白の季節
お久しぶりとなります。間宮冬弥です。
前回の投稿が2011年なので約二年ぶりの投稿となります。
※前回は二次創作作品なので運営様より削除されています。
この作品で楽しんでいただければ幸いです。
それでは失礼します。
◆序章『始まりの空間』
「ううっ、キンチョーするぅ〜」
みなさん。はじめましてこんにちは。わたしは高校二年生の雪見凪紗です。
さて突然ですがわたしは今、かなりキンチョーしています。それはもう極限状態といってもいいです。
「あえて聞きますけど、帰っていいですか?」
「あえてなら聞かない。それと答えはダメ」
「ううっ……」
軽くあしらわれてしまった……
「自分から挑んでおいて帰るはないよ? 俺を巻き込んだんだからあきらめて戦って砕けろ」
「ううっ……」
イヤだな〜戦いたくないな〜でも、この人が言ったとおり自分から巻き込んでおいて帰るはないよね……
「よし、がんばろ!」
私も騎士道部だ! 剣の練習もしてきた。こんな形で実戦になったけどやれる。大丈夫!
「おっ、やる気になったな女子高生」
「はい、こうなったからにはがんばります」
砕けないようにと心で付け加えて。
「ううっ、やっぱりキンチョ〜するなぁ〜」
私の手に握られている白いアンブレイドを見る。この傘の形をした武器で私とこのひとは対戦相手と戦わないといけない。でも初めてのアンブレイドバトルもそうだけど、一番キンチョ〜してるのは今思いを寄せているこの人とふたりきりって事。
「……対戦相手が来たぞ」
「はい……」
「あまり詳しい説明が出来なくてごめん。とにかく俺が渡した『加速』と『停止』のマテリアルプレートは実践で慣れていって」
彼はホントに申し訳なさそうに声を上げる。ホントはこっちが悪いのに……
「気にしないでください。もともとは私がアンブレイドを初めてで知識もないのが悪いんだし謝るのはこっちです」
「ありがとう。そう言ってくれると気が休まるよ」
「はい」
色々話したけどやっぱりやさしいひとだ。これは確信。
「さっきも言ったけどアンブレイドは離したたらダメだから。そのアンブレイドは『回帰』のマテリアルプレートを付けてないからね」
「はい。大丈夫です」
アンブレイドの取っ手。あ、アンブレイドでは柄だっけ? に装着されているふたつの
マテリアルプレートを見る。
始まる。鏡の中で左右が反転したこの世界。なりゆき上で挑んだ初めての私の『アンブレイドバトル』が
◆序章『始まりの空間』 終
「う〜寒い〜」
寒いことを誰にでも言うわけでもないが呟てみる。冬の朝。陽が出始めに私は片道一時間かかるに高校に登校する。
いつもの紺のブレザーの制服に、中には学校指定のワイシャツに黒のセーター。そして紺のスカート。足には黒色のソックスに中に赤のネクタイ。長い髪をポニーテールに結いて最後に外は寒いのでロングマフラーで寒さ対策をする。
「じゃあ、お姉ちゃん。行ってきます」
「ああ、勉学に励んでこい」
この時間に優雅にコーヒーを飲みながらスマートフォンを操作しているお姉ちゃん。今日は午後出勤? 午後出勤なの? と思いながら時間がないので軽く挨拶をしてテーブルに置いておいたカバンを手に玄関で靴を履き家を出る。
直後、カバンにしまっておいた携帯音楽プレイヤーの『クォークマン』を手に取りイヤフォンを耳にはめ再生再生ボタンを押す。
「ん?」
再生ボタンを押しても音楽が再生されない。画面を見ると昨日停止ボタンを押したところで再生が中断している曲名が表示されている。
「う〜ん、壊れたかな? 最近ボタンの反応が鈍いし突然音が出なくなるし? なにこれ?」
充電は十分だし、イヤフォンはこのまえ断線したから変えたばかり。お姉ちゃんに見てもらったけど中の音楽ファイルが破損しているわけでもないし……
「やっぱり三年も使い続けてるからかな? そろそろ新しいプレイヤーにしようかな? あ、お金がないや」
そう、先立つものがない。月末のバイト代まで音楽なしでの登校になりそう……あ、でももう月末だ。キャッホ〜
とりあえず、この音楽が鳴らない『クォークマン』の再生方法は【あきらめずに
再生ボタンを押しまくる】押して押して押しまくれば
「おっ、キタ!」
音楽が再生されるのだ! やった!
「おし!」
再生された曲はお気に入りの曲を聴きながら駅へと徒歩で進むのだった。
「あ、また止まった……」
残念感に捕らわれたが負けずに再生ボタンを押しまくり徒歩を続けるのだった。
◆
「うう〜、うううう〜寒いぃ〜あと七分もあるぅ〜」
新京連線前川駅。六時四十五分着の京線沼妻行きの電車を待つ。だけど……待っている間の構内のプラットホームは寒い。寒すぎる! 電車を待っている間動くことができずに体が驚くほど冷えてしまう。う〜んこれって私の体質なのかな? 同じく電車を待つ人もコートのポケットに手を突っ込んだりスマートフォンを見たりして時間をつぶしている。私はというと軽く足踏みをしたり、左右に行ったりきたりで体が冷えるのを押さえてみたりして時間をつぶす。または暇つぶしにスマートフォンを見てもいいけどとにかく寒いので手が冷えて冷えてたまったもんじゃないから冬は見ない事にしている。
(今日もいるかな……)
この時間の電車この車両に乗ると同じ学校の友達がいるのとこの後の電車だと余裕を持って登校できないって理由があるけどもうひとつ理由がある。
『まもなく、京連妻沼行きの電車がまいります。白線の内側まで下がってお待ちください』
軽快なチャイムと共に機械のような声の女性のアナウンスが流れる。
(来た、『あのひと』いるかな……)
私の胸がドキドキと高鳴るのを感じる。徐々に近づく京連妻沼行きの電車。
時間も六時五十四分ぴったり。
そして、到着。ドアが開くと降りる数人を見送り待っていた人と共になだれ込むように車内に乗り込む。
(いた!)
私は自然を装い目的のそのひとの隣に立ちおもむろにクォークマンを取り出した。特に変える必要もないけど曲を変えた。
私がこの時間の電車、この車両に乗る本当の理由。
それは。
このひとに逢いたいから。
八月のこの電車で初めて見た時に私はこのひとに惚れてしまった。簡単に言えば
一目惚れだった。
ドア付近で吊り輪を握りしめ多分小説だろうを読んでいる二十代くらいの男の人。横目でチラチラとそのひとを見ながら電車に揺られている。耳の後ろからコードを通して耳穴に入れていて変わったイヤホンの付け方をしているってのが第一印象。その後からなにを読んでいるんだろう?何の曲を聞いているんだろう? どんな声をしているんだろう? 名前はなんていうんだろう? 彼女とかいるのかな? 彼女いないで欲しいな。なんて考えるようになっていった。そんな事を思いながら十二月。特に知り合うような仲にはなっておらず、いつもこんな感じであのひとは大勢の人と共に新妻沼の駅で降りてしまう。
たったの数分間だけどとても居心地のいい時間。わたしが一番好きな時間。
「おはよう、アイリーン」
「おはよう凪紗。それと、私の事をアイリーンって呼んでいいのはお兄ちゃんだけだからっていつも言ってるでしょ?」
新妻沼の駅で大勢の人が降りて乗ってくる人もいないのでその後の電車はガラガラ。ドアの横で車体に寄りかかっていて教科書を読んでいる同じ制服の友達にいつもの挨拶を交わす。そしていつものように返してくる友達。同じ電車の最後尾に乗っていて名前は『瀬尾・アイリーン・愛華』一年の時からの私の友達だ。
「いいじゃん。別に今に始まった事でもないでしょ?」
「まったく、あんたは。一年の時から言ってるのにぜんぜん聞かないんだから」
教科書をたたみ手に持ち私と視線を交わす。端正な顔立ち。さすが少しだけイギリスの血が混じっているだけはある。スタイルもいいし……出ているところは出ている……私の童顔、幼児体型とは大違いね。すこし悔しいし羨ましい。
「で、今日も相変わらず恋する乙女の顔をしていたわね」
「えっ? なに見てたの? ちょっ、恥ずかしいじゃん」
「まったく……今に始まったことじゃないでしょ?」
「そうだけどさ〜改めて言われると恥ずかしいじゃん?」
「なら恥ずかしがらないよう、告って正式に彼氏彼女の関係になればいいんじゃない?」
「ちょっ、彼氏彼女って何いってんのぉ!」
バンバンとアイリーンの肩をたたく。
「まだ知り合ってないんだよ? まだ、お友達の関係も始まってないんだよ? スタート
してないんだよ! 何いってんの〜」
さらに力強くアイリーンの肩をたたく!
