでもないよ」


 笑って誤魔化そうとしているようだが、誤魔化し切れていない。

 マコトは嘘をつくのが下手くそだ。


「なんだよ、言えよ」


 マコトはしばらく口を噤んでいたが、諦めたように話し始めた。


「……って言われた」

「何?」

 

 よく聞こえなかったので聞き返すと、今度はさっきより少しはっきりと言った。


「好きですって……言われた」

「タツキにか?」

「うん」

「へぇ、よかったじゃん」


 素直に思ったことを言うと、マコトは困ったように笑った。


「僕……吸血鬼だよ?」

「それが何?」

「タツキちゃんは普通の人間で、僕とは違うし、それに――」

「……それ、俺の家族のことわかってる上で言ってるのか?」


 人間と吸血鬼の間に生まれた身としては、そういうことを言われてもピンとこない。


「それは、そうだけど……」

「で?」


 俺はさらに尋ねた。


「そう言うってことは、断ったのか?」

「……ううん。タツキちゃん、すぐに帰っちゃって」


 そう言うとマコトは気まずそうに黙り込んだ。

 どうやら、答えを迷っているらしい。


「まぁ、別に断るからってどうこう言うつもりはないけど。吸血鬼だからとか人間だからとか、あんまり気にしすぎるのもどうかとは思うぞ」

「……でも、僕は」

「大丈夫だ」


 何か言いかけたマコトの言葉を遮った。その先に続く言葉は予想できたし、わざわざ言わせることでもない。


「……お前、明日もあるだろ。夜型の俺とは違うんだから、早く寝とけよ」


 それだけ言い残して、俺はマコトの部屋を出た。

 自分の部屋に入ると、明かりをつけずベッドに腰掛けた。夜目が効くので、基本明かりがなくても問題はない。節約ができるのはいいことだ。

 ふと、そこでルウに頼まれていたことを思い出して、携帯電話の電話帳から番号を呼び出して通話ボタンを押した。呼び出し音が鳴った後、相手が電話に出た。


『もしもーし』

「あぁ、ルウか」

『早かったね、家に来る時とは大違い』

「当たり前だ。日陰歩く必要がないからな」


 言うと、電話の向こうから笑い声がした。


『それで、聞いてくれた?』

「あぁ、タツキの奴ちゃんと言ったらしいぞ」

『おぉ、そっかータツキやるじゃん』

「喜んでばかりもいられない雰囲気だぞ」

『え?』


 俺は先程のマコトの様子を話してやった。電話の向こうのルウはしばらく黙っていた。話し終わってから俺も何も言わなかった。


『マコトさん、気にしてたの?』


 ぽつり、と電話の向こうから声が零れる。


「ん?」

『人間と吸血鬼って、そんなに気にするものかな?』

「俺たちにしてみれば、当たり前のことだからな。けど、あいつは違うからな」

『違うって?』

「……今から話すこと、俺から聞いたとか言い触らしたりすんなよ。あいつは、遺伝の吸血鬼じゃないんだ」

『え?』

「あいつの両親は普通の人間で、マコトも普通の人間だった。ある日突然吸血鬼になったんだ」

『どうして?』

「詳しいことはわからねぇ。あいつ本人も未だにわからないって言ってた」

『……そうなんだ』

「あいつに会ったのは、あいつの両親が死んだ時だ」

『……え?』


 ショックを受けたような声を聞いて、話すべきか迷った。


「吸血鬼にはな、衝動ってのがあんだよ」

『衝動?』

「突然血が欲しくて抑えられなくなる時があるんだ。腹が減るのと似てるかな。今は教会からの支援があるからいいけど、あの時のマコトには教会の保護がなかった。自分も知らないうちになったらしいから、教会も把握してなかったんだろうな」

『……血を、吸ったってこと?』

「あぁ、しかも自分の親のだ。さすがにそれで殺しちゃいないけど。吸血鬼になったって知られてからは、両親から随分酷い扱いを受けていたらしい」

『……』


 ルウが黙ってしまったが、続けた。


「あいつは、そのことをまだ引きずってる。無理もないけどな。だから、タツキのことも悩んでるんだろ」

『……マコトさん、断っちゃうのかな』

「それは本人にしか決めらんねぇよ。そもそも、タツキは知らないんだろ? 俺やあいつが吸血鬼だってこと」

『……うん』

「もし断らなかったとしても、そのことを隠すのは無理があるだろうしな」

『……そうだよね』

「お前はあんまり気負うなよ。タツキに何言ったかしらねぇけど」

『……うん、じゃあもう切るね』

「あぁ、早く寝ろよ」

『……おやすみ』


 沈んだ声の後に、通話の切れる音がした。しばらく通話が切られた携帯電話を見つめてため息をつく。

 ルウのことだ、何か思うところがあるのだろう。タツキが傷ついたらとか考えているのかもしれないな。

 ベッドに転がってそんなことを考えていると、ドアをノックされた。ドアが開いて、マコトが顔をのぞかせた。


「おぅ、どうした?」

「……あのさ、ちょっといい?」

「あぁ」


 ベッドの上で起き上がると、マコトは部屋に入ってきてベッドの端に座った。


「相談したいことがあるんだ」


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