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実況者さんの恋シリーズ

がんばれ実況者

作者: 星椋歩

「いや~ん、ここ、どうすればいいのぉ~」


毛布を頭からすっぽりと被り、モニタに向かって甘い声を出す。


私は人気のゲーム実況者。十七歳の女子高生だ。このワンルームは壁が薄いので、大きな声を出すと隣に筒抜け。さすがに恥ずかしいので、こうして毛布を被って実況を録音している。


暑い。真夏の実況はさすがにこたえるわ……。

私は汗をダラダラ流しながら、それでもとびきり可愛く、無邪気な声を出し続けた。


「今日はここまでっ! みんな、ありがとねっ!」


最後のあいさつを終えると、私は汗だくになったコントローラーを床に置き、毛布をゆっくりと持ち上げ、大きく深呼吸をした。

こういう声を出すのって、すごく疲れる。だけど、楽しみに待っててくれるみんなのために、一生懸命頑張らなきゃね。


「えーと、明日仕事から帰ったら動画の編集をして……アップして……そうだ、そろそろ新しいゲームを何か考えなくっちゃ……」


私は熱いシャワーを浴びながら、一人でブツブツとつぶやき、ほくそ笑んだ。


「ひと仕事終えた後のプリンって、すごくおいしいのよね」


~~


「……また始まった」


隣に住んでる女、夜な夜な怪しい声を出してはしゃいでいる。最初は電話で彼氏と話でもしているのかと思ったけど、どうも様子がおかしい。


「みんな、どう思う?」


女の声が弾んだ。誰に向かっているのか知らないが、大ぜいに語りかけているような口ぶり。こんな感じで、笑ったり怒ったり、忙しくしゃべり倒したかと思うと、急に静かになる。


「……まあ、別にいいけどな」


他人の生活に干渉する気はない。声は筒抜けだが別にすごくうるさいというわけでもない。深夜前には静かになるし、僕の安眠を邪魔されたこともない。今夜もあと数十分もすれば静かになるだろう。


「………………」


聞いちゃまずいかな、と思うけど、どうしても意識がそちらに行ってしまう。壁に少しだけ遮られた、こもったような女の声。じっくり注意して聴けば、一字一句すべて聞き取れるだろう。ただ、僕はそうするのを避けてきたつもりだ。だって、隣の女はそれを嫌がるはずだ。


「……おはようございます……」


僕の知っている彼女は、いつもうつむいている。ほんのたまに家を出る時間が一緒になっても、絶対に僕と目を合わさない。化粧も服も地味で華がないし、声にも張りがない。おそらく若くもないだろう。僕より年上であることは確かだ。

今隣ではしゃいでいる女とは、まるで似ても似つかないイメージなのだ。


まったく、女ってのは本当によくわからない。


~~


「……申し訳ありません」


私は仕事で失敗をした。書類の記入ミスをして、上司に怒られている。


「君さ、もう十年もこの会社にいるのに、全然仕事覚えないよね」


上司は嫌味たっぷりに私に言った。私が無能なのは自分だってよくわかっている。


「新人の方が使えるよ? 今まで何してきたの?」


最初は泣き腫らして悔しがっていた私も、今ではもう何も感じない。


「……以後気を付けますので……申し訳ありません……」


だって、本当の私はここにいる私じゃない。夜、部屋で毛布を被ってモニタに語りかける私、それが本当の私だから。その時だけは、私にかかっている醜い魔法が解ける。私は本当の私になって、若く、可愛く、強く、誰からも愛される私になる。


「今日は残業だ。いいね。資料はもう刷っちゃったんだから、それを全部やり直すように」


「えっ……はい……」


そんな私の思いを悟ったのだ。この黒魔法使いの上司は、私の魔法が解けるのを必死に阻止しようとして、私に残業を言いつけた。今日は昨日収録分の編集をして、アップロードしようと思っていたのに。やるわね、漆黒大魔王の使い魔。四天王の中でも最弱のくせに、「美しき戦闘天使」の異名を持つ私にたてつくなんて。私はこぶしを握りしめた。


~~


「コンビニ弁当、飽きたなあ」


空っぽになったプラスチックの箱の中に割り箸を放り込みながらつぶやいた。間髪入れず缶ビールのふたを開ける。一週間に一缶だけ。これが僕に許された最高の贅沢であり、僕が自分に課した枷でもあった。