「ちょっ! イタ、凪紗痛いって! もう!」
アイリーンは私のスキンシップを体いっぱい避けて拒否る。ひどい、ひどいよ。アイリーン
「でも、もう十二月なんだしそろそろ声くらいかけたら?」
「ん〜でもさ〜あのひと年上だしな〜」
「そう、年上がだめなら諦めたら?」
「イヤ、恋に年下とか年上なんて関係ないから」
「じゃあ、声くらいかけなさいよ」
「え〜でもさ〜」
「いたちごっこね。そんなんじゃいつまでたっても『隣で満足する』毎日ね」
「ん……」
確かにその通り。アイリーンの言ってることは正しい正論だ。だけど、自分からかける勇気なんてないし……同じ電車ってだけで声をかけるのはなんだか違う感じがするし……
『まもなくぅ〜終点京連妻沼〜京連妻沼〜お忘れ物などなさますようお降りください〜』
「なんかアクションを起こさないと何も変わらないよ。それが無理なら相手から起こしてもらうことを期待していなさい」
「善処します……」
曖昧な返事を返しアイリーンと私は床においたカバンを手に取り肩に掛ける。
「ところでアイリーン」
「なに?」
「学校に着いたら生物の宿題写させて」
アイリーンは呆れた顔で私を凝視していた。当の私はというと、苦笑いをするのが精一杯だった。
◆
「無理、無理、お願いだから! 写させて!」
「条件を呑むんだったら写させてあげる」
「ううっ……」
お昼休み。クラスメイトは各々食事や話をしながら楽しんでいるが今現在、私は楽しめていない。
「次の時間が生物なのは知ってるでしょ?」
「もちろん存知あげています」
「なら私が生物の宿題をやってきてないことも知ってるでしょ」
「それも存じています」
真っ白の生物のノートを広げアイリーンの目の前に広げる。
「あと四十分あるしがんばってやり遂げなさい」
「ううっ、どうしてもダメ?」
「何度も言ってるけど私が出した条件を呑めば今すぐにでも写させてあげる」
「ううっ……」
朝学校に着いて休み時間のたびにアイリーンに写させてと懇願しているがアイリーンは頑なに『条件を呑めば写させてあげる』を連呼して写させてくれない……ううっ……ひどい、ひどいよアイリーン
「……わかった……条件は飲めないけど今日の放課後にアイリーンが欲しがってたタンブラーをおごるよ」
「ん〜〜〜〜〜わかった、交渉成立」
逡巡の思考の後、アイリーンは生物のノートを私に差し出す。差し出されたノートを手に取り早速、綺麗にまとめられたノートを写す作業にはいる。
「でも、いいの? あのタンブラー千三百円だよ?」
痛い、この時期に千三百円は痛い! でも……あの条件は千三百円を払ってでも今の私では無理なのだ……
「だ、大丈夫……」
ノートを写す手が一瞬止まる。正直、大丈夫ではないんだけど……
「その顔は大丈夫って顔じゃないわね。わかった。半分の六百五十円だけでいいよ」
「ううっ、ありがとうアイリーン。半分は必ず出すよ」
優しい、優しいよアイリーン。放課後百円マムトおごっちゃう!
「ねぇ、私の条件ってそんなに無理なこと?」
「無理」
「食い入るように早い返事ね……朝のあの人に声をかけることがそんなに難しい?」
「私が衛宮騎士長に勝つくらい難しいよ」
「そ、そうなんだ……」
そう、アイリーンが出した宿題を写させる条件はあの人に声をかけること。
ちなみに衛宮騎士長っていうのは私が所属している騎士道部のキャプテンの衛宮火燐
センパイの事でとにかく強い! どう転んでも正直勝てる気がまったくしない!
これ絶対。
「じゃあ、放課後に校門のところで待ってから」
「あ、ごめん。今日騎士道部の騎士道学があるから少し遅れるよ」
「何時頃に終わるの?」
「騎士道学だけだら一時間くらいかな。外は寒いから教室で待っててもいいよ」
「うん、そうする」
「オッケ〜じゃあ、教室で」
その会話の間、私のノートを写す手は止まらない。なぜならば、あと二十五分で昼休みが終わってしまうからだ! まずいことこの上ない!
「凪紗、お昼食べないの?」
「見てよこの状況? 両手が塞がって食べられない」
「お腹すかない?」
「かなり減ってる」
「じゃあ、口開けて。食べさせてあげる」
アイリーンが自分のおかずのからあげを箸でつまみ口元に持ってくる。『はい、あ〜ん』の声と共に私の口も大きく広がる。『はい、あ〜ん』って口を開く魔法の言葉みたい。
「ありがとう」
口をもぐもぐとさせお礼を言う。もちろんその間はノートを写す手を止めていない。
その後、最終的にノートを写し終わったのは授業開始一分前。私は無事ノートを提出して事なき事を得たのだった。
◆
「お待たせ」
放課後の部活が終わり自分の教室に戻るとアイリーンが私の席に座って教科書を読んで待っていた。
「あれ? 意外と早かったわね」
「うん。今日は団長がこのあと大会の会議があるからって三十分で終わっちゃった」
ちなみに団長って言うのは顧問の事。騎士長って呼び方もそうだけど騎士道部はこう言った役職を特殊な呼び方で呼んでいる。顧問を団長。部長を騎士長。副部長を騎士副長、チームで練習するときにそのチームのまとめ役が隊長。で、特に役職がないものは隊員と呼ぶ。ちなみに私は『隊員』です。
「じゃあ、さっそく行こっか?」
「そうね」
靴を履き変えるため昇降口へと向かうのだった。
◆
「う〜ん。これもいいわね。あ、でもこっちの季節限定もいいかな? あ、この千葉県限定のもいいな。あ、でもこっちの雪の絵柄もいいかも」
タンブラーを買うためにJP妻沼駅パルモ一階にあるのコーヒーカフェ『スノーバックス』に来ていた。結構数がありアイリーンはどれを買おうか迷っていた。迷うのは構わないんだけど……
「ねぇ、まだ決まらない。もう十五分くらい悩んでるよ」
「私の買い物は悩むところから始まるのよ」
「なにそれ?」
きっぱりと言い放ったが用は商品がありすぎて決められないって
ことじゃないの……アイリーン
「ねぇ、ならこれがいいんじゃない?」
そういって私が提案したのは中の台紙が自分好みに変えられる『デザインユアタンブラー』中は二重構造になっていて台紙をいれて自分だけのタンブラーを演出できるスグレものだ。
「あ、これいいかも」
アイリーンがそのタンブラーを手に取り考え込んでしまった……う〜ん。まだかかりそう。
「あれ? 今日はシフト入ってたっけ?」
私の声をかけたのは店長代理の『雨宮紫』さん。何を隠そう私はここでバイトをしているのだ。でも……週二くらいしか入れないけど……
「いえ今日は入ってないです。友達がタンブラーを買うのでその付き添いです」
「あ、そうなんだ。じゃあ、少しまけちゃおうかな?」
「ぜひお願いします!」
紫さんに懇願するように頼み込むそんな私。安くできるならしない手はない!
「わかった、わかった。三百円引きしてあげるから会計するときは声をかけてね」
「はい、ありがとうございます」
「それと、店内ではお静かに」
「あっ、すみません」
割引がうれしくてつい声が大きくなってしまった。働かせてもらっている身だからお店に迷惑をかけないようにしないとね。
「アイリーン三百円引きが決まったよ。そっちは決まった」
「凪紗。わたしこれにする」
手に持ったタンブラーを見せてくる。それが私が勧めたデザインユアタンブラーだった。うん。うん。それはとてもいいものだよ。個性が引き立つし。
「あれ? ねぇこれも中の紙を変えれるタイプ?」
(む。気づいたか……さすがはアイリーン)
アイリーンが目を付けたのは同じタイプのデザインユアタンブラーなのだがこちらのタンブラーはステンレス製。私が勧めたのはプラスチック製でこう言っては失礼なのだけど見た目が少々安っぽい。さらに言えばプラスチック製なのであまり値がはらない。
「あっ、こっちはステンレス製なのね。同じデザタンならこっちにしょうかな? 保温性も優れてそうだし」
(なんてこったい。もう『デザタン』って略してる! これは買う気満々、買う気満々ですよ、これぇ!)
私は即座に紫さんに『私も半分払わないといけないので千円くらい負けられませか』簡潔に事情を説明し、値引き交渉。
「あ〜無理。あれ新製品だから基本無理」
「ううっ、そこをなんとか」
「無理は無理」
「ううっ、アイリーンそれは高いからやめて……それにアイリーンにはそのタンブラー大きすぎると思うよ」
紫さんとの交渉があっと言う間に決裂して今度はアイリーンに泣き出しそうな声で商品変更の相談を持ちかける
「いいや。これはとてもいいものよ。大は小を兼ねるって言葉もあるしわたしはこれに決めた」
「マジでか……」
アイリーンはそのタンブラーを持ってレジカウンターへと向かってしまった。私は覚悟を決めてサイフをポケットから取り出す。
(二千六百円だから千三百円か……)
サイフから千円札と硬貨の二枚を取り出した。
「凪紗は六百円だけでいいよ。最初は千三百円って話だったし」
「ううん。必ず半分出すっていったし、千三百円出すよ」
「でも、いいの? バイトの給料まであと少しあるんでしょ?」
「そうだけど、いつもノートを見せてもらってるし半分出すってアイリーンとの約束だから」
サイフから千三百円を出し、縦長のおしゃれなコイントレイに差し出す。
「ありがとう。凪紗」
「いいって」
アイリーンも残りの千三百円をコインストッパーに置いて計二千六百円ちょうど。お会計をすませ紫さんから『タンブラー買うとコーヒー無料券つくけど今使う?』と尋ねられたがアイリーンは『今度使います』と返し、コーヒー一杯無料券を受け取る。
「はい。凪紗」
「へっ?」
突然渡されたコーヒー無料券を手に自分でも思わずすっとんきょうな声を上げてしまった。
「今日買い物付き合ってくれたお礼とお金を半分出してくれたお礼」
「いいの?」
「うん。受け取って」
「ありがとう」
ありがたく頂いた無料券をサイフにしまい私とアイリーンは帰宅の路につくため新京連線・新妻沼に向かうのだっうた。
◆
「いないと思うわよ」
「えっ? なにが?」
電車を待つ間せわしなくキョロキョロを辺りと見渡している私に向かいアイリーンが諭すように語りかけてくる。
「凪紗の思い人。いままで一度だっていたことないでしょ?」
「そうだけどさ」
「端から見たらキョどってるとしか見えないわよ」
「そ、そう?」
「そう。挙動不審者でストーカー候補生。だいたい凪紗はあのひとがいつ帰ってきてるかわからないんでしょ? なら探すだけ無駄。乗ってくる時間がわかってる朝の電車で会う方が出会う確率は高いわよ」
「そうだけど、アイリーンも恋をしたら私の気持ちがわかるよ。いついかなる時でも好きな人には会いたいんだよ」
「ふぅ〜ん。そんなものなの?」
「そうだよ」
一通り辺りを見渡しあのひとがいないことを確認すると同時に松裸行きの電車到着アナウンスが流れた。
「バイバイ。アイリーン」
「うん、また明日ね」
数分後に前橋駅に着きアイリーンと分かれた私は姉の待つ家へと帰宅するのだった。
「明日も会えるといいな……」
期待に胸を踊らせつつ私は帰宅のするのだった。
「う〜ん、どうせならなんか高い物でも飲もうかな。グランデサイズで」
部屋でベッドに横になりながらアイリーンからもらったコーヒー無料券。をみつめる。
正式名称はたしか『コミューターなんとかクーポン』だっかな? を無料券をみつめつつ考える。
「あのひととコーヒー飲めたいな……」
今の私では叶うことのない願い。儚いほど脆く届くことのない思い。
「アクションを起こさないと何も起きない」
アイリーンに言われた事を頭の中で反復している。残響のように頭で鳴り響く。
「勇気をもたないと……一歩踏み出さないと何も変わらない」
八月の一目惚れから思い続けている想い。でも怖い。否定されたらどうしょうとか、イヤな思いさせてたらどうしようとか、もし、電車車両を変えられたらどうしようとか。乗る電車の車両を変えられたらどうしょうとか、そんな思いが駆け巡り最終的には『今の距離が一番いい』に落ち着いてしまう。
考えている内に眠気が押し寄せる。そのまま無料券を持って眠りに落ちていった。
◆
「ううぅ〜ううっううう〜寒いぃ〜あと七分もあるぅ〜」
今日の朝もいつもの紺のブレザーの制服に、中には学校指定のワイシャツに黒のセーター。そして紺のスカート。足には黒色のソックスに中に赤のネクタイ。長い髪をポニーテールに結いて最後に外は寒いのでロングマフラーで寒さ対策して壊れかけのクォークマンで音楽を聴きながら六時四十五分着の京線沼妻行きの電車を待つ。
まもなく、京連妻沼行きの電車がまいります。
白線の内側まで下がってお待ちください。
変わらない機械のような女性のアナウンス。
(いるかな……)
到着した電車から人が降りていくのを見送り電車に流れ込む。
(あれ? いない……)
キョドらないように目線だけチラチラと見渡すがいつもの場所にあのひとはいない。
(今日は……いない日か……)
日曜日以外の週に一日か二日、あのひとが乗っていない時がある。一本はやく乗っているのか遅く乗っているのか? それとも別の車両に乗っているのかわからないがあの人がいない時の私の落胆ぶりったらアイリーン曰く『世界が滅亡するような顔』らしい。
(さみしいな……)
胸中で思う。本当にさみしい。今日一日私のテンションは半分に激減しちゃうよ……
新妻沼に到着し、人が大量に降りた後にアイリーンに声を『おはよう』と声をかける。
「……昨日は希望に満ちていたけど今日は絶望の淵に落とされたような表情ね」
「そう?」
「そう。今にでも泣きそうな感じよあんた」
「正直、泣き出したい」
きっと私の顔は淀んでいて目には涙がたまっているのだろう。
「そんな思いをするなら毎回言ってるけど声かけたら?この際彼氏彼女の関係は後回しで
知り合うだけ知り合ったら?」
「……」
答えられなかった。声をかけて知り合うだけ知り合いたいけど、私の中で踏み切れない。勇気が沸かない……勇気が絞り出せないよ……
「……今のあんたは『メルト』状態ね、ううん違うか『その一秒スローモーション』かな?」
「えっ、めると? そのいちびょうなに?」
「なんでもない。せいぜい『はじめての恋が終わるとき』にはならないでね。なんにせよ凪紗のタイミングでいいよ。でも何かを起こさないとなにも起きないよ」
昨日と同じセリフ。わかってるよ、わかってるんだよ……アイリーン。何かを起こさないと……
「学校着くまでに気持ち、切り替えなさい」
「ん、わかった。ありがとう。私がんばる。自分のタイミングで。ところで恋が終わるときなんて不吉な事言わないでよ」
「ごめん。ごめん」
「もう……」
頬を膨らませ怒ってますよと表現する。でもホントは怒ってない。アイリーンだって本気では言ってない。親友だからわかる。
◆
最後尾窓際の席である私は授業中によく空を見る。特に数学の授業中はよく空を見上げる事が多い。なぜなら数学が嫌いだから。前の席のアイリーンまじめだからきっとしっかりと授業内容をノートに書きまとめているんだろうな。
アイリーンから視線をはずし再び空を見上げる。見上げて思うのは朝会うあのひとの事。思っていてもしょうがない事はわかっている。一応知り合う方法は色々と考えている。思い切って声をかける。手紙を渡す。わざと物を落として拾ってもらいその拍子に声をかける。いつも音楽を聴いているのでなにを聞いているんですかと聞く。同じようになにを読んでいるんですかと聞く。その他諸々。でもそれにはまず話しかけないといけない。しかもあの人は音楽を聴いていてイヤホンで耳が塞がっているのである程度大きな声で話しかけないと聞こえない可能性が大きい。
「ハードルが高いよ」
空に向かって呟く。胸にぽっかり穴がと空いたような感覚。あの人と会えないだけでこんなにも胸が苦しい。
「雪見さん。雪見さん」
冬の空はとても青くて、澄んでいて青の天井がどこまでも続いているよう。でも私のココロは淀んでいる。
「雪見さん。雪見さん」
空が私を呼んでいる。吸い込まれそうな青に。
「雪見さん。先生が呼んでるよ」
隣の席のショートカットが似合う東山さんが小声で私の腕をつつく。ちなみに東山さんは【ひがしやま】とは読まず【とうやま】と読む。これ大事です。
「えっ?」
「秋穂先生が呼んでるって」
「えっ?」
私は先生の方へと向くと『雪見さん。この式の答えを述べてください』と
おっしゃってきた。
「へっ?」
秋穂先生の話をさっぱりすっかりと聞いていなかった。耳にははいっていたけど反対側の耳から先生の言葉がこぼれ落ちていた。
「この式の解は?」
秋穂先生の顔は笑顔だが目が笑っていない。きっと授業を聞いていないことを見透かされてしまったのだろう。ただでさえテストの数学が悪いのでこれは反省しないと……
「えっと……」
立ち上がり、教科書をペラペラとめくるが答えなど載っている訳がない。
その時前の席のアイリーンがノートを先生から隠すように見せてきた。
「え〜、マイナス6です」
「正解……まぁいいでしょう。座って」
心中でふぅ〜と胸をなで下ろし席に着いたとたんに『次は自分で解答を導こうね』と
付け加えられてしまった。
ううっ……さすがは弓道部顧問侮れないよ……
秋穂先生は教科書のページをめくり黒板に新しい式を書き出す。その時を見計らって、アイリーンに小声で『答えありがとう』をお礼を述べると手を振り答えてくれた。
感謝してるよ。アイリーン、愛している! でも本命はあのひとだからね!
◆
「ねぇ、瀬尾さんと雪見さん。二人ともこの後の放課後って空いてる?」
「ちょっとだけ私たちの用事に付き合えないかな?」
お昼休みにアイリーンとお弁当を食べていた時にそう声をかけてきたのは同じクラスの
セミロングがまぶしい『悠木翠』さんと『東山奈瑠』さん。ちなみに東山さんはさっき数学の授業で秋穂先生に呼ばれていた事を教えてくれた子だ。
「えっと、放課後は騎士道部とバイトも今日はないからアイリーンと帰るけど」
「私も放課後は学年委員長会議はないから凪紗と帰るけど」
「じゃあ、放課後ちょっと付き合ってよ。奈瑠、あんたの部長に連絡お願い」
と、悠木さん。
「オッケイ」
そう返答してスマートフォンと取り出し電話をかける東山さん。……わたしたちまだ付き合うって言ってないけど……なんか進行している?
「ねぇ、用事はなに?」
アイリーンが問う。
「コス会とゲー研の部長がふたりに用があるって」
「コスプレ同好会とゲーム研究会が私たちに何のようなの?」
アイリーンがふたりに問いつめる。ううっ、なんかイヤな予感がするなぁ……
「それはね瀬尾さんと雪見さん。あなたたちは『含んでいる』の」
と、東山さんが答える。含んでいる? なにが?
「含んでいるって? なにが?」
アイリーンが怪訝な表情でわたしの思っていた疑問を口に乗せる。
「その解は私がお聞かせしてあげるわ」
女の子の声が聞こえたと同時にガラガラと大きな音を立てて教室の引き戸が開かれる。
「雪見凪紗、瀬尾・アイリーン・愛華。君たちは含んでいる」
空け放たれた扉の向こうで男性の声が耳に入る。
「えっと……」
わたしはその二人のたち振る舞いをみて『えっと……』と答えるのがやっとだった。
右の手のひらで顔を覆い腰をグニャリと曲げ左手をその腰に当てている奇妙なポーズで立っているゴスロリ衣装風に改造した制服を着ている女生徒。っていうか。あの制服は校則違反じゃない? それとこれも同じく、両手を後頭部に回し腰を無理な方向に曲げている
奇妙なポーズと取っているなぜか白衣を着た男子生徒。
なんかドドドドドやゴゴゴゴゴとか、バァ〜ンって奇妙な擬音が聞こえてきそう。
「初めまして、お昼時に失礼。私はコスプレ同好会の部長をしている二年B組の田村ゆりなと申します。以後お見知りおきを」
「俺はゲーム研究会の部長をしている同じく二年B組の杉田智成。昼時の来訪失礼する」
「「はぁ」」
わたしとアイリーンはよくわからないがとりあえず『はぁ』と同時に言った。あっ、これってハモり? 恥ずかしい。
「東山、連絡ありがとう。ふむ、報告通り『含んで』いる」
「ええ、これはかなり『含んで』いるわ」
二人は奇妙なポーズを崩さないまま私たちをなめ回すように視線を上から下、下から上へと動かす。
う〜ん、B組っておかしな人が多いのかな? B組の新生徒会長兼学級委員長もすこし変わった人だってアイリーンも言ってたしなぁ〜
「ふたりの身長から体格、髪の長さまでどれをとっても精巧。まるで飛び出して来たみたいね」
「ああ、飛び出しているぞ、コス会よ」
まったく状況と言っている意味がわからない。ただひとつ言えるのはわたしのイヤな予感は的中したと言うことだ。
「ねぇ、ゲー研。私このふたりが欲しいわ。今回の件は私たちコス会に一任してくれないかしら」
「奇遇だな。俺もこのふたりが欲しいと思っていたところだ」
「私たちに一任して下されば代わりにあなたたちの作品を委託という形で私たちのスペースで販売させていただくわ」
「いらぬ世話だ。そっちこそ我らに一任してくれれば俺たちの作品の衣装デザインをさせてやろう。毎回毎回ゲームを作るたびにこのキャラの衣装がダサいなどと言っているからちょうどいいだろう」
「いいお誘いね。ええとても魅力的でいいお誘いよ。杉田智成。でもお断り」
逡巡の後、ゴスロリ生徒の田村さんがそういいのけた。
「ほう、よく『だが』を付けなかったな」
「見くびらないで杉田。この場面で使う言葉ではないわ」
「ふっ、わかっているではないか」
「あなたこそ」
ふたりはひとつ頷き奇妙なポーズを解除してなぜか握手をした。
……っていうかなんで握手?
「あのふたりが欲しいと言う、この意志は砕けない。そう、【ダイヤモンドは砕けない】ですわ」
「そのダイヤモンドの意志、【黄金の風】で吹き飛ばしてやる」
「あら、どう吹き飛ばすのかしら」
「どちらがこのふたりにふさわしいかこいつで決めよう」
そういって杉田くんが取り出したのはたぶん携帯ゲーム機だと思う。テレビのCMで見たことある形だし。
「格ゲーですか? な、なんとCABGOM VS SFK 3! すばらしい。すばらしいチョイスです」
田村さんもどこからか杉田くんと同じ型の携帯ゲーム機を取り出す。
「私の【戦闘潮流】をお見せしますわ」
「その流れ【ファントムブラッド】で真っ赤に染めてやろう」
「見えない血で染めても何も見えませんわよ。そんな見えない血なんて【ストーンオーシャン】で埋め尽くしてさしあげます」
「ならばその海を【スティール・ボール・ラン】で疾走してくれる!」
「疾走? 疾走なんて山吹色の波紋だけで十分です」
なんか……盛り上がってるけど私たちが取り残されている事この上ないんですけど……
それになんか私たちの事が欲しいとか言ってなかった? 田村さんたち?
「ねぇ、アイリーン。無視してお弁当食べてよっ……か?」
見ていてもおなかは膨れないのでとりあえずお弁当の続きを食べようとアイリーンへと振り向く。
「なぜ、【スターダストクルセイダース】が出てこないの?」
「……えっと、アイリーンさん?」
振り向いた先のアイリーンを見るとなぜか立ち上がってたアイリーンが田村さんと同じような奇妙なポーズを取っていた。
「あっ? えっ? な、凪紗? えっ? なに。凪紗」
「あの、なんかあっちはあっちで盛り上がってるからお弁当を食べようって事だけど……」
「そ、そうね。た、食べよっか」
しろもどもろのアイリーン。奇妙なポーズをほどき席に着きそそくさとフォークを持ち『じゃ、食べよっか』と。口からこぼれる。
「東山」
「悠木」
「「はい」」
ゲーム中の田村さんと杉田くんが二人の名前を呼ぶ。呼ばれた事の意味を理解していたふたりが隣の机を動かし私たちの机と合体させる。
「な、なに?」
と、私。
「こめんね。時間はとらせないから。」
と、悠木さん。
「どうする、アイリーン?」
困った顔でアイリーンを見る。
「ちょうどいいから聞きたいんだけど、私たちが『欲しい』ってどういう事?」
アイリーンが悠木さんを睨みやりながら問う。
うん、それも私も疑問に思う。まぁ、その他に『含んでいる』とか『飛び出している』とか意味が分からない単語があるけど一番気になっているのはこの『欲しい』って単語だ。
「それはね。ふたりには冬の聖戦で売り子として欲しくて協力してもらいたいの」
「売り子?」
売り子? 売り子って事はその『聖戦』とやらで何かを販売するって事? 何を売るの?
「冬の聖戦って事は、こみバってことでいいの?」
アイリーンが言うと悠木さんが少し驚いた顔で『へぇ、学級委員長ともあろうひとがこみバを知ってるんだ?』とアイリーンに投げかけた。
「ねぇ、東山さん。こみバってなに?」
わたしはたまらず東山さんに謎の単語の『こみバ』について訊ねてみた。
「こみバって言うのはね。こみっくヴァーミリオンの略で夏と冬に行われる大きな同人誌即売会の事だよ。夏は終わったから今回は冬の即売会」
「どーじんしそくばいかい?」
即売会はなんとなくわかるけどどーじんしってなんだろう?
「えっと、ごめんねどーじんしってなに?」
「あっ、そこからなんだ。残念だな含んでいるのに」
東山さんは心底残念そうに言った。ん? また出たよ『含んでいる』って単語。
「簡単に言うとね同人誌って好きなアニメやゲームを自分で描いてマンガにするってこと」
「えっ、自分で描くの?」
「うん。そうだよ」
「それって、プロの漫画家さんってことなの」
「プロもいるけどほとんどプロ志望かアマチュアのひと。だから、印刷の手配もその印刷代も自分で出費するんだよ」
「へぇ〜」
感心していると、『つまり、コス会とゲー研のどちらかのスペースでコスプレをした私たちが売り子をしてくれって事』と、アイリーンの怒気の含んだ声が耳に入る。
ん? コスプレ……? 私たち? えっ?
「もちろん、ただでとは言わないよ。年末に来てくれるんだからささやかだけどお礼も用意する。それはコス会、ゲー研究同様。お願い。話だけでも聞いて」
えっ、なに年末に開催するの、そのこみバって? 年の瀬に? なんで?
「……売り子に関しては凪紗が行くなら私も行く。こみバには一度行ってみたいと思ってたし」
「へっ?」
ちょっ? アイリーンさん? 今私がいいなら行くっていった? えっ?
「でも、コスプレはイヤ。なんか恥ずかしいし……」
「ごめん。コスプレするしないは私じゃ決められないの。一度ゆりなに聞いてみないと……それにもうコスプレの制作は終わっててサイズの確認がしたいの。そうじゃないと細かい調整ができない」
「でも、コスプレは……こみバには凪紗と行くからカンベンしてくれないかしら?」
「こればっかりは一度ゆりなに聞いてみないとわからない……ごめんね」
あれ? なにこの流れ。なんかもう行くみたいな感じになってんじゃないの。これ?
「ちょっ、私行くなんて!」
「あなたは行くのよ、雪見凪紗」
後ろから響く突然の声。振り返ると田村さんが腰に手を当ててこちらを見ていた。
「どうだった? ゆりな」
悠木さんがアイリーンとの話をそらし、田村さんに声をかける。
「バッチリよ。完全なる勝利。そう、まるでエイジャの赤石をはめ込んだ石仮面のように
完全。究極生命体のごときの勝利だったわ! それと私の事は部長と呼びなさい」
ふと、杉田くんを見ると、ゲーム機を持ったまま放心状態でうなだれていた。
「部長ぉ〜しっかりしてよぉ〜!」
「東山……俺は再起不能だ」
「雪見凪紗、瀬尾・アイリーン・愛華。放課後に私たちコス会の部室に来なさい。」
介抱する東山さんを後目に田村さんは話を続けていく。
「だからわたしはこみバって即売会には行くとは言ってないんですけど? それに騎士道部の練習があるからいけません!」
きっぱりはっきり言い切った。でも、たぶん騎士道部の練習なんてない。だって年末だもん!
「凪紗、ここは行くべきよ!」
「あれ!? なんで?! なにアイリーンさん行く気満々なの? なんでコス会サイドに回ってんのぉ!?」
「雪見凪紗。その件に関してはすでに衛宮センパイから確認済み。承諾済み。センパイは快くあなたの貸し出しを許可してくれたわ! それに騎士道部の練習なんてない! だって年末だもの!」
……っ! そうだよね。年末だもん! 練習なんてあるわけないか! あはは!
「さぁ、あらためて言うわ。放課後部室へ来なさい。そしてコスを着なさい」
「ううっ……」
コスプレかぁ〜テレビで見たことあるけど看護士さんとかフライトアテンダントとかの格好をするんだよね〜でも、田村さんに私たちにどんな格好をさせられんだろう……? もう不安しかこみ上げてこないよ……
◆
「そう言うことなので、明日は間違えないようにしてください。ではこれでホームルームを終わります」
「起立、気を付け、礼」
「ありがとうございました」
そんなこんなで放課後。担任の秋穂先生の締めの言葉で学級委員長のアイリーンが号令をかけ、一斉に全員の声があふれる。
「ねぇ、アイリーンこのまま帰らない?」
「それは無理じゃない。ほら後ろ」
アイリーンが私の後ろを指さし振り向く。
「じゃあ、行こっか。雪見さん、瀬尾さん」
「楽しみだね。翠」
そこにはニコニコした悠木さんが立っていた。そしてなぜかゲー研の東山さんもニコニコして居た。
「ううっ……」
覚悟を決めて私たち四人は教室を後にした。
◆
「私は麻子に好意抱いているわ。あなたは私の事をどう思っているのかしら?」
「大嫌いです」
「素敵よ。その敵対心むき出しの笑顔。やはり副会長にあなたを選んで正解だったわ麻子」
「千佳。私を名前で呼ぶのやめてくれない? 虫酸が走るので」
「生徒会には麻子のように私に敵意を持っている人材がいないといけない。まわりがすべて私に陶酔し、イエスしか言わない人間ではだめ。ノーと言える麻子が必要なの」
「話を聞いていますか? 蹴りますよ?」
「私の好きなマンガにめたもボックスというマンガがあるわ」
「聞いていませんし聞きたくないんだけど?」
「そうよ。やはり麻子は私に敵対心を持っていなくてダメもう一度聞くわ。
あなたは私の事をどう思っているのかしら」
「もう死にたいほど大嫌いです」
「それでいいわ。もっと私を嫌いなさい」
「副会長をやめていいですか? もう千佳といたくないんだけど?」
「私が会長を辞した時。麻子が副会長を辞する時よ」
「今、辞めたいんだけど?」
「さすが私の幼なじみね。スキがなく好きよ」
「帰っていい?」
「待って、最後にもう一度聞くわ。麻子に好意をもっている私の事をどう思っているのかしら?」
「大嫌いです。もう殺したいほど」
「素敵な笑顔よ麻子。そしてすごくいい殺意。これでもっとこの学校が良くなるわ。さぁ殺したいほどの私に各学年の報告を」
「はい報告書。どうぞご自分で勝手に読んで下さい」
「ダメよ。私は麻子の声で報告が聞きたいのよ。さぁ、この私に、大嫌いで殺したいほどの私に麻子の声を聞かせてちょうだい」
「気持ち悪いんだけど……」
「どうしたの? あなたのその口は私に『大嫌い』としか発せられない単機能しか持ち合わせていないのかしら? さぁ声を私に」
「……えっと、一年生が昇降口の掲示板が見にくいって報告を受けてま〜す」
「昇降口……わかったわ。ではこれから視察に行くわ。麻子ついてらっしゃい」
「私はこのまま帰りますのでひとりで行って下さい」
「すごくいいわ麻子。ずっとそのまま私を嫌ってそばに居て欲しい」
「気持ち悪い……って、ちょっ、私に触らないでよ! やっ! か、髪に触らないで!」
「……(仲良いの? 悪いの?)」
と、私は心底思った。
コス会の部室に行く途中で東山さんと悠木さんがトイレに行きたいって事なのでトイレの外の廊下で待っていると廊下で話している新生徒会長と新副会長の話が聞こえてきてしまった。副会長が『帰る』や『大嫌い』とか『離して』と連呼していると生徒会長は『素敵よ麻子。その敵意忘れてはダメよ』と言いながら副会長の腕をひっぱり昇降口へとたぶん向かっていった。その間の副会長は『触らないで! 離して!』と繰り返し。そう何度も繰り返し連呼していた。うん。確かにすこし変わった人だな新しい生徒会長は。
「……あの生徒会長と副会長でうちの高校大丈夫なのかな?」
「……その意見は私も大が付くほど賛成よ」
アイリーンと私は目を合わせこれからのこの学校の事を憂いていたのだった。
「おまたせ〜って、どうしたの? なんか悲しい顔してるけど?」
トイレから出てきた東山さんと悠木さんが私たちの顔を見て開口一番そう言葉を浴びせてきた。
「ちょっと、この学校の今後を憂いてみたの」
「私も同じく」
「どういうこと?」
東山さんと悠木さんがお互いの顔を見合わせ疑問符を私たちふたりに投げかけてきたが私とアイリーンは『『はぁ』』とため息で返答したのだった。
そんな私たちを見て東山さんと悠木さんはさらに『?』と困惑している顔を浮かべていた。
◆
「ウェルカム トゥ コスプレ同好会」
引き戸あけた先の部室で待っていたのは昼休みと同じく奇妙な立ちポーズで待っていた田村さん。
「えっと、あっ、ここが来たくなる部室デスか! っと。ゆり……っじゃなくて、部長ふたりを連れてきました。どうします? コスの用意できているなら更衣室に行きます?」
「ふたつの意味でありがとう翠。そうね用意は出来ているからさっそく更衣室へ行きましょう」
「更衣室? ここじゃないの?」
私がそう聞くと田村さんは『ここで着替える気なのかしら?』と口に乗せる。
「確かに……ここじゃ無理ね」
アイリーンが部室を見渡し言う。それに習い私も部室を一通り見てみる。なるほど、窓は大きいし外からも丸見え。一応カーテンがあるけど心許ない。
「納得です」
「では、参りましょう」
奇妙なポーズをほどき私たちが入ってきた引き戸から出ていく田村さん。その後ろ姿はなぜかわからないが自信に満ち満ちていた。
◆
「じゃあ、ふたりともこの服を着てね」
女子更衣室に到着後早々悠木さんから渡されたのは白を基調としたどこかの学校の制服っぽい洋服だった。見た感じ普通のかわいい洋服だけど……
「短い……」
「短いわね……」
そう。スカートが短い! ミニスカだよ、ミニスカ! 私の来ている制服のスカートより一回り短いミニスカ!……
アイリーンもその短さに絶句している。お昼休みの『ここは行くべきと!』と、言ったアイリーンの姿は影を潜めてしまったらしい。
「……」
ううっ、田村さんが無言でこっちを見ている。しかもあの奇妙なポーズで見てるゥゥゥゥ~
「はぁ~」
私は覚悟を決めてため息をついて着ている学校指定の制服のブレザーを脱ぐ。
アイリーンも私の行動に習い覚悟を決めて制服を脱ぎ出す。
ううっ、見れば見るほど短いなぁ〜このスカート
◆
「ううっ、スカートを履くとなんかさらに短く感じる……」
「そうね。なんか下がスースーして寒いわ……」
「グッド、素晴らしい! 素晴らしいわ雪見さん、瀬尾さん! 含んでいるヒトはやはり違う!」
着替え終わり短いスカートを押さている私たちふたりを見て田村さんが親指を立てて賛辞を称えてきた。
「ああ、なんて事なの……本当に飛び出てきたみたい」
田村さんの自分を抱きしめて体が震え打ちひしがれている。なんか……目が怖いよ……田村さん。
「ほんとにすごい……」
「ほんとそっくり……」
と、悠木さんと東山さん。で、そっくり? 何に? その時アイリーンが『これはなんのコスプレなの』の問いを私たちに見とれている三人に投げかける。
「あ、そっか。言ってなかったね」
一足先に我に返った悠木さんがスマートフォンの液晶パネルに映し出されている人物を私たちに見せてくる。
「これって、アイリーン?」
「これって、凪紗?」
「ね、そっくりでしょ?」
スマートフォンに写っているのは私たちが着ている制服を纏っているアニメのキャラだろうか? にっこりと笑っている。
「どう、二人はこの前発売されたPS3のゲームの『まゆきのシンフォニック』ってゲームのキャラクターにそっくりなの」
「ちなみにこの雪見さんに似ているキャラが『犬上紗凪』でこっちの瀬尾さんに似ているキャラが『瀬乃愛姫』ね。ホントそっくりだよ。ふたりとも」
「「はぁ」」
悠木さんと東山さんがとてもテンションがあがっているらしくこのゲームのすばらしさを語っているが私はさっぱりわからない。だからぽか〜んとしている。隣のアイリーンも口をあけぽか〜んとしていた。ぷっ、ちょっとおもしろい顔してるよアイリーン。
「でね。このふたりは主人公の男の子に恋してるんだけどね、主人公は紗凪のセンパイと付き合っちゃてね、雨の中失恋したふたりが泣くシーンが私はすごくお気に入りなの!」
「「はぁ」」
悠木さんのこのゲームに対する熱い情熱はまだ止まらないらしい。さらにテンションがあがっているのが手に取るようにわかる。ううっ……長くなりそうだな〜
「悠木、その辺で情熱を語るのはお終いにしなさい」
「え〜、まだ語らせてよ〜 ゆりな〜」
いいよ、田村さん。部長の権限でその情熱を止めて! 止めてください!
「それに、そのふたりはまだ完璧じゃない。犬上紗凪と瀬乃愛姫にはなっていない。さぁ、悠木、東山。最後に仕上げを」
田村さんは仰々しく手を大きく振り大きな声でふたりに指示を出す
「えっ、完璧に含んでいるじゃない。まだなにか足りない?」
「ええ、足りないわ悠木、東山。そう最後のパーツがね」
田村さんは中指でかけてもいないメガネをくいっとあげるしぐさをする。
メガネかけてないよね?
「何が足りないの?」
「分からない? よく見なさい」
「よく見なさいって……あっ!」
「足りない部分……そうか!」
悠木さんと東山さんが何かに気づいたらしくスマートフォンを見る。たぶんさっき私に見せてくれたあの画像だろう。
「な、なんて事なの……見落としていた。瀬尾さん。雪見さんちょっと座って。奈瑠手伝って」
「わかった。確かに見落としていたね」
「へっ」
そう言って東山さんと悠木さん私たちの肩をぐいっと下に押して更衣室に設置されているベンチに座らせる。
「雪見さんはすでにポニーテールだったから気づかなかった……」
「瀬尾さんもすでに似たような髪型だったから気づかなかったね」
「気づいたようね。悠木。東山。ではこれを使いなさい」
田村さんが何かを投げる。それを受け取った悠木さんと東山さんが目線をあわせ、ひとつ頷く。
「瀬尾さん。ちょっと髪いじらせてね。それとこのリボン付けるね」
「えっ」
「雪見さん。ちょっと髪に編み込み入れるね。それとこのリボン付けるから」
「えっ」
東山さんと悠木さんはどこからクシを取り出し、私の髪を流し始める。
「雪見さんの髪ってすごくサラサラで綺麗だね」
「そ、そう」
えへへ、髪を褒められるのは嬉しいな。あのひとも私の髪を『綺麗な髪だね』って言ってくれるかな……
「うんすごく綺麗な髪、よく手入れしてあるよ。ん、よし。最後にこの大きなリボンを髪に結んで、完成」
悠木さんが私の肩を軽くポンとたたき完成したらしい。でも、この更衣室には鏡がないから今自分がどういう格好かイマイチよくわからない。
「これで完成なの?」
「うん、瀬尾さんすごくかわいいよ」
「このサイドのリボン少しジャマなんだけど?」
「あ、だめだよ。取らないで」
隣のアイリーンもどうやら最後の仕上げが終わったらしい。
「ぷっ、なに凪紗その大きなリボン。童顔なのにさらに幼く見えるよ」
「な、なによ。アイリーンだってなにその中途半端なツ、ツインテール? それにそのもみあげのリボン。ヨコ見えないじゃんないの?」
「ああ、ああ、ああ、ああ〜」
お互いの格好を見てそんな不毛な言い争いをアイリーンとしていると田村さんがおかしな声をもらす。う〜ん大丈夫なのかな……
「素晴らしい……素晴らしいわ。完璧で完全。最高にして至高。究極にしてああっ……」
ガクっと崩れ落ち田村さんは床に片膝を付く。
「すごくいいわ……ふたりともすごくいい」
なんかさっきの新生徒会長を思い出す言い方だなぁ〜
「ねぇ、ふたりとも今更これを聞くのは遅いと思うけど、コスのサイズはどう?」
片膝を着いて打ち震えている田村さんを放っておいて悠木さんが私たちに尋ねてくる。
「サイズ? サイズはぴったりだけど……」
「雪見さんは大丈夫ね。瀬尾さんは?」
「私もぴったりだけど……悠木さんって私たちのスリーサイズをなんで知ってるの?」
確かに、悠木さんにスリーサイズを教えた覚えはないけど……アイリーンにも言ってないし。むしろ誰にも言ってない。
「うん。それね、ゲームのキャラとあなたたちの体型を見比べて目算を立てて目測で測ったの。うまく行ってよかったよ」
「目算? 目測? それで作ったの?」
「うん」
うんって……それってほぼカンで作ったようなもんだよ? 悠木さんそれはすごい服飾の才能なんじゃないの!?
「そ、そうなんだ。すごいね悠木さん」
アイリーンの相づち少し引き気味。ボキャブラリーが減ってるし。
「予定変更よ。本来なら衣装あわせだけで済ます予定だったけど、部室へ戻り急遽簡易撮影会を行いましょう」
田村さんの宣言は悠木さんと東山さんは『賛成!』と元気よく返事を返す。ん? 撮影会?
「では、部室へ行くわよ!」
「はい、これ着て」
渡されたのはウインドブレーカー。どうやらこれを着て部室へ行くらしい。
「ちょっ、えっ?」
私は声をあげるが悠木さんは『いいから、いいから。さぁさぁ』といい強制的にウインドブレーカーを着せて更衣室から強制的に私たちを退室させる。
「撮影会ってなんなの?」
「二、三枚写真を撮るだけだから、大丈夫」
「ほ、ほんと二、三枚なんでしょうね?」
アイリーンと東山さんが問答をするなか背中を押されどんどんと進ませられていた。なんか……巻き込まれてる? 流されている? 私たち?
◆
「やっぱり似てないよ〜」
「いいや、似てるって、そっくりよ凪紗」
悠木さんからスマートフォンを借りてさっき見せてもらった『まゆきのシンフォニック』の犬上紗凪と瀬乃愛衣の画像を見て似てない、似てる議論を交わしていた。
「え〜似てないよ〜アイリーンの方が似てるよ。そっくりだよ」
「え〜似てないよ」
「似てるって。私よりそっくりだって」
「凪紗の方が似てるって。名前も紗凪に凪紗だし。名前ひっくり返しただけだし」
「ならアイリーンだって名字似てるじゃん。瀬尾に瀬乃だし。似てるって」
「やめなさい。不毛な言い争いは『まゆきのシンフォニック』に失礼よ。それに安心しなさい。ふたりとも紗凪と愛衣に瓜二つよ。完璧に百パーセント含んでいるわ」
田村さんにきっぱりと宣言される……ううっ、なんとなく分かってたけどほかのひとから見ると私たちってホントにそっくりなんだ……ゲームのキャラに……
◆
「雪見さん。顔こっちにちょうだい!」
東山さんに呼ばれ振り向く。
部室に着くなり突然のスマホカメラのフラッシュ。それがかれこれ一時間近く……ううっ、二、三枚じゃなかったのぉ……東山さん……
「瀬尾さん。視線こっち」
アイリーンは悠木さんに呼ばれていた。ううっ、せわしないなぁ〜フラッシュが眩しいし……目が痛いよ……
「すばらしい。やはり含んでいるものは違う」
「ええほんとうに。ところでなぜあなたがここにいるのかしら? 杉田智成」
ゲー研とコス会の部長同士何かを話している。が、凪紗とアイリーンには聞こえない。むしろそれどころではないのだから。
「堅いことを言うな。うちの東山もいるではないか?」
「東山は手伝ってもらっているのよ」
「では、俺も手伝おう」
杉田はスッと折りたたみケータイを取り出しカメラを起動させる。
「写真撮りなら間に合っているわ」
「むっ……そうか……」
田村の言葉にバツの悪そうな表情を表し今出したケータイを折りたたみポケットにしまう。
「敗者はそこで黙って見てなさい」
「ん。ではそうしょう」
「そうしなさい」
杉田は腕を組みそのまま背中を壁に預け、視線を雪見凪紗と瀬尾・アイリーン・愛華に向ける。
「しかし、眼福だな。いいものを見せてもらった」
「ええ、それは同感。紗凪と愛姫に瓜二つもそうだけど、あのふたりが友達という驚倒」
「ああ、まったくだ。どういったいきさつで知り合ったのか興味があるな」
「ええ、もし『まゆき』と同じだったらそれこそ驚愕ね」
「そうだな。まぁ、それはないと思うがな」
「そうね」
停止する会話。ふたりの部長はそのその間写真を撮られている凪紗とアイリーンに見とれていた。
「ところで田村ゆりなよ」
沈黙をやぶり語りかけたのは杉田の方だった。
「何かしら? 杉田智成」
「俺のケータイに画像データを送ってくれないか?」
「一枚五百円でいいなら」
「……それ、送る気ないだろ?」
高額な値段に杉田はあきれた声で答える。
「ええ、もちろん」
「まったく。では東山にもらおう」
「そうしなさい。でも、あのふたりの了承を得てからよ。それに送る画像データはこっちで決めるわ」
「それで構わんよ」
杉田はひとつ頷き田村の条件を飲んだ。
「わかったわ。東山、悠木時間よ。撮影会終了」
田村さんの声でピタッとフラッシュが止む。ふぅ、これでやっと終わった……
「あ、最後に一枚だけ」
悠木さんは部室に置いてあった自分のカバンから何かを取り出しこっちにやってきた。
「雪見さん、最後にこのメガネを付けて一枚撮らせて」
差し出されたのは変哲もない普通のメガネ。
「メガネ? なんで」
「あまり見ない紗凪の一面を写真に納めたいんだ」
スマートフォンを構え私がメガネをかけるのを待っている悠木さん。
「こ、これでいい」
「ハァハァ、いいよ! すごくいいよ、雪見さん! そのままメガネをもったまま止まってて! ハァハァ!」
「う、うん」
悠木さんのテンションがあがるのが声ではっきりとわかる。でも息が荒れてるよ……悠木さん。
「翠、後で私にもその貴重な一枚を頂戴!」
「もちろんよ、奈瑠!」
ううっ、悠木さんのシャッターが止まらないよ……一枚だけじゃなかったのぉ〜
「悠木、ちょっといいかしら」
田村さん〜〜〜〜〜〜っ! そうだよ、部員の暴走は部長が止めて、止めてください!
「私のいるこの角度から撮りなさい。さらにいい画になるわ」
「オッケイ!」
田村さん〜〜〜〜〜〜っ! 部長まで暴走してどうするんですかぁぁぁぁぁ〜っ!
「それと、ここからの一枚で最後になさい。これ以上撮影することは部長として許しません」
腕を組み凛々しい顔つきで凛として言い放つ田村さん。
私の心の叫びが届いたのか悠木さんは『ごめん、ノリすぎた』とひとつ謝罪を述べわたしに頭を下げる。
「いいって。それよりこのメガネ、度が入ってないけど伊達メガネなの?」
メガネをはずし度が入っていないことを悠木さんに告げる。
「あ、それね、アンブレイドで使うメガネなんだよ」
「アンブレイドって、あの傘で戦うあれ?」
「そうだよ」
「なに悠木さんってアンブレイドバトルやるの?」
話に入ってきたアイリーンが私の持っているメガネに視線を落として質問を振りかける。
「ううん、私はやらないよ。うちの兄貴がね、昔やってたんだ」
「ふぅん。でもアンブレイドバトルにメガネが必要なの?」
私はメガネを前後左右から見渡す。
「兄貴が言うにはマナの濃度を視覚的に見るためなんだって」
「マナの濃度?」
メガネから視線を悠木さんに移行して話を続けた。
「そう、鏡の中の世界は日によってマナの濃度が違うからそれを見るんだって言ってた」
「ふぅん。よくわからないな」
アンブレイドは鏡の中の世界で行うって事は聞いたことあるけど、マナとかは詳しくはしらないんだよね。私。
「そうね。わたしもわからない」
「うん、わたしもわからない」
三人答えは『わからない』で解決? してメガネを悠木さんに返す。
「ふたりしてメガネを見渡す感じもいいね。雪見さん、瀬尾さん」
「「へっ?」」
見ると悠木さんは写真を撮りたそうにスマートフォンをいじっていた。しかし、部長である田村さんからすでに写真は撮るなと止められているので写真は撮れないもどかしそうな悠木さん。
その後私とアイリーンは更衣室へもどり学校指定の制服へと着替え田村さんから『杉田があなたたちのコスプレ写真が欲しい』と持ちかけられた。とりあえず『送信していいよ』と返す。田村さんは返答を聞くと『わかった』ひとつ頷いた。
田村さんと東山さんと悠木さんの三人からは連絡を取りたいからとメアドの交換。同じくアイリーンも三人とメアドの交換をしていた。
「では、十二月二十九日に新馬戸駅のゆりかごめで落ち合いましょう。では解散!」
田村さんのかけ声で私たちはその言葉通りに解散してそれぞれの帰路についたのだった。
◆
「嵐の様な放課後だったね」
帰りにJP妻沼駅のマムトナルドに寄り小腹を満たしている所だ。
「そうね、写真を撮られるだけでも結構大変だったわね」
アイリーンがオレンジジュースを飲みながら言葉を漏らす。
「アイリーン、二十九日は一緒に行こうよ」
「はぁ? 当たり前でしょ? 一緒に行くわよ」
「うん」
嬉しいな、当たり前って言ってくれて。親友としてとても嬉しいよ。
「でも、当日は何時にゆりかごめに集合なのかしら?」
「あっ、そう言えば集合時間言ってなかったね、田村さん」
一番大事な集合時間を言ってなかった田村さん。なのでさっそく交換したメアドで連絡を取ってみることにしよう。
「じゃあ、さっそくメール送ってみますか」
私はスマートフォンを取り出しメール作成画面を開いた瞬間突然、ブルブルと端末が震えだし画面に『メール受信・田村さん』と表示されていた。
「おっ、もしかして集合時間のお知らせかな?」
「あ、私にも田村さんからメール来た」
どうやらアイリーンにもメールが来たらしい。
「ひゃあ、『当日は朝七時にゆりかごめで』ってそんなに早いの?」
「もし、時間に遅れそうならメールしてって……サークル入場じゃないの?」
あまりにも早い集合にド肝を抜かされる私とアイリーン。早い、早いよ田村さん!
「とりあえず、無理ってメールしておこう」
開いていたメール作成画面に戻り、私は『七時は無理』とメールを返す。
「うぉ、早いな……」
送ったと数秒後に田村さんからの返信メールが届いた。
「始発で来なさい……って、厳しい! 厳しいよ田村さん!」
大声でツッコんでしまった……恥ずかしいよ!
「どうしよう……アイリーン」
「とりあえず、当日になったら遅れますってメールを出しましょう。私たちには七時は厳しいわ」
「うん。そうだね」
新京連の始発は確か早くても午前四時台だったはず……うちから東京の新馬戸までかなり遠いし、三時間では着きそうにもないよ……それに、かなり早起きしないといけないし、無理! あっ、なんかおしっこしたくなったぞ?
「ううっ、ちょっとトイレ行ってくるね」
アイリーンにトイレに行くことを言って席を立つ。
「凪紗待って」
トイレへの進撃を止めるアイリーン。混んでそうで早めに行きたいんだけど……
「これ、持って行きなさい」
そう言って差し出したのは水で溶けるティッシュペーパーだった。なんで?
「なんで、ティッシュ?」
と、アイリーンに疑問を投げかける。
「初めて会った時もそうだけど、あんた二週間くらい前も先週の日曜日もトイレで紙が無くてピンチだったでしょ?」
「あ〜そうだったね。でも、さすがに三度目はないよ」
そう、アイリーンに初めて会ったときも、この前のトイレにも紙がなかった。そんな私にアイリーンは紙を用意してくれたんだ。でも、三度目はさすがにないよね。
「大丈夫だって。じゃあ、行ってくるね」
私はアイリーンから差し出された『水で溶けるティッシュペーパー』を受け取らずに席を後にした。
◆
「ホントに大丈夫なのかしら?」
小走りでトイレに向かう長い髪をポニーテールに纏めた幼児体型の友達を見送り、ハンバーガーをほおばる。
テーブルに残された水に溶けるティッシュペーパーをぼんやりと眺めていて、ふと言葉が漏れる。
「『紙も仏もない』かぁ」
初めて凪紗と出会った事。そして凪紗が叫んでいた言葉を思い出す。このトイレでの一件がなかったら私たち出会ってもいなかったし友達にもなっていなかったのかな? なんて事を考えてしまう。
「ん?」
その時、私のスマートフォンが震えてメールを受信していた。
「凪紗から?」
送信者は私の親友の凪紗からだった。
「ははっ……やっぱり大丈夫じゃなかったか」
乾いた笑いの先のメール本文には『ごめん、やっぱりさっきのティッシュ持ってきて』との一文が書き込まれていた。
「しょうがないな」
わたしは席を立ち、いましがたトイレに向かった友人の後を追いかけた。
◆
「面目ない……」
私は、アイリーンにペコリと頭を下げる。それはもちろんトイレに紙がなく、アイリーンに持ってきてもらった事。『大丈夫だって。じゃあ、行ってくるね』と言った数分前の自分を止めてあげたい。
「まったく、凪紗はトイレに呪われてるんじゃないの?」
ごもっともです。わたしもなんとなくそう思う。
「これ、もらっていい?」
「凪紗にあげるために持ってきたんだから持っていきなさい」
アイリーンから受け取ったティッシュをカバンにしまいい『面目ない……』と再び告げる。
「あ、そうだ」
私はハンバーガーを一口かじり離席する。
「どこ行くの?」
アイリーンが呼び止める。
「店員さんの所、トイレットペーパーがない事を言わないと」
「それなら大丈夫よ。凪紗にティッシュを渡した帰りに店員さんに話しておいたから」
「ありがとう、ホントに面目ない……」
ホントにアイリーンに迷惑かけっぱなしだな……今度百円マムトおごるよ。あ、今おごればいいんじゃない?
「アイリーン。百円マムト食べる? おごるよ」
「いらない」
一蹴されてしまった……しょうがない今度おごろう! うん!
「で、どうする?、二十九日は朝五時に妻沼駅でいいかしら?」
「そうだね……起きられたらだけど……」
「……そうね。起きられたら朝五時に集合で」
当日の待ち合わせ時間を決めたところで私とアイリーンはハンバーガーを最後まで食べ終わり、今日出会った新生徒会長と新副会長の話をして、今後の学校運営に不安を抱きつつマムトナルドを出たのだった。
◆
「……なんども言うけどッ、いないと思うわよ絶対!」
新京連線の新津沼駅構内で電車待ち状態。私が無意識であのひとを目線で探しているところにアイリーンの言葉が刺さる。
う〜ん口調が強い! しかも絶対まで付け加えられたよ……
「あ、朝逢えなかったからさ、ちょっと向こうを見てきてもいい?」
私は向こうを指さす。いるのは最後尾。指をさした所は最前列のプラットホーム。つまりホームの端まで見てきたいってこと。
「……はぁ、わかった。ここで待ってるから」
呆れ顔で言うアイリーンだけど朝逢えなかったから夜にいるかもって期待してしまうんだよね。これが。
「ありがとう。アイリーン」
「お礼はいいから。電車来ちゃうよ」
スマートフォンの時計をみる。うん、電車が来るまであと四分か。
「じゃあ、行ってくる」
私はすこし早歩きで電車を待つひとの間を縫うように歩いて最前列のプラットホームまで歩いていった。
◆
「ただいま……」
電車到着三十秒前、と言うかすでに電車は駅に着いていてドアが開く寸前だった。なので最後は早歩きじゃなくて小走り状態だった。
「電車内からくればよかったのに?」
「いや、……ここで待ってるってアイリーンが言ったからさ、ふぅ、……戻らないとって思ってさ。ふぅ」
軽く肩で息をしているが、言葉が乱れるほど呼吸は乱れていない。けど……すこし乱れてるかな?
「ふふ、凪紗のそういう所、好きよ」
「からかわないでよ」
「ごめん。で、どうだった? 居たの?」
「ううっ、いなかったよ」
「だから言ったじゃんない。絶対いないよって」
「そうだけどさ……」
もう、前橋駅に着いちゃうよ、今日は結局逢えなかったな……明日は逢えるかなぁ
「凪紗? 降りないの?」
「あっ、もう着いたの?」
考え事していたら着いてしまっていたのか。
「じゃあね降りるね。バイバイアイリーン」
「うん。気をつけてね」
「ありがとう」
発射ベルが鳴り響く前橋駅で急いで降りて空を見る。
前橋駅は屋根が半分ない。場所によっては降りてすぐに空を見上げることができる。
今日の夜空は雲一つない星がよく見える夜空だ。
「明日、逢えるといいな……」
ひとり言のように、星に願いをかけるようにそう呟いた。
◆
「よし、今日も一日かんばろうかな?」
早朝のいつもの時間。いつもの紺のブレザーの制服に、中には学校指定のワイシャツに黒のセーター。そして紺のスカート。足には黒色のソックスに中に赤のネクタイ。長い髪をポニーテールに結いて最後に外は寒いのでロングマフラーで寒さ対策。
うん、今日もばっちり!
「じゃあ、お姉ちゃん。行ってくるね」
「ん? どこへ行くんだ我が妹よ。部活か?」
「部活は放課後でこれから学業ですが? 我が姉上」
なにを言ってるのかな? 我が姉上は?
「私の記憶が確かならば今日は凪紗の高校の『創立記念日』で学校はないはずだがな? もう一度聞こう。部活か?」
「へっ?」
えっ? ちょっ、えっ? 創立記念日? そうりつきねんびって……えっ?
「凪紗、お前は去年のこの日も学校に行こうとしていたな? まったく進歩のない妹だ」
しまったぁ〜そういえば、去年も今と同じで学校に行こうとしてたっけ……その時もお姉ちゃんに言われて気づいたんだった……
「で、部活か?」
「ううっ、お姉ちゃんのバカぁ! 部活なんてないよぉぉぉぉぉ」
お姉ちゃんに罵倒的な叫びを浴びせ部屋に戻る。
部屋にとんぼ帰りした直後にスマートフォンから我が友のアイリーンに電話をかける。
「凪紗? なによ〜こんな朝に」
電話口のアイリーンは明らかに寝起きでさらに不機嫌そうな声で対応している。ううっ、ごめんね。でもわかっているけど確かめずにいられないよ。
「アイルゥゥゥ〜ウイィィィィン! 今日ってぇ、もしかして創立記念日ってやつなのォォォォ!?」
「はぁ? 昨日のホームルームで先生が言ってたでしょ? 聞いてなかったの? それとアイルーウィーンって誰よ? 私のこと?」
「昨日は、ホームルームの後のコスプレのことで頭がいっぱいで聞いてなかったんだよね」
やっぱりアイリーンの寝起きの声で確信してたけどやっぱりそうだよね。
「凪紗、あんたもしかして『うん、今日もばっちり!』とか言って学校行く準備完了して創立記念日の事をお姉さんに言われて気づいたんじゃないの?」
ううっ、その通り。その通りですよ……
続く
あとがき。
これで第一話は終了となります。第二話は現在、執筆中となりまだ完成していません。完成してからの投稿となります。申し訳ございません。また、かなり進行が遅くなると思いますが、完結させたいと思いますのでよろしくお願いします。
※作中に誤字脱字がありましたらすみません。