代償
帰って部屋に入るとまず、母は俺を突き飛ばした。
「お母さん。ごめんなさい。ごめんなさい」
俺は泣きじゃくりながら何度もそう言ったが、母には何も聞こえていないようだった。
「どうして…何が天才よ!この能無し!あんたなんか私の子供じゃない!」
母はどうしようもないくらいに狂っていた。子供の俺にはどうしようもなかった。ただ殴られ蹴られ惨めに、ゴミクズのように扱われた…。
「…ピアノもできない手なんていらないわよね?」
俺には何を言っているのか理解できなかった。
母はハサミを取り出して俺に向かってくる…。
どうしてこうなってしまったんだろう…。何が間違いだったんだろう…。どこから狂ってしまったんだろう…。どこから…
「ぐぎゃああああああああぁあ!がっ、ああああぁああ!」
部屋に悲鳴がこだまする。それが自分の声であることを理解するのに時間を要した。
「まずは人差し指…。次は中指…」
「があああああぁああ!ぎいああああぁあ!」
小学生の俺の指は細く繊細で、面白いくらいハサミでもよく切れた…。床は俺の血で紅く染まっている。
俺の悲鳴で由依が駆けつけてきた。マズイ。今由依が来ては火に油だ。だがその時の俺にはもはや叫ぶ気力も残されていなかった。
「お兄ちゃん?」
由依は最初何が起きているのか良くわかってないようだった。
母のただならぬ様子を見て顔を強張らせている。
ようやく状況が掴めたのか、母を押さえにかかった。
「やめて!お母さん!お兄ちゃんが死んじゃう!」
マズイ。今、母を刺激しては…
母の顔がが妹に向く。
「誰に向かって命令してるの!この役立たずが!この家に役立たずはいらないのよぉ!」
母は由依を引き剥がし、ハサミを振りかぶる。このままでは由依が殺されてしまう。
そう思ってからの俺の行動は早かった。何とか立ち上がり、近くに飾っていた皿を手にとった。
そして…由依に気をとられていた母の頭に向かって、思いっきり皿を振り下ろした…