「自炊、めんどくせえしなあ」


我ながら自堕落な日々だと思う。仕事と睡眠の繰り返し。あとは適当に腹を満たすだけ。こんな生活が楽しいとは思わないが、特に大きな不満もない。少なくとも今は。


「そういえば、今日は静かだな」


隣の女の声は、今夜は聞こえない。普段聞こえている声が聞こえないのは何となく物足りない気がする。そんなことを考えている自分に気付き、苦笑した。

僕は缶ビールを持ったままパソコンの前に座り、スイッチを入れた。最近はテレビを見るよりもネットで動画を見ている時間の方が長い。


「なんか面白い……ん?」


【永遠の】天使のあたしが魔王に挑むっ!part8【17歳】


その動画サイトは「おすすめ」と称してランダムに動画を表示する機能を備えていた。勝手に再生を始めたその動画、よくある類いのタイトルで全く興味を引かれなかったのだが。


「あれ? どこかで……」


僕は、その動画を閉じようとしていたマウスカーソルの動きを止めた。あることに気付いたのだ。

この声や口調に聞き覚えがある。そうだ、隣の女の声に似ているのだ。普段のか細い声じゃなくて、壁越しに聞こえる声の方に。僕は、何度も何度もその動画の再生を繰り返した。


~~


「はーっ、疲れた……」


ようやく家にたどり着き、ため息をつく。動画をアップロードしたいのに、その気力が湧かない。敵の魔力は思ったよりも強大だった。


「明日にしよう……ごめんね、みんな……」


~~


きっと間違いない。この実況者は隣の女だ。僕は何だか気まずい気分になった。もう百本近い動画をアップロードしているこの動画作成者は、それほど人気者というわけでもなさそうで、動画の再生数もだいたいは数百程度、コメントだってせいぜい数十、多くても百がいいところだ。


「知るんじゃなかったな」


何よりも僕を気まずくさせたのは、彼女の年齢詐称だった。十七歳、彼女はそう主張している。僕は動画の一つを再生させ、ひっきりなしに流れる同じコメントを見てため息をついた。


「BBA乙」


~~


この前アップロードした動画の再生は千を越えた。私はその日、嬉しくて眠れなかった。私の人気は確実に上がっている。


「ビューティフル・バトル・エンジェル……ふふっ」


視聴者の人たちがつけてくれた私の通り名。美しき戦闘天使、BBA。ああ、素敵だわ。これからもがんばって動画を作らなきゃ。そんなことを考えながら、私は眠りについた。


~~


「くそっ……なんか……腹立つぞ」


BBA弾幕。ババア、という意味だ。僕は赤字で流れるそれを見続け、複雑な感情に見舞われていた。要するに、彼女の年齢詐称はバレバレなのだ。だからって、そんなコメントすることはないじゃないか。

確かに彼女の若作りには無理があった。だけど、彼女の語りからは視聴者を少しでも多く楽しませようと孤軍奮闘する様がはっきりとうかがえる。そんな彼女の一生懸命さがただのからかい対象になっていることが、僕には忍びなかった。


「ったく」


僕はキーボードに手を乗せると、素早くコメントを打った。


「面白かった。次回も楽しみに待ってるよ」


何でこんなコメントをしてるんだろう、そんなことを思いながら、僕は彼女の実況シリーズ最初の動画の再生を始めた。


「はぁ……最初から、見てやらなくちゃな」


~~


「……おはようございます……」


隣に住む男の人がとても眠そうな様子で外に出てきた。ちょうどそこを通りかかろうとしていた私は、彼と鉢合わせて慌ててあいさつをする。彼は軽く会釈を返してくれた。

何だかひどく疲れた様子をしている彼も、まるで悪い魔法にかかっているみたい。きっと不摂生のせいね。今度、お料理を多めに作って持っていってあげようか。

天使の私は、周りの人の魔法も解いてあげなくちゃ、ね。


~~


結局徹夜で全ての動画を見てしまった。あれだけの時間、よく録ったもんだ。それも女子高生を演じながら。

外の空気を吸おうとドアを開けると、彼女が前を通り過ぎる所だった。怯えたような顔をしながらか細い声であいさつをする彼女。僕は彼女の顔をまともに見ることができなかった。


いいさ、知ってしまったんだから、とことん付き合ってやろう。

彼女は今夜あたり、また動画をアップロードするだろう。僕はその動画に、肯定的なコメントをいくつか書いてやるつもりだ。

ただし、彼女のウソに付き合うつもりはない。いつか、面と向かってちゃんと言ってやろう。自分を偽るのは良くない、って。


おっと、普通にしゃべれる仲になるのが先か。

……彼女の魔法を、解いてやらなきゃな。

再生数少なくてもおもしろい動画はいっぱいあると思うのです。

小説もね。

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