夢
PCにて書いていますので、携帯(もしくはスマホ、持っていないのでサイトがどう映るか知りませんが)では読みづらいかもしれませんがご了承ください。
あらすじやキーワードは適当(一応考えはいますが)ですので、内容が一致しないかもしれませんがこちらもご了承ください。
「……暑い」
口に出すことでより暑さが増すような気もしたが口に出さずにはいられなかった。
目の届く範囲に水分補給が出来る場所は見当たらない。あるのは限りない砂ばかり、唯一の希望は目を凝らせば、熱を持ち過ぎ渇いた空気と砂の遥かに都市が見えることだ。
水筒も持っていないにも関わらず叶 鏡月は冷静だった。
「この場所で立っていても終わるけど暑いし、歩くには遠いけど行くしかないか」
汗は際限なく流れている。プールの水を全て吸収したような重みを持つ、下着と部屋着の黒いジャージを無理やり意識外に押しやり、一歩、また一歩と進む。肌に張り付く下着は歩みを進める度にこすれてかなり不快だった。現実で汗をこれだけ流せば即座に脱水症状を起こし、最悪死ぬ。しかし、叶はこれが夢だと認識出来ていた。
「目が覚めたら、まず水道水を飲もう」
飲み水に囲まれた環境がどれだけ恵まれていることか改めて思い知らされる。叶は、ろくに役にも立たないくせに僕は贅沢な生活を送っているよな、と自嘲する。
水分を補給してないにも関わらずとめどなく流れる汗。額を流れ、頬の熱を気持ちほど奪い、砂に落ちると同時に蒸発。俯いて歩いているので汗が蒸発する光景を嫌と言うほど見てしまう。気が狂いそうだった。重い頭を持ち上げ、現在の状況が夢だと教えてくれた空を仰ぐ。
雲一つない青空に太陽が憎たらしく燦々と輝いていた。一つならまだ救いがあったかもしれない。しかし、改めて確認するまでもなく、空には大中小、と三つの太陽が仲睦まじく並んでいる。正確には中と小の大きさはほぼ同じで、中と大の差は大きいので、大、小、微小と言った方が正しいかもしれない。
あの太陽を見て、まさか寝ている間に異次元に迷い込んだのか⁉ と考えるほど叶はゲームやアニメを妄信していない。中学の教室にそれに近いのがいたが、結局仲良くなることは無かった。同じ引きこもりでもタイプが違い過ぎたのだ。ちなみに、叶が現在通う高校にはそのような輩はいない。原因は成長とともに羞恥心が芽生え、自分がどれだけ痛い存在(いろいろな意味で)か自覚するから、と思われた。
叶はどれだけ成長しても他人と接するのを極端なまでに苦手としていた。そのほか、学校外で知り合いを見かけたら隠れる。誰かに遊びに誘われたら尤もらしい理由を作り断る。などがある。
逃げて、逃げて、また逃げる。それを繰り返す。
特に叶の過去に凄惨な事件は無い。ただ、生まれながらに人が嫌いだった。それだけのことだと、叶自身が結論づけていた。これが自分の最も幸せな生き方だと決めつけていた。
いつしか独り言も無くなり、ただひたすら歩く。体感時間で一時間は経過したと叶は考えたが、目算で距離を測るに、彼方に見える都市にこれっぽっちも近づいていない――気がした。
ふと、頭の中に蜃気楼という言葉が浮かぶ。今、自分が目指している都市は本当に存在しているのか、不安と焦燥に駆られる。
「ははっ」自然と渇いた笑みが零れる。
夢の中で暑さを免れたところで、それは所詮仮初の安らぎに過ぎない。これは、夢なのだ。
歩く気力がなくなり、立ち止まる。丁度、丘の頂上だったのでこれからの道は下りになるはずだった。駆け下りれば多少の風を感じることも出来ただろう。
しかし、
「疲れたー」
叶は丘の頂上より少し進んだ、なだらかな斜面に座り込む。都市は最初に見た時と変わらず、目で確認できる。砂の熱はジャージ越しでも相当な熱さだったが、夢で火傷をするわけがないと、無視して座り続けた。
「そんなとこに座り込んで、あんたは修行僧か何かなわけ?」
初対面の人間を「あんた」と呼んでいることから、言葉には少なからず攻撃性がある。だが、まだ幼さを感じさせる澄んだ甘い声がその攻撃性を覆い隠していた。
「えっ‼」
完全に不意を衝かれた叶は、声の主を確認するべく立ち上がりながら振り返ろうとする。が、定常的に運動をしていない叶の意識は、その駆動についていけず途中で体制を崩した。運が悪いことにここは丘の上、尻を打つ地面は頂上に向けてゆるやかに傾いている。手を伸ばし斜面を掴もうとするが、無情にも砂は無抵抗に形を変えた。
焦る意識、急激に傾く視界の最中、手に収まる一掴みの砂の熱を感じながらも、叶は声の主の姿を一瞬だけ捉えた。
息を呑むほどに美しい金髪と大空を閉じ込めたような碧眼の少女。
その姿を一秒も留めることなく暗転。
晴れ晴れとした空の光景と太陽の熱をこれでもかというほど蓄えた砂の熱を何度も何度も味わい、その後叶の意識は黒く染まった。
「……ん」
意識が戻った叶を迎えたのは三つの太陽と砂漠ではなかった。緑色のナイロン製シートの天井――八百屋などが店先に構え、道行く人が雨宿りにも使える優れもの――だった。左手の方には完全に降りたシャッター、右には道路がある。今、叶が寝かされているのは道路の端、何処かの店先のコンクリートの上だった。手をつき体を起こす。冷たく硬い感触が体に伝わる。砂漠の砂の熱が何故か少し懐かしく感じた。
「大丈夫か?」
まだ聞くに間が無い声の方向に、立ち上がらず振り返る。同じ轍を踏むほど馬鹿では無い。
「……はい」
言いながら今度はしっかりと姿を確認する。
綺麗な金髪は顔を正面に頭の両端から螺旋を描き、動物の尻尾のように垂れていた。根本には赤いリボンがある。前髪は同じ長さに揃えられていた。瞳は碧眼で見知らぬ男に対する警戒心からか少し細められており、肌は体調が気に掛かるほど白い。年齢は声から感じたとおりまだ幼く中学生くらいに見える。何より目を引いたのは服装だ。ヨーロッパの貴族を思わせるふんわりとしたスカートの黒を基調とするドレス。所々に白いレースが可愛らしく彩られていた。不思議なのは杖の様に地面についている傘だけが、日常で良く見かける安っぽいビニール傘なことだ。
今まであまり目にしたことが無い容姿と服装のため、叶はつい見とれてしまう。
「そうか、なら早く帰れ。あまり長くココにいるのは良くない」
警戒からか口調は冷たい。喋り終わると叶の返事を待たず、少女は服装とは不釣り合いの傘を広げた。手間取っていないところを見る限り頻繁に使う代物らしいが、使い古された感じは無い。
「雨降ってないけど?」
思わず口に出したが、少女が傘を差してからすぐに雨が降り始めた。座ったままでは体が濡れそうだったので叶は必要以上に足元を確認しながら立ち上がる。
「気を付けて帰りなさい」
少女の表情に変化はないが、何故かその時だけ子供を気遣う母親のような優しい声だった。
「……あの」
叶が珍しく自分から口を開こうとした直後、雷とは明らかに異なる音が空気を揺らす。咄嗟に叶は両手で耳を覆う。
「 」少女が何か言っていたが、叶の耳には声が届かなかった。
叶に声が届いていないのを知ってか知らずか、少女は音がした方向に走り出す。傘を開き尚且つドレスという服装にも関わらず、少女は陸上選手並みの速度で遠ざかっていく。
「待って」
少女の足は明らかに叶より速いが、何故だか――追わなければならない、という変な使命感が叶に生まれていた。右足でコンクリートを全力で蹴り、雨の中に飛び出す。左足で踏ん張りさらに蹴り出すため、道路につく前から事前に力を込める。
結局、左足に溜めた力は無駄に終わった。
アスファルトの道路は左足を反発することも受け止めることもなく、水の様に左足を呑み込んでしまったのだ。当然のように飛び出した体も呑まれる。道路の中は光がなく闇に満たされており、自分の手すら視認できない状況だった。呼吸が出来ない。どうやら夢の中にも関わらず酸素は必要ならしい。
――まだ落ちたばかりだからすぐに出られる。
頭の中で呟いたあと、叶は頭上に向かって泳いだ。一掻きか二掻きで道路の上に出られると高を括ってい たが、なかなか地上に辿り着けない。
次第に息が苦しくなり、液体を掻く手に力が入る。バタ足の速度が上がった。
――まさか、落ちた時に上下が逆になった?
体の向きを反転し、再び泳ごうとするが、僕は本当に頭上に向かって真っ直ぐ泳いでいたのか、という思いに心が満たされ方向を見失う。完全な暗闇が心の疑問と手を結び、頭がパニックに陥る。滅茶苦茶に泳ぐが、一向に光は無い。
――もう
必死に口を押えるが、肺に残った最後の空気も吐き出してしまった。