白牡丹の墓
お盆の暑い日。俺は、じいちゃんの墓参りに来ていた。「あっちいなあ。」そう言いながら、墓の周りを掃除する。「ごめんよ、じいちゃん。あいつら忙しくってこれねえんだよ。」と言うのは嘘。じいちゃん、おこるから言えねえけど、両親は今海外で旅行中。クソ!俺も行きたかった…!墓石に水をかけるとすぐ蒸発する。どんだけ熱いんだよ、この墓石。ちょっと触ってみる。「あっつ!」ヤッベエ、やけどすんとこだった。気を取り直して、掃除を再開した。
ふう、疲れたあ。じいちゃんに供えた砂糖菓子を食う。
※お参りしたあとは、野獣や野鳥が来るので、自分たちで食べる。
「俺さあ…」もういないじいちゃんに学校の他愛ない話をする。
「…ってことよ!ははは。」俺は、腕時計を見る。「…もういかなきゃ。じゃあねじいちゃん。」俺は立ち上がって、やかんを片付けようとした。「そこの兄ちゃん、」心臓が止まりそうになった。なにか悪いことでもしでかしたんじゃないか。恐る恐る振り返ると、小さなばあさんがいた。「えっと…俺、何か悪いことでもしましたか?」俺は訪ねてみる。「いやあ、あの墓を綺麗にしたくって。」ばあさんが指さす方向でみると、そこには、小さな墓石があった。「あれを…ですか?」「ええ、あたしじゃあ、とどかんくてね。」確かに、140センチぐらいのばあさんには、キツイだろう。「俺、やりますよ!あれって…おばあさんの先祖の墓ですか?」「…いんや、可哀想やでやってんだよ。」「へえ、…あれってどういう経緯でたってるんですか?」おばあさんは、まるで自分の過去のように、悲しそうな顔をした。なにか悪いことでも言ったのか?「長くなるけどいい?」おばあさんは、そう話し始めた。
丁度戦時中の頃だった。そこに、一人の女学生がいた。名前をレイサと言った。彼女は、女学生部隊として、当時の激戦区、○○に行った。彼女は、人々を救うと堅く誓っていた。
しかしながら、現実は甘くなかった。
彼女は到着した救護所の光景を見て、早くも絶望した。悲痛な声が鳴り響き、血と膿のニオイが充満していた。片足を失った兵士。脳が一部吹っ飛んでる兵士。そんな兵士達が「死なせてくれ!」「死なせてくれ!」そう軍医にしがみつく。レイサ達が立ち尽くしていると、そこへ司令官が入ってきた。直ぐに司令官は、レイサの隣で怒鳴った。「騙れ!それでも男か!痛いなら食いしばれ!さっさと治して戦え!お国のために、心身を捧げんか!」その言葉を聞いてある兵士達は、泣いた。どんなに怪我しようとも、どんなに病気になろうとも、また駆り出されることに気づいたから。またある兵士達は、司令官を睨んだ。親の敵のように郷里へ帰すつもりのないと確信して。その視線に気づいた司令官は言った。恨むなら、俺を恨んでくれて構わない。ただ、迷惑はかけんな、と。そして、レイサ達に言った。「彼らは助からない。重体なんだ。まだ、感情を露わに出来ているほうが幸せだ。」
そこから、地獄のようだった。
物資が不足していたから、アルコールや包帯さえも足りない。兵士達は日に日に弱っていった。ある兵士は自らベットから這い出し、手榴弾で自殺した。またある兵士は、郷里の歌を歌いながら死んだ。当たった兵士達は、全員死んだ。一人も救えなかった。悲しかった。悔しかった。彼女は、自分はもう必要ないかもしれない、そう思った。
その後だった。彼女が死神、と呼ばれ始めたのは。一緒に従軍してきた同級生も最初は弁護してくれていたのに、日に日に気味悪がって近づかなくなった。「死神!」と、兵士に軍刀で刺されたことも幾度となくあった。処置をしてくれる人はいなかった。ただ一人を除いて。
彼女の唯一の理解者は初日に会った司令官だった。彼だけは、レイサを庇った。レイサは、二人きりになったある日聞いた。「なんで庇ってくれるんですか?」彼は答えた。「俺がお前を死神にしちまったからだ。俺がもし、孔明だったら、こんなことにならなかった。こんなことになったのは俺がガキで、馬鹿だったからさ。軍部は、俺の作戦に賛成してるよ。全く、こんな人命無視した作戦でさ。」彼女は言った。「違う。この戦争は司令官が立ててる作戦じゃない。軍部だ。軍部だってこんな20前後の青年将校に、重役を任すわけない。司令官が司令官としてやってるのは、他のじじい共が死んだからだ。司令官が私を庇った理由は、自分と私が国の尻ぬぐいとして死神って呼ばれる事態になってたからだ。」彼は目を見開いた。「よくわかったなあ。俺のことが。」「考えてみれば分かる。」彼女は言った。「あと、司令官の名前は?」「…リズだ。」確かに、色白の彼にふさわしい名前だった。「ありがとう。リズ。」彼女は笑った。
しかし、その時間も長くは続かなかった。最終的に救護所ごと攻撃してきたからだ。大多数は避難したが、リズだけは残って指示を出していた。その時、手榴弾が飛んできて、彼は死ぬと覚悟を決めたそうだ。次の瞬間、彼はレイサに突き飛ばされていた。「レイサ!」彼は叫んだ。
彼女は振り返ってニッコリと笑った。そして、爆発に巻き込まれて死んだそうだ。
終戦の3ヵ月後、彼は祖国へ帰っていた。あまりにも申し訳なかったので、レイサの墓を建てようと思った。レイサの郷里は自分と同じところだった。だから、先祖の墓の隣に建てたそうだ。
「…そうだったんですね。」俺はそれしか言えなかった。でも、おばあさんは笑った。「私は死んでないのに、墓なんて建てたなんて笑ってしまうわね。」「え…。」もしかして…「おばあさんがレイサなんですか?」「ええそうよ。ちなみに、貴方のおじいさんがリズだったのよね。」「えっ!俺のおじいさんは、竜三ですよ?!」「略してリズ、でしょ?」おばあさんはお茶目に笑った。俺は開いた口がふさがらなかった。「レイサさんって…」「私?私は朝霧冷沙、って言うの。全く、せっかく墓まで建ててもらったんだから守らないとね。」「…レイサさんってどうやって生き残ったんですか?だって、手榴弾って威力強いのに…」そんなことを言うと彼女は少し戸惑って、「…敵軍に治療してもらったのよ。」と言った。「そうですか…。」俺はふと時計を見ると、時間がかなりヤバいことに気づいた。「あっすいません!俺、そろそろ時間ヤバいんで行きますね!」俺は、おばあさんに軽く断りを入れていった。おばあさんは何故か、そこを動かなかった。
老婆は言った。「…レイサはもう、いないんですけどね。」と。
初夏の虫声だけが虚しく聞こえたのだった。




