子煩悩な父には困ります
バレンタインデー当日。
学校ではクラスの友達にお菓子を配ったりもらったりで、いつものバレンタインデーだった。放課後に友達からもらった大量のお菓子を家に置いてから、私はタツキの家に向かった。家族とマコトさん用に作ったお菓子は、前日にタツキの家で一緒に作って預かってもらっているのだ。
タツキの家は、タツキのお母さんの趣味で調理道具が揃っているので、お菓子を作る時はよくお邪魔する。タツキのお母さんは料理上手で、小さい頃からよく手作りのお菓子をもらったりしていた。
うちの母は、料理はうまいけどお菓子作りは苦手らしい。小さい頃からあまり馴染みがないとか。おやつ代わりに血を飲んでたらそうなるのも無理はないかもだけど。
インターホンを押すとすぐにタツキが顔を出した。タツキに促されて家に入ると、タツキはずっと落ち着かない様子だった。前日もそうだったけど、かなり緊張しているようでそわそわしっぱなしだ。
「タツキ。大丈夫だよ、そんな緊張しなくても」
「で、でもさ……その、おいしくなかったら悪いなって」
「味は私が保証する! タツキの作るお菓子はおいしいんだから、自信持っていいんだよ」
「……ありがとう、ルウ」
タツキは照れたように笑った。少し落ち着いたようだ。
「今日はお兄ちゃん借りていくね。マコトさんアパートに一人だと思うから、頑張ってちゃんと渡すんだよ」
「え、ルウは渡さないの?」
驚いて言うタツキに私は素知らぬ顔で答えた。
「私は明日の朝渡すから、タツキ頑張ってね!」
「え、ちょっと、一緒に行くんじゃないの?」
「二人で行ったらムードないじゃない」
「む、ムードって……私は別に」
「はいはいわかっておりますよーっと、それじゃそろそろ行くね。お菓子預かっててくれてありがとね。お邪魔しました!」
自分の分のお菓子を持って、そそくさとタツキの家を後にした。
「え、あ、ちょっと待……ルウってば!」
背後から聞こえるタツキの声を無視して、私はアパートに向かった。
まだ夕方には少し早い時間だが、兄はアパート前に立って待っていてくれた。帽子とサングラス装備なので、少し怪しい。
「お兄ちゃん、不審者みたいだよ」
「うっせぇな。日に当たると火傷すんだから仕方ねぇだろ」
ちゃっかり日陰に立っているあたり、太陽嫌いは相当だ。
「じゃあ、行こう。お母さんたち待ってるから」
「……日陰」
そう呟いて、兄は日陰に隠れるように歩き始めた。
兄が日中外を歩く時は、いつも日陰から日陰へ渡り歩いていくので普通に歩くよりも時間がかかる。おまけに怪しい。おかげで何度か不審者に間違われたこともあったそうだ。実際不審者とあまり変わりはない気がするけど。
そうして、普通に歩いていく倍の時間をかけて、なんとか人とすれ違うことなく家に辿り着いた。そういえば、兄が家に帰ってくるのは随分久しぶりな気がする。
「ただいまー」
家のドアを開けてそう言うと、奥からドタバタと騒がしい足音がこちらに向かってきた。危険を感じて咄嗟に兄を前に押し出す。
「おい、ルウ!」
兄に抵抗される前に、足音の主が姿を現した。
「息子よぉぉぉおお!」
足音の主はものすごい速さで兄に飛びついた。大人一人分の衝撃でもまったく揺らがなかった兄はさすが吸血鬼と言うべきか。
「会いたかったよー久しぶりだなー火傷してないか? こんな日の出てる時間に外にださせてごめんなー」
「このクソ親父離れろ! 気色悪ぃ!」
「うわぁー……」
さすがに私も少し引いた。
今兄に飛びついて頬ずりしているこの人こそが、私たちの父である。基本こんなテンションなので、兄が鬱陶しがるのもよくわかる。続いて母も玄関に出てきた。
「おかえりなさい。パパ、いつまでもイサメにくっついてないでいい加減離れなさいな」
「でもママー、せっかく久しぶりに帰って来たのに」
「いいから早く中に入りなさい。イサメ、体はどう?」
「……別になんともねぇよ」
兄は母から視線をそらして素っ気なく答えた。母はそれを聞くと微笑んで兄を中に招き入れる。
父は名残惜しそうにしょんぼりしていたけど、私の姿を目に入れた途端に笑顔になった。
「ルウ、ありがとうなーイサメ呼んでくれて」
すごく嬉しそうに父は私の頭を撫でた。
もう高校生なんだから、子供扱いはしないでほしいんだけど。
「別にいいけど、お父さんいい加減子離れしなよ。お兄ちゃんがかわいそうじゃん」
「え? なんで? こんなに愛を注いでるのに!」
注ぎ方に問題があると思う。
「もう、いいから入ろうよお父さん」
父の背中を押して家の中に押し込んだ。父は笑いながら、されるがままになっている。
「ハハハールウ、力強くなったなー」
「気のせいだよ」
「いやぁ、昔のママに似てるよー昔のママはねー」
そう惚気ながら父は幸せそうに笑っている。
本当にこの人は人生を謳歌しているなぁと常々思う。このまま惚気続けられてもこちらが疲れるので、タツキの家から持ってきたお菓子を押し付けた。
「はい、バレンタインのプレゼント」
「おー今年もくれるのかー! ありがとうルウ!」
心の底から嬉しそうに受け取った父は、小躍りしながら母の元へ行ってしまった。
本当に幸せそうで羨ましい。
そんな両親を遠目に見ながら、私の隣で兄はため息をついた。
「親父……相変わらずだな」
「でしょー毎日こんな感じなんだよ」
兄がうんざりしたように呟いたので同意する。ふと時計を見て、私はタツキのことを考えた。
「そろそろ渡しに行ったかなー」
「は?」
二人がうまくいけばいいな、なんて思いながら、私は怪訝そうにしている兄を小突く。
「……なにニヤニヤしてんだよ」
兄が不気味なものを見るような目をしたけど気にしなかった。