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夏跡  作者: 南野李茶
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埋めた

「ブランコ、乗ろう」


 そう言えば楽しそうに、千崎は駆けて、僕は少し考える。子どもみたいだ。ああでも、懐かしいと笑ってしまう僕も子どもだった。息を深呼吸で整えて、ゆっくり立ち上がった。

 僕が隣に腰かければ、千崎はきいとブランコを揺らし始める。長い髪の毛がふらふらと跳ね背に叩きつけられるのを、じっと見つめた。


「どうしたの?」

「なに?」

「……難しい顔、してる」


 耽る。目線を下げてから、ため息と共に目を伏せた。


「君はさ、神木さんとは知り合いなの」


 千崎があそこに立っていたのは、少なからず理由があると思ってた。否それだけじゃない。話題を変える精一杯の努力。さっきの話は続きたくない。


「勝手に引っ張ってきてこんなこというのなんだけど、もしかしなくとも病院に連絡入れたの君だよね」


 笑みの下に何が隠れてるかなんて知らない。だから怖い。調子が狂うのは、きっと僕が強くないから。


「戻、」

「ねえ」


 その時、びくりと体が揺れた。


「お母さんが、あなたの絵を待ってるの。知ってる?」


 お、かあさん? 何のこと。


「紙袋、見たでしょう?」



 ◇◇◇



「そうたーどこにもいねぇよー」

「祐樹の探し方が荒っぽいんだよ」


 夏休み序盤、オレたちは恒例とも言える虫取を始めた。オレたち以外のガキはみんな公園に行くから、この山はいつだって貸し切りだった。というか、小学生は立ち入り禁止区域だから、ほんとはオレたちも入っちゃだめなんだけど。

 颯太が取ったカブトムシは、もう雌雄二匹目なのに、オレはと言えばまだ、取れない。気温も高くなってきて、やる気も水分も失っていく。


「……そんなの関係あるかよー」

「あるだろ」


 セミがうるさい。セミなら、いくらだって取れそうだけど。六年続けてきたこの恒例で、取れたカブトムシは片手で数えられる。才能の無いことは端からわかっていた。

 めんどくさい。もう取れても取れなくてもどうでもいい。どうせ自由研究が終わったら、放さなきゃなんないんだから。


「なぁ颯太、帰ろ。あつい」

「自由研究どうすんだよ」

「セミはどうして鳴くのか、とかにする」

「……ふぅん」


 颯太は加えて、写させないからな、と。わかってる。んなもん写すほどばかじゃねぇよ、オレ。

 颯太は最近一人部屋をもらえたらしい。アトリエにするのだと、嬉々と話してくれた。帰る、のはその場所。一人部屋とは羨ましいもので高貴なもので、オレも少し、うずうずしてた。


「約束、今日は部屋見せてくれるんだろ? 早く行こーぜ」


 ザクザクと草むらを走り、振り返り際に網を振った。


「きゃ」


 なんか引っ掛かった。あ、と聞こえた頓狂な颯太の声で振り返った。続けざまに視線を、下ろす。


「わ、」

「なにやってんだよ。ごめん、大丈夫?」


 白い腕と、茶色の髪。しゃがみ縮こまった体に纏うそれは、一瞬何だかわからなかった。人形みたいだ。

 先に颯太が謝ったから、へんなの、なんて思いながらそのあとにごめんとだけ言った。


「ちょっと、びっくりしただけなの。ごめんなさい」


 こっちも、へんなの。ごめんなさいなんて言いながら、笑ってる。


「あんたさ、ここどこだか知ってる? 小学生だろ、たちいりキンシクイキだぜ」

「でも……これ」


 そう言って差し出したのは、セミの脱け殻だった。女子って、みんながみんな虫嫌いって訳じゃないんだ。


「埋めてあげないと、いけない、と思って」

「……あのさ、それ死んでるんじゃないんだぜ。知らないの」


 ちょっと、戸惑わせてしまった。颯太の方を振り返る。情けね。


「颯太、」


 一人であたふたして、気がついたらまた、人形女は脱け殻を埋めてた。


「……もうね、この殻を着てた時のセミさんは、いないんだよ。だから……」


 白い手が汚れる。彼女が何を言ってるかなんてわからない。頭に網引っ掻けたのは謝ったしもういいだろ、と耳打ちすれば。しようとしたら後ろに颯太はいなかった。


「その瞬間のセミは死んだ、ってね。そうでしょ」


 人形女の前にしゃがみ込んだ颯太は、小さく声を響かせた。さあ、と風が吹く、そして髪は風に流された。邪魔だ。


「ずいぶん、おもしろい事考えるね。キミ」

「そうかな」

「そうだよ」


 オレにはよくわからない。でも颯太が。颯太が楽しそうだった。


「あのね、シイっていうの。キミじゃなくて」

「ふぅん、そっか。おれはソウタ。さっそうの颯にたいようの太」


 そこまで言って、颯太は振り向く。どうやらオレに自己紹介しろ、と。しどろに乱した髪をさらに掻き乱した。


「オレは、ユウキ。漢字は……」


 ああ、説明できないや。祐樹。

 オレが薄く笑みを浮かべれば、二人もくすくす笑い出す。嫌じゃない、この雰囲気。

 嫌じゃないよ。

 夏休みはまだ、始まったばかりだった。



 ◇◇◇



 千崎サンに初めて会ったのはこの時だった。今も昔も変わらない。名前、あの時はシイと名乗ったけど、椎乃がシイなのは一目瞭然だった。かわらない。


「気づけよ、ばか」


 俺はそう呟いて、颯太の部屋、颯太のベッドに頭をうずめた。




